左:アクタガワタカトシ
1972年生まれ。クリエイティブディレクター。2005年、自身が所有するヴィンテージナイキを1冊にまとめた書籍『BlueRIBBONS』を発行。現在そのコレクションは米国オレゴン州の〈ナイキ〉本社で保管されている。
右:満行慎一郎
1962年生まれ。会社員。ナイキマニアの集い「VINTAGE NIKE OTC MEETING」の主催者のひとり。2011年刊行のスニーカームック『ナイキ クロニクル』、2016年刊行の『ナイキ クロニクル デラックス』の製作にも携わる。
市場価格が高い“レア物”は以前よりも高騰。
ヴィンテージナイキの盛り上がりは、かつてのブームの頃に比べるとすっかり落ち着いた感があります。昨今のマーケットはどのような状況なのでしょうか?
アクタガワコレクションの市場としては成熟の域に達したと思います。ピーク時に比べたらたしかに収束していますが、いまも愛好家は多いし、ネットを中心に依然として様々なヴィンテージナイキが取り引きされています。
満行どちらかというといまは日本よりも海外の人のほうが積極的に売り買いしていますね。特にアジア圏の人たちが熱を上げています。
アクタガワ傾向としては、市場価格が高いものはより高くなっていて、そうじゃないものとの差がより広がってきている印象です。
満行2005年にアクタガワさんが手がけた『BlueRIBBONS』が出て、2011年に僕が編集に関わった『ナイキ クロニクル』が出たことで、初期の〈ナイキ〉の全貌が明らかになり、なにが本当にレア物なのかがみんなわかるようになってしまいましたから。
アクタガワさんの2005年の著書『BlueRIBBONS』。
アクタガワそうですね。昔は「スティング」や「ワッフルトレーナー」といったわかりやすいアイコニックなモデルに高値がついていたけれど、いまは逆で、そういうアイコンモデルの値段は落ち着き、本当に生産数の少ないレア物に高値がついています。
超レアスニーカーをヨルダン人から大枚叩いて購入!
おふたりはいまでもヴィンテージナイキを集め続けているんですか?
アクタガワ僕はもう集めていません。『BlueRIBBONS』を発行後、コレクションの大半を〈ナイキ〉の本社に譲渡してしまいました。
満行僕は以前ほどではありませんが、いまもeBayやヤフオクは継続的にチェックしていますし、欲しいものが出たら買います。
満行大物としては、3年ほど前に、シェルトゥ付きの「ブレイザー」をヨルダン人から大枚叩いて買いました。これです。
〈アディダス〉のスーパースターを彷彿とさせる、シェルトゥ付きの「ブレイザー」(満行さん私物)。
アクタガワおぉ、これはめちゃくちゃ珍しい……。よく手に入りましたね。
こんなモデルがあったんですね。というか、なぜヨルダン人から!?
満行フェイスブックのタイムラインに流れてきて、ぜひ手に入れたいからコンタクトをとろうと、そのためだけに友達申請して(笑)、メッセージを送って、交渉の末に譲ってもらいました。
世の中をびっくりさせたいという熱い思いが、数々の魅力的な製品を生んだ。
初期の〈ナイキ〉はいまから40年ほど前に生まれたものですが、なぜこうしていまも多くの人たちを魅了し続けていると思いますか?
満行僕はスニーカーだけでなく初期の〈ナイキ〉のTシャツや販促物も集めていて。当時の〈ナイキ〉は、デザインがかっこいいだけでなく、Tシャツに描かれたメッセージが挑発的だったり、ウィットがきいていたり、茶目っ気があったり、とにかくモノとして魅力的なんですよね。後にフィル・ナイトの自伝『SHOE DOG』を読んで、自分が好きな初期の〈ナイキ〉の製品はこういう背景から生まれたのかと合点がいきました。
アクタガワ『SHOE DOG』に描かれているように、1970〜80年代の〈ナイキ〉はまだリーダーではなくチャレンジャー。スポーツ界の巨人である〈アディダス〉に対する挑戦者です。フィル・ナイトを中心に、〈アディダス〉をなんとかしてぎゃふんと言わせたい、そして世の中をびっくりさせる製品をつくりたいという熱い想いを持ってモノ作りに取り組んでいたんですよね。それこそ、ビジネス度外視で。ゆえに数々の魅力的な製品が生まれたんだと思います。
ナイキ創業者フィル・ナイトの自伝『SHOE DOG』。
満行あと、コレクション対象としての視点で言えば、1970〜80年代のスニーカーは素材の性質上、加水分解しないものが多い。これは重要なポイントです。
アクタガワそうなんですよね。現代のスニーカーはコレクションに耐えられるものではありません。いま、最新のバッシュをコレクションしている人もいるようですが、あと10年も経ったらそのほとんどがボロボロになってかたちが残っていないはず。アンティークとして今後も残っていくものは1970〜80年代のものしかないんです。
満行そのなかでも特に日本製の〈ナイキ〉は品質が高く、いま見ても惚れ惚れするほど美しいです。
1977年のオリジナルの「レザーコルテッツ デラックス」(満行さん私物)。40年近く前のものとは思えないほどコンディションは良好。シュータンの裏には「MADE IN JAPAN」の表記が。
スニーカーに限ったことではありませんが、そもそもなぜコレクターのみなさんは集めたがるんでしょうか?
