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FEATURE|映画『寝ても覚めても』 tofubeats ☓ 濱口竜介 言い訳しないものづくり論 。

映画『寝ても覚めても』  tofubeats ☓ 濱口竜介 言い訳しないものづくり論 。

映画『寝ても覚めても』 tofubeats ☓ 濱口竜介 言い訳しないものづくり論 。

大それた夢を見ることはない。いま、目の前にあるものをどう世に問うのか。それを考え抜くことで、表現は世界に届くのだ。気鋭の映画監督とミュージシャンの対話は、ふたりの穏やかなやりとりとは裏腹に、驚くほど刺激的だった…。9月1日公開となる映画『寝ても覚めても』で監督を務めた濱口竜介、そして主題歌と音楽を手がけたトーフビーツ(tofubeats)。かつて惚れぬき、しかし目の前から忽然と姿を消してしまった男・麦に瓜二つの男・亮平(東出昌大のひとり二役!)と出会った、ひとりの女性・朝子(唐田えりか)の心の揺れ──柴崎友香による原作小説を、ふたりは映像と音の両方向から映画作品として紡ぎあげた。第71回カンヌ映画祭コンペティション部門出品とあわせて話題を呼ぶ今作、そして主題歌『RIVER』の制作秘話を皮切りに、両者がものづくり論を語りつくす。tofubeatsがオートチューンを使う理由も必見!

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STORY

東京。亮平(東出昌大)は、コーヒーを届けに会社に来た朝⼦(唐田えりか)と出会う。真っ直ぐに想いを伝える亮平に、⼾惑いながらも朝⼦は惹かれていきふたりは仲を深めていく。しかし、朝⼦には亮平には告げていない秘密があった。亮平は、かつて朝⼦が運命的な恋に落ちた恋⼈・⻨(東出昌大・二役)に顔がそっくりだったのだ――。

左:濱口竜介

1978年、神奈川県生。2008年、東京藝術大学大学院映像研究科の修了製作『PASSION』が国内外の映画祭で高い評価を得る。日韓共同製作「THE DEPTHS」(2010)、東日本大震災の被災者へのインタビューから成る映画「なみのおと」「なみのこえ」、東北地方の民話の記録「うたうひと」(2011~2013/共同監督:酒井耕)、4 時間を超える長編「親密さ」(2012)を監督。濱口竜介 即興演技ワークショップ in Kobeを通して制作された「ハッピーアワー」が第68回ロカルノ国際映画祭で最優秀女優賞を受賞し、大きな話題となった。

右:tofubeats

1990年生まれ神戸在住。中学時代から音楽活動を開始し、高校3年生の時に国内最大のテクノイベントWIREに史上最年少で出演する。その後、「水星feat.オノマトペ大臣」がiTunes Storeシングル総合チャートで1位を獲得。メジャーデビュー以降は、森高千里、の子(神聖かまってちゃん)、藤井隆ら人気アーティストと数々のコラボを行い注目を集め、3枚のアルバムをリリース。2018年は、テレビ東京系ドラマ「電影少女-VIDEO GIRL AI 2018-」や、9月1日から公開の映画『寝ても覚めても』の主題歌・劇伴を担当するなど活躍の場を広げ、いよいよ10月3日に4thアルバム「RUN」のリリースが決定している。

はじめての映画音楽…、それでもやりたい。

映画本編が終わり、トーフさんが手がけた主題歌『RIVER』がエンドクレジットで流れた瞬間、映画と楽曲の世界観が見事にシンクロしていて驚きました。そもそも、どういう経緯でトーフさんが参加されることになったのでしょうか。

濱口私の前作『ハッピーアワー』は、神戸で撮ったものなんです。神戸の元町映画館で先行上映もしていただいて、その後も長いこと上映をしてもらうなど、縁の深い土地だったんですが、そこにトーフさんがプライベートで観に来てくれたんですね。

トーフ家が近所で、地元の神戸の映画ということで、フラッと。そうしたら、いたく感銘を受けまして…。

濱口ツイッターで感想も書いてくれて。そのとき、僕はまだそこまでトーフさんのことを存じ上げなかったんですが、安田謙一さんが僕とトーフさんと3人での鼎談を企画してくださったんですね。

