こちらのベストはMUROさんご本人の私物で、80年代当時に購入したブートアイテム。これからの〈ルイ・ヴィトン〉のコレクションに似たアイテムが登場しそうでおもしろい。
思い出の80年代当時を、振り返る。
80’sヒップホップですが、やはり現在あるヒップホップのルーツでもあるからか、月日を経るごとにパワーを増して、いまの世の中に再来しているような感じがします。ところで、みなさんが初めてファッション的に影響を受けた80年代のヒップホップアーティストは誰ですか?
MURO(以下、M) ぼくはGrandmaster Flashですね。80年代初期のヘビメタのような感じのスタイルなんですけど、いろんなものが混じっていて、面白かったんですよ。どんなジャンルにもあんな格好をしている人いなかったから、すべてにおいて衝撃的でした。
poor_k (以下、K):ぼくは少し遅くから入ったんですけど、やはりRUN-DMCですね。それこそ、80年代はDCブランドが普通に好きだったんですけど、その流れで当時読んでいた『POPEYE』が白黒の〈アディダス〉の特集をやり始めて、そこからRUN-DMCを知り〈アディダス〉のスニーカーや、セットアップ、〈カンゴール〉のハット、そしてカルチャーを知りました。
M 当時は〈アディダス〉もそうだし、〈フィラ〉のセットアップも多かったですね。あとはブレイクダンサーだと〈プーマ〉のセットアップですかね。靴も多かった。
illllllllllluss(以下、i) 私は後追いで、90年代から遡った感じでして、80年代はトラックスーツにファットシューを履いてゴールドチェーンというスタイルが一番印象にあります。ヒップホップが好きで、レコードもそうですけど掘っていったらファッションもどんどん気になって。
80年末期、MUROさんはオンタイムでこういうスタイルをされていた記憶があります。
M そうですね(笑)。ニューヨークへ買い付けにも行っていたこともありました。
今回、「ユナイテッドアローズ & サンズ」に展示されていた、強烈なインパクトのレザージャケットはどのようなアイテムになるのですか?
i ニューヨークのハーレムに「ダッパー・ダン(Dapper Dan)」というテイラーがあったんです。店の名前が「ダッパー・ダン・ブティック」で1982年にオープンしたんですけど、黒人オーナーは毛皮なんかを扱いたかったそうなんです。ですが当時は黒人がリアルレザーを扱ってビジネスをすることが相当厳しかったらしく、顧客の要望で〈グッチ〉や〈フェンディ〉などの店へ行ってレザーのバッグとかを購入して、それを分解して服を仕立てていたそうなんです。
その後にシルクスクリーンという技術を「ダッパー・ダン」が習得して。店が1階にある3階建のビルの最上階で、猛毒と書かれた塗料をリアルレザーにシルクスクリーンでプリントして生地を作っていった。なので、当時の〈グッチ〉や〈フェンディ〉とは、明らかに違う色のモノグラムができたんですね。顧客に合わせて仕立てていたそうなので、一着作る値段は安くはなかったそうです。当時、仕立てる人はギャング、ハスラー、ラップやビジネスで成功した人がステイタスの証に、そしてそのラッパーに憧れた人たちが着ているといった感じですね。
当時、MUROさんは、あのようなジャケットや服をどのように購入されていたんですか?
M 買えるところが、圧倒的に少なかったですね。当時は情報も少ないし、買い付けに行っていたところも治安の良くないところだったので。日本では、上野と御徒町の間にあった「クリップ」という「アウターリミッツ」の支店ですね。 他の店にもあったんですけど、売っている人たちが被ったりしていたので、上野に行ってみたり。あとは直接頼んでいました。それこそ、とある知り合いの人たちが当時『宝島』で紹介したりしていたので、「これが欲しい!」と連絡するとマンションの一室に隠し持っていて、「この辺りまできたら、連絡して!」とか。そのうち、新宿の喫茶店とかで待ち合わせてオーダーしたりして。当時一緒にやっていたGOってDJと一緒に行って、この生地とこの生地があるけど、後ろに名前入れられるの? とか聞いて一緒に作ったり。ジャージもフードをつけることができたり、ここはメッシュにしてみようとか。それで海外で作ってもらったものを、またその喫茶店に取りにいくという(笑)。
オーダーメイドで自分のオリジナルが作れるって、80年代らしい話だなと思います。しかもそこにブートレッグ感の匂いがプンプンするところもワクワクするというか。
i 実際に縫っていた人たちは、普通に黒人が働いていたので、結構縫い目がガタガタで真っ直ぐではなかったり、ずれていたりしているんですよ(笑)。
マイク・タイソンも試合後に買いにいっていたとのことで、ワンノックが「ダッパー・ダン」に託されたんですね(笑)。
P 「ダッパー・ダン」は、いまでこそもの凄い値段になっていますが、当時でも高かったようですね。インスタグラムのダイレクトメールで3rd bassのメンバーであるピート・ナイスに教えてもらった話によると、本当安いもので500ドルから高いもので数千ドルしたそうです。そういえば、セットアップについてはRUN-DMCの〈アディダス〉だけでなく、いろいろなラッパーがお気に入りのスポーツブランドを着用し、スニーカーのことや服のことをラップしていました。
i 12インチで『MY FILA』というのを持っています。あとは『ADI DI AS』という12インチもありますね(笑)。