アクタガワベースは物欲ですね。子どもがレアなシールを欲しがるのと気持ち的には変わらないと思います。僕はそれに加えて一冊の本にまとめたいという欲求もありましたが。
満行僕の場合は完全に物欲というか収集癖ですね。Tシャツでもスニーカーでもなんでも集めたがるし、コンプリートしないと気が済まない性質で。
アクタガワ欧米にもコレクターはたくさんいますが、日本人の特性として、頂点を極めたいという思いが強い。一度集め始めたら、とことん極めないと気が済まない。だからコレクションにのめり込んでいくんですよね。
“復刻版”について思うこと。コレクターの視点から。
復刻版についてはどう思いますか? マニアのあいだでは批判的な人も少なくないようですが。
アクタガワ復刻版、僕は全然アリだと思いますけど。批判的な人っているんですか?
アクタガワそれは自分のコレクションの価値が下がってしまうから?
満行そうです。かつての復刻版はオリジナルを忠実に再現したものではありませんでした。なんでスウッシュのかたちがこうなるの? なんでヒールのNIKEがこの書体なの? なんでサイドビューがこんなにポッコリしたフォルムになるの? って。
1975年に誕生した名作「ワッフルトレーナー」。上が当時のオリジナルで、下は1991年に発売された復刻版(ともに満行さん私物)。スウッシュの形状がまったく違うことがわかる。
1976年に誕生したランニングシューズ「スティング」。下から、1976年発売のオリジナル、2003年に発売された復刻版、2006年に発売された〈ジュンヤ ワタナベ・コム デ ギャルソン・マン〉による別注モデル(すべて満行さん私物)。
こうして3足を見比べてみると、スウッシュの形状のほか、シュータンのフチの処理やヒールのロゴなど、それぞれのディテールが微妙に異なる。
満行どうせ復刻するならディテールまで忠実に再現してくれればいいのにと、残念な気持ちになりました。その後発売された復刻版のなかには、完成度の高いものもありましたけどね。
根っからのナイキマニアが、いまのナイキに物申す!
ところで、最近の〈ナイキ〉についてはどう思いますか?
アクタガワ正直、魅力が薄らいでいる気はしますね。僕の感覚だといまの〈ナイキ〉は、金儲け主義に走っているように見える。『SHOE DOG』で描かれていた時代のようなチャレンジングな精神や、すごいものをつくって世の中をびっくりさせようというかつてのナイキイズムがまったく感じられなくなってしまった。マーケティングの手法だけが確立してしまって、こういうものをこういう売り方で販売すればみんなお金を払うでしょ、という戦略が見透けすぎてしまっている。
満行オリジナルへのリスペクトが足りない気がします。もし昔のイズムがいまも残っていれば、復刻版をつくるにしても、もっと徹底的にやると思うんですけどね。まあ、それとは別に、僕は趣味でランニングをやっていて、〈ナイキ〉の最新のランニングシューズやウェアを買いますが、それはそれでいいものつくってるなと思います。機能面ではよくできていますから。
アクタガワたしかにランニングギアに関してはいいものをつくっていますよね。
満行ファッションブランドとしての独自性の面では以前ほどの魅力がなくなってしまった感じがしますが、ランニングをはじめとして、スポーツブランドとしてはいまも変わらずトップカンパニーであり続けていると思います。
未復刻の名作、ボストン系の復刻を熱望!
最後に、これまで復刻されてきていなかったもので、復刻を希望するモデルはありますか?
アクタガワやっぱり“ボストン系”かな。ディテールにとことんこだわった復刻版をつくってほしいです。
ボストン系のオリジナル(すべて満行さん私物)。左は「ニューボストン」(1977年)、右2足は後に「ボストン」に名前を変更した「オーボリ」(1972年)のスウェードモデルとナイロンモデル。
満行僕もぜひ復刻してほしいです。〈ナイキ〉さん、期待しています。