『神戸、書いてどうなるのか』などを著されている、神戸在住のロック漫筆家の方ですね。

トーフあのときは楽しかったですねえ。

濱口それから『寝ても覚めても』の映画化企画がスタートして、音楽にかんしてはプロデューサーと一緒に悩んでいたんです。音楽によって、映画の受け止められ方はまったく違ってきますから。そんなある日、アシスタントプロデューサーの子が、「トーフさんはどうですか」と。どうやら鼎談を読んで以来、言い出すタイミングを狙っていたらしいんですが(笑)。僕も直接お話して以来、トーフさんの楽曲はずっと聴いていて好きだったので、「いいじゃないか!」と。

トーフいやあ、ありがとうございます。その子に何かあげたい……(笑)。

濱口いわゆる“映画音楽”というものになるのかはちょっとわからないけれども、トーフさんにやっていただけるんだったらと思って、オファーを出したんです。

突然のオファー、トーフさんはどう感じられたんでしょうか。

トーフ『ハッピーアワー』は本当に、いち観客として「めっちゃいい映画だなあ!」と思っていて、濱口さんと仕事でかかわるなんて1ミリも思っていませんでした。

濱口お互いそうだったと思います(笑)。

トーフ鼎談があったときも、「会えるんだ、嬉しい!」みたいな(笑)。そのときに安田さんともお話したんですが、神戸はアートにかんしてあまりいいものが出て来ているイメージがなかったんです。時期は前後しますが、それこそ2017年末に炎上した「某展示植物」とか、そういう話しかなかったので……。ですから、安田さんとふたりで「もやっとした神戸で、こんな決定打のような映画を、ありがとうございます!」とお伝えしたんですね(笑)。

濱口とんでもございません!(笑)

トーフ鼎談の日は、菓子折りを持っていきましたから(笑)。その後、今回のオファーが来たときは本当にビックリしました。僕としても映画音楽は初めてでしたから、どうなるかわからず……それでもやりたいと、お受けしたんですね。

ハリウッド映画的ではない、音楽のつくり方。

そもそも、濱口監督の作品にはどのような印象を持っていたんでしょうか。新たな一歩を踏み出させる魅力が、濱口作品にあった、ということだと思うのですが。

トーフ『ハッピーアワー』と、あと『PASSION』を見て、僕のなかで映画の捉え方がかなり変わったんです。『ハッピーアワー』はワークショップからつくられた作品ですが、いうたら素人の、しかも同じ県下に住んでいる人たちが演者となって撮られた姿を見たときに、すごく腑に落ちるものがあったんですね。

といいますと?

トーフ好みの問題なんですが、ハリウッド映画のようなものって、僕はあまり観に行かないんですよ。自分にとって共感できる部分があまりないというか、シンパシーをほとんど感じられなくて。

それは音楽をつくることにもつながっているんです。たとえば弦楽器の奏者の方を呼んで大々的にストリングスを入れる、というのは、やってみたい気持ちはありますが、いまの自分の生活では、あまりリアルじゃない。それをやらないで、どうダイナミックにできるのか、を考えるんです。

なるほど。

トーフ映画にかんしても、実際の暮らしのなかで派手なカーチェイスや銃撃戦をしたり、大爆発が起きたりということは、なかなかないわけじゃないですか。そうしたことをせずに、しかしどうダイナミックなものをつくるのか――という問いにきちんと向き合っている人は、映画でも音楽でもあまり見かけない気がするんです。濱口さんの作品は、そこにすごい感動したんですね。こういう人と仕事ができるのは、それこそハッピーやな、と思ったんです。

DJをしていても、静かな曲をあえてかけて盛り上げる、といった緩急を取り入れることがある。そういう話ができる方と仕事ができることは、すごくモチベーションになるんです。だからこそ、受けさせていただいたんですね。

濱口ありがとうございます。それこそ鼎談のとき、トーフさんは『ハッピーアワー』をDJプレイっぽいと語ってくれていましたね。ダラダラした時間というか、ドラマとしては何も起きていないような時間がけっこう続くけれども、だからこそ些細なことが――物理的な大爆発ではないけれども――感情的な爆発を起こしているように見える、と。

今作の『寝ても覚めても』の作品世界も、まさにそうしたものですね。日常のなかで揺れ動く主人公の感情が、ある瞬間にスパークするといいますか。

濱口そうしたことを、実際にDJをしているトーフさんからいっていただけたというのは、とても嬉しい記憶として残っています。

つくる前に、どんな世界をつくりたいかは見えない。

濱口さんとしては、瑞々しい原作小説を映画化するにあたって、トーフさんの映画音楽と共に、どういう世界をつくっていこうと思っていらしたんですか。

濱口どんな世界をつくりたいか、というイメージは、実のところそんなになかったんです。というのも、役者さんがいて、具体的にここで撮りますというロケーションがあって、そうした一個一個のことが決まっていくことによって、だんだんと「ああ、こういう映画ができていくんだな」と現実的にわかっていくんです。

