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FEATURE|2年半ぶりのパリ。 三原康裕が今考えるファッションのこと。

2年半ぶりのパリ。 三原康裕が今考えるファッションのこと。

Maison MIHARA YASUHIRO 2019SS Collection in PARIS “PROTO TYPE II”

2年半ぶりのパリ。 三原康裕が今考えるファッションのこと。

ブランド設立20年という節目を迎え、2年半ぶりにパリにてショーを行った〈メゾン ミハラヤスヒロ(Maison MIHARA YASUHIRO)〉。過去のプロトタイプに向き合い、新しいものへとリプロダクトすることにフォーカスを当て、今一度、ファッションとは何か? と自分自身のみならず消費者にも問いかけているという今回のコレクション。ショーを終えた三原さんが何を思っているのか語ってもらいました。

  • Photo_Mari Shinmura
  • Text_Mami Okamoto
  • Edit_Jun Nakada
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やっぱり自分にとってはパリしかない。

5シーズンぶりのパリでのランウェイですね。しばらくロンドンコレクションに参加、先シーズンは東京でショーを開催されました。今回、なぜ再びパリでショーをやろうと思ったのでしょうか。

三原ロンドンでやるのは好きだったんです。ロンドンは街自体も好きだし、成長途中のロンドンファッションウィークをもっと盛り上げたいっていう気持ちもあったし。ただ1月5日からショーが始まるから、時期が早すぎるというのもあって。

パリでの最後のショーは、テロがあった後でした。パリにいる仲間たちは精神的にはテロと戦っていたから、無理してファッションウィーク中だけ盛り上げて、っていうのが、自分が偽善者になったみたいな気がしてしまったんですよね。都合のいいときだけパリを利用するのは違うなと思って、それでロンドンに参加するようになったんです。

それでも今回、改めてパリでやりたいと思ったのは、20年経って、自分のクリエイションがリセットされたというか、初心に戻ったから。見せるタイミングは今だと思ったんです。やっぱり自分にとってはパリしかないんですよね。

会場は16区のガレージ。ランウェイ脇にレコードプレーヤーが10台ほど置かれ、それぞれから異なる音楽が小さな音量で流れていました。また、自然光を活かしたミニマムな照明など、全体的に極力シンプルな演出に見えました。ショーの演出や音楽ついて教えていただけますか。

三原今ってすごくお金をかけないとショーできないでしょう。時間の制限もセキュリティも、モデルに対しても厳しいし。その制約のなかでやることもある意味で面白いと思ったんです。だから今回のショーは、演出も最低限に、あえて低予算でやりました。お金をかけるとクリエイティビティがダメになる気がして。

選曲したのは、アフリカンジャズです。最近のアーティストですが10枚レコードを集めるだけでもけっこう大変でした。実は、カーペンターズとか、みんなが知ってるような昔の歌謡曲にしようかとも思ったんですけどね。ロマンティックな世界だけど、自分には無理でしたね(笑)。

あと、今回はモデルも黒人をけっこう起用しました。人種云々っていうようりは純粋にかっこいいからなんですけど。今回のショーでは、多様性を表現するため、白人もアジア人も、いろんな人種のモデルを使いました。

ロンドン、ミラノ、東京など、これまでさまざまな都市でコレクションを発表されてきましたよね。三原さんにとって、パリの魅力は? 他の都市と違うところはどんなところでしょう?

三原今回のショーだって賛否があると思うんですけど、パリには、はっきりと否定があるんですよね。それが楽しみなんです。それから、パリは自分が学生時代に初めて旅行で来たときのことを思い出したりして。たまたまファッションウィークで、90年代当時は、インビテーションがなくても入れたり、人がたくさんいて、何やってるんだろうと思うと急に道ばたでショーが始まったり。お金がなくても、パッションだけでやっちゃうみたいな、90年代のパリのファッションウィークの熱量ってすごく好きだったんです。それが自分の中にありますね。

ファッションの本来あるべき姿。

2018-19AWコレクションのテーマは“PROTO-TYPE II”。前シーズンから継続して、過去の自身のコレクションにフォーカスを当てています。これまでの集大成ともいえる今回のコレクションについて教えてください。

三原過去のコレクションがベースになっているから、昔の僕の服を知っている人にとっては懐かしいものが出てきてると思うんですよ。ベースはアメリカのヴィンテージやミリタリーで、ステレオタイプなものを複雑なパターンで組み合わせて、新しいレイヤードで見せるというものです。

今シーズンは、過去にプロトタイプとして作ってみたものの、結局リリースしなかったものを形にしています。4本足のパンツとか、4本袖のアウターとか。2005年あたりに、前後ろのシャツを展開していた時代のものが多いのかな。あれですら、アバンギャルドすぎて売れなかったけど…。でもなんで売れないものをあえて作ったかって、理由は、あるクチュリエが『人間の体は、どんなに進化しても腕が3本になることや足が4本になることはない。クチュリエを続けていて、そこが難しいんだ』って言っていたことがあって。じゃあ、作っちゃおうかなって。バカげてるけど。当時のそういう気持ちを思い出したんですよね。

あと僕、自分で自分をコピーするのが好きでね。それと、タブーなことをするのも好きなんです。ビックブランドから訴えられないギリギリのコピーとか大好きですね。シューズに関しては〈DC SHOES〉は本当のコラボレーションなんですけど。本当のコラボを入れながら、ギリギリのことをやるのが面白い。自分はいつまでもアングラだから、ビッグブランドを挑発するのが好きなんですよ。

20年間の自身のクリエイションやファッションシーンを振り返るコレクションになったわけですよね。ショーを終え、今思うことはどんなことでしょうか?

三原昔は反体制の人たちがファッションをやってたと思うんですけど。現在は、東京のファッションウィークも企業のコマーシャルになっちゃったりして、ファッションは誰のためにあるのかなぁって。だから、若いデザイナーが、フィロソフィーを持っているブランドが、そういうのに喧嘩を売るようになったのかなって思いますよね。最近はファッションの捉え方が変わってきていると実感するから、久しぶりにショーやることは正直怖かった。そんな中〈ダブレット〉の井野くんが賞をとった。自分の一番弟子だから、自分のことのようにうれしいよね。

今の変わりつつあるファッションについて否定はしないけど、ただもっと、ファッションはカウンターカルチャーであってほしい。自分はアングラだから、いま改めてそう思います。昔みたいにセーヌ川沿いでいきなりショーやったりね。そういう時代がまた来るといいなと思います。

三原康裕(みはらやすひろ)

1972年長崎県生まれ。94年、多摩美術大学在学中に独学で靴作りを始め、96年、シューズメーカーのバックアップにより〈ミハラ ヤスヒロ〉をスタート。2000SSよりレディースウェアコレクション、メンズコレクションを展開し、国内外で発表。2016-17AWシーズンからは、コレクションラインを新たなブランド名〈メゾン ミハラヤスヒロ〉としてリスタートさせた。

Maison MIHARA YASUHIRO

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