その手法は、濱口監督の作品づくりに通底しているものですね。

濱口そのひとつひとつを“素材”といっていいのかはわからないのですが……。トーフさんの音楽についても、劇伴をやったことがないということで、どんなものをつくってくださるのかは全然わからなかった。でもそれがかえって、ポジティブな要素になったんです。優れたミュージシャンであるトーフさんがつくってきたものを使えば、少なくともいま僕たちがイメージしているようなものとは、きっと大きく違うものができる、と思っていた。化学反応が起きるんじゃないか、という期待が大きかったんです。

トーフ実際のところ、最初のオファーは半分丸投げでしたよね(笑)。

濱口ハハハハハ! 本当にそうでしたね、すみません(笑)。

トーフとはいえ、主題歌だけは、「川」がテーマだということは決まっていたんです。

さまざまな思いもイメージも、清濁あわせのんでいく川のあり方を歌ったのが、主題歌の『RIVER』ですよね。トーフさんは、どのように楽曲をつくっていったのですか。

トーフ具体的にいえば、淀川がテーマなんですね。僕も関西に住んでいるので、とりあえず淀川に行きました(笑)。

濱口まずは現場に行ったんですね(笑)。

トーフ以前に住んでいた神戸の家も川の横だったので、そこにも行きましたね。というのも、自分のなかで川のイメージの蓄積があまりないな、と思いまして。実家のニュータウンで、川沿いに住んでいなかったので、シンボリックな川というと鴨川ぐらいしか自分のなかにイメージがなかったんです。だから、柴崎さんの原作や脚本を読みつつ、川について見つめ直すことからスタートしました。

最終的には、『川はどうしてできるのか』(藤岡換太郎著、講談社ブルーバックス)という本を読んで、「できる気がする」と思って、つくっていったんです。

ブルーバックスというと科学の入門書シリーズですよね。それがどう『RIVER』につながったんでしょう。

トーフ川がテーマだといわれて、そもそも「なんで川がテーマなんだろう」と思っていたんです。それでいろいろ調べてみると、川は石などものを運んだり、土地を削ったり、あるいは水を循環させていたりと、さまざまな“川の作用”があるんですよね。それって、恋や愛、あるいは欲望といったものと似ているんじゃないか、と。川の仕組み、その面白さがわかった。これを『寝ても覚めても』のテーマにつなげて曲にできるんじゃないか――と思ってつくっていったんです。僕もまさか、ブルーバックスを読んで曲ができるとは想像していませんでしたが(笑)。

濱口すごい! そのブルーバックスが読みたくなりました(笑)。それにしても、これは既に、ひとつのものづくり論ですね。

『RIVER』をいただいたときは、本当に興奮しました。「こんなにいい音楽を、この世に生み出してくれてありがとうございます」というような気持ちにさえなったんです。順撮りに近いやり方で撮影は進めていたんですが、その序盤に『RIVER』ができたことによって、「この主題歌に向かってつくっていけばいいんだ」というガイドをもらった気がしました。「映画の最後の最後にこれがかかるなら、もう大丈夫だ」と。

まさにいろんな素材が支流として流れ込んでいく川のイメージですね。そもそも「主題歌」のオファーということで、濱口さんはトーフさんの「歌」に魅力を感じていらしたんですよね?

濱口そうですね。僕、トーフさんの歌い方が好きなんです。トーフさんの歌は、こちらに「まっすぐ入ってくる」感じがある。そんなトーフさんが『寝ても覚めても』の主題歌を手がけてくださるんだったら、それはとてもいいものになるんじゃないだろうか、という気持ちでオファーしました。

なぜトーフビーツはオートチューンを使うのか。

その歌声にかんしてぜひ伺いたいのが、トーフさんとオートチューン(ボイス・エフェクトの一種)の関係なんです。今回の『RIVER』でもオートチューンをかけて歌っていらっしゃいますが、それが作品世界の浮遊感とすごく合っているなあ、と。

濱口オートチューンに愛し愛された男ですもんね(笑)。

トーフハハハハハ! いや、僕はオートチューンがないと単純にダメなだけなんで(笑)。

濱口でも、オートチューンの不思議さってありますよね。普通は声って、絶対に肉体から発声されていて、その肉体の状態をかなり露(あらわ)に表現するものだと思うんです。でも、オートチューンはその肉体の感触を削って、また違う抽象的なところへ声をもっていきますよね。

トーフ“外部化”できるんですよね。それがいいところです。単に音痴が治るだけだったらたぶん僕はあまりオートチューンを使っていないと思います。機械っぽくなることによって、一個自分の肉体の“外”に出るんですよね。

濱口自分の歌も、ひとつの音素材として扱えるようになりますか?

トーフそうですね。というより、自分の歌が嫌いなんです……。もう10年ぐらい活動しているんですが、本当に音痴なんですよ。『RIVER』も最初に仮歌を入れるときは、「オートチューンを切ってみようか」と思ってやってみるんですけど、聞くに堪えない(笑)。ボーカルが不得手でオートチューンを使い出した、というのが最初なんです。

今回の『RIVER』も、最後は誰にボーカルを頼もうかなあと思っていたんですが、デモを送ったら濱口さんが「トーフさんのボーカルでいきたいです」と。「マジか!?」となりましたが(笑)。

濱口デモの時点でオートチューンは使っていらっしゃいましたよね。

トーフそうですね。オートチューンを使っていないものを人に聴かせることは、ほぼないです(笑)。

濱口でも『RIVER』は、いままでのトーフさんの楽曲では聴いたことのないような生っぽさを感じたんですよね。それがとてもよかった。

トーフオケがオーガニックだったり、最初は弾き語りで始まっていたり、でも声はオートチューンという、いい意味で歪(いびつ)といえば歪な曲なんですよね。この映画がなかったら、普段はつくらないタイプの曲なので、すごく楽しかったです。

ひとつ“外”に出てみることで作品世界がフレッシュになる、ということは映画づくりにもいえることなんでしょうか。『寝ても覚めても』では、朝子が既に亮平と出会ってから、お茶をしている店の窓の外に、麦が映った広告がまるで名匠・キェシロフスキの映画のワンシーンのように登場する場面があります。作品の手ざわりがフレッシュでありつづけるな、と。

濱口映画では、特に自分が今やっている制作規模ではですけど、基本的にリアルなものしか使えない、ということがひとつの条件としてあります。でも一方で、フィクションであり、ドラマなので、リアルなままではやっていられない、というところもあるわけです。

だから、ある種のつくりもの、まがいものを導入する。東出さんの“ひとり二役”なんて、その最たるものですよね。でもそのことによってかえって、生々しい人間の感情のようなものが出てくることがある気がしています。つくりものによって、そうした普遍性に少しでも近づけないだろうか、と思ってやっていますね。

プロの俳優の方に、「直前に台詞を覚えて演じてもらう」という今回の手法も、そうした生々しい肌感覚を生み出すため、ということでしょうか。

濱口そうですね。演技って、本当に難しいものだと思うんです。というのは、どれだけやってもやっぱり台詞は台詞でしかないというか、普段は絶対にこんなことをいわないし、こんないいかたをしない、というのが台詞なんだと思うんですね。それはもうしょうがない。

だったら逆に、台詞は台詞なのだと割り切って、台詞をある種の文字面(もじづら)として覚えてもらって、自分とはまったく別のテキストとして、ただそのテキストを口にしているという状態に近づけるんです。そうすると、“自分ではないもの”と“自分”のあいだで、面白い揺らぎが生まれるような気がしているんですね。

トーフさんがオートチューンを用いるときにも、そういった“自分じゃないもの”という感覚があるんでしょうか。

トーフはい、ちょっと自分じゃなくなるからこそ、世に出せるというか。あと僕は、楽器を演奏するのもあまり好きじゃない……というか興味がないんです。こんなに音楽をやっていて、聴いていても「いいな」と思うのに、演奏するのに全然興味がないのは、何でなんだろうと自分でも思うんですが。

おそらく、一体化してしまうこと、自分の身体をそのまま問われている感じがするのが嫌なんですよね。運動神経も、音感もよくないし(笑)。そのときにオートチューンだとひとつ“外部化”できる。そこにすごく頼って、ここまで僕は来ています。

濱口ライブでもオートチューンで歌っていますよね。

トーフ僕はオートチューンがなければライブもやらないです!(笑)

濱口ハハハ!(笑) あれはどういう感覚なんでしょうか。曲づくりをするうえで素材として使っている、ということもまた違うじゃないですか。

トーフライブのときは、モニターで返ってきている自分の声が、もう“機械の声”なんです。自分の声そのものは聞こえてこない。だから、サイボーグみたいな感じなんです。とはいえ、声を処理する時間があるので、ちょっと早く歌わなきゃいけない、というようなことはあるんですが。基本的には、自分とは別の何か、という感じですね。それこそ揺らぎのようなことかもしれません。

濱口自分とオートチューンのあいだで揺らぎが起きている。

トーフ生声だったら、あんな大きな声は出しませんから(笑)。

いまあるものを、どうやって出すのか。

おふたりのお話を伺っていると、ものづくりに対する姿勢や、それこそ自分自身を取り巻く環境みたいなことへの意識も含めて、すごくシンクロしているような気がします。

濱口「シンクロ」といっていただいていいのかどうかはわかりませんが……。僕は単純に、トーフさんのMVを見ていると…、これは最大級で褒めていると思っていただいていいんですが、めちゃくちゃコストパフォーマンスがいいと思うんですよ。

トーフハハハハハ! それはそもそも、予算が少ないんですよ(笑)。

濱口いや、たしかにきっと、そんなにお金はかかっていないだろうという感じはあるんですが、それでなぜあんなにかっこよくなるのか、と。僕がMV的な発想をもっていないこともあるので、すごく驚くんですよね。特に『RUN』は、基本的に神戸で普通に歌っているわけじゃないですか。

トーフそうですね、神戸と、あとは東京のお台場で撮りました。

濱口なるほど。神戸にかんしては普段暮らしている風景を撮っているわけですよね。それが何十万人の人が見るMVとして成立する。これはすごいことだなと思っています。その姿勢にかんして、シンパシーを覚えているんです。

「いま、ここにあるものが、十分に世間に通用するものなんだ」という確信があるんだと思うんですよね。いま、ここでやっていること、ここで起きていることは、世界のどこに出しても恥ずかしくないようなものになりえるのだ、という感覚が、おそらくトーフさんのなかにあるんじゃないかな、と。

トーフというより、それしかない。それを世界に出すしかないじゃないですか。だから、“どう”それを出すのか頑張っていく。さっき濱口さんがおっしゃっていた、映画もいろいろと出そろってから方向性が決まっていく、というような話は、僕らもそうなんです。

もっているものを何回も何回も精査して、いまここにいるメンバー、もっている運や生い立ちのなかで、マックスを出すために頑張るしかない。そういうやり方は似ているのかもしれませんね。何もないところから映画の目標が決まっていたわけじゃない、という話は、すごく近いなと思います。

濱口本当にそうですね。

トーフDJもそうだと思うんです。家にある音源のなかから、最大のダイナミクスや、トレンドをどうつくるのか。そういう心意気や発想の方向性が似ているんじゃないだろうか、ということは、『ハッピーアワー』を初めて観たときから思っていたことでした。今回『寝ても覚めても』をつくるにあたっていろいろとお話を伺って、そういうことなのかな、と。

そうした姿勢のおふたりの作品が世に届くこと自体に、すごく希望を感じます。

濱口いま、この場でやっていることが、本当に価値がある……とまではいいませんが、価値のあるものには、やり方次第でなりえますよ、と考えているんです。そのことには僕自身も、希望をもっています。

トーフ…いま、超絶キレイに締まりましたね。なんていい話なんだろうと思って聞いてしまいました(笑)。僕も頑張ります!

濱口ああ、締めちゃってすみません! ひとりでお茶漬け頼んじゃった感じですね…(笑)。

映画『「寝ても覚めても』

出演:東出昌大、唐田えりか、瀬戸康史、山下リオ、伊藤沙莉、渡辺大知(黒猫チェルシー)、仲本工事、田中美佐子
監督: 濱口竜介
原作:「寝ても覚めても」柴崎友香(河出書房新社刊)
音楽:tofubeats
主題歌:tofubeats「RIVER」(unBORDE/ワーナーミュージック・ジャパン)
2018/119分/カラー/日本=フランス/5.1ch/ヨーロピアンビスタ
©2018 映画「寝ても覚めても」製作委員会/ COMME DES CINÉMAS

9月1日(土)、テアトル新宿、ヒューマントラストシネマ有楽町、渋谷シネクイントほか全国公開!
www.netemosametemo.jp

tofubeats「RIVER」(unBORDE/ワーナーミュージック・ジャパン)

デジタル配信中

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