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アウトサイドのクラフツマン。 第二回:オーガニックファーマー「Ome Farm」太田 太

Outside Craftsman

アウトサイドのクラフツマン。 第二回:オーガニックファーマー「Ome Farm」太田 太

都心や駅前といった商業エリアとは無縁の地で制作活動をする現代のクラフツマン(職人)を訪ね歩く本企画。アウトサイド、つまり郊外や僻地で営まれるものづくりには、新しい生き方が息づいているはず。そんな仕事、趣味、暮らしを実践している、ヒップなクラフツマンたちを紹介していきます。

  • Photo_Yusuke Abe
  • Text_Gyota Tanaka
  • Edit_Ryo Komuta
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第二回・オーガニックファーマー『Ome Farm』太田 太

フードカルチャーでクリエイティブに生きる、東京産オーガニックファーム。

都内最高気温を記録した今夏のある日。猛暑日の早朝から車を走らせて、向かうは東京都青梅市。中央自動車道で八王子を抜けて40分ほどの場所に位置する青梅市は、トレッキングやカヤックといったアウトドアが盛んなエリアの山々に囲まれている。遥か向こうには富士山、反対側は秩父連山まで見渡せる、気持ちのいい場所である。

山々に囲まれた盆地にはいくつもの畑が広がり、真冬ともなれば冷凍庫のように気温が低下するという、農業に適したエリアである(気温40℃の取材日には想像もできなかったが)。そんな東京都の片田舎に拠点を置くのが、無農薬ファームの「Ome Farm」だ。農家らしからぬオシャレな装いで現れたファウンダーの太田 太さんに、広大な農場の敷地を案内してもらった。

「Ome Farm」では、どんな野菜を作っているんですか?

太田東京とは思えないこの豊かな自然環境下で、ビーツやケールをメインに、季節(夏であればトマト、ズッキーニ、イタリアンバジルなど)の西洋野菜、あとは芯取り菜(白菜の仲間)や改良されていない伝統品種の小松菜といった江戸東京野菜など、多くの作物を育てています。ディル、コリアンダーといったトレンドものも抑えてはいますが、力を入れているのは王道の野菜で、そのなかで一番美味しいものを作れるよう日々努力しています。

江戸東京野菜の寺島ナス。青リンゴのような食感があり旨味や甘みが凝縮されている。

「Ome Farm」の野菜の特徴はどういったところにありますか?

太田農薬や化学肥料を一切使わずに野菜を作っています。自家発酵させた植物性発酵堆肥を使って土作りし、使用する種子は固定種(同じ品種を残せる種)と在来種(古来から特定の土地に根付いている種)のみ。F1種(一代交配のハイブリッド種)などの改良品種は一切使用しません。持論ですが、農業はきちんとした土と種・苗が揃ったら6割は終わっているんです。あとは野菜作りを管理していく工程こそが大事なんです。そんな風にして自然の力と知恵を最大限に生かして作られた野菜には、野菜本来の風味と甘みがあります。食べてみたらすぐにわかります。

太田:例えば、トマトは自然の甘みからなる糖度を計算しながら育てています。次々と生えてくるので、ベストな収穫のタイミングを見極めるのが大切です。あと大事なのは水ですね。トマトはできる限り水を与えなければ強くなります。そもそもトマトはアンデス砂漠で育つ寒気野菜。イタリアやフランスで、露地栽培のトマトが美味しいのは雨が降らないからなんです。日本は雨が降るのでハウス栽培がほとんどで、高畝にして育てていますよね。僕らはよほどカラカラにならない限り水を与えません。

ファッション業界から農業界へ。次世代ファームのクリエイティブ・ディレクター。

この仕事に就いた経緯を教えてください。

太田祖父も父も糸仕事に携わっていて、アパレル業に近しい家に生まれました。自分は家業こそ継ぎませんでしたが、アパレル業界で若手クリエイターたちの海外ビジネスをサポートする仕事に就いていました。しかし、次第に同業界に対する危機感を覚え始めました。アパレル系会社の体制の古さや、未来情勢を踏まえた当時の状況などが一番の原因です。クリエイターも自分たちも一生懸命頑張っていたのでやりがいはあったんですが、僕自身ではなにかを生み出すことができないし、もしサポートしている彼らがきちんと自立できる環境にならなければ、共倒れするかもしれないという不安をいつも抱えていました。そんな折、寺田倉庫という会社からの農業プロジェクトのオファーもあり、2015年4月からこの地で農業をスタートさせました(Ome Farmの前身となるT.Y.FARM)。

元々、20代のほとんどを過ごした留学先のニューヨークで見た光景には、衝撃を受けていました。アパレル業界を志しながら、発酵や農業にも興味があったんです。食べ物を作るってクリエイティブなことだなと思いますし。向こうの金融マンやクリエイターたちは、コミュニティガーデンで野菜を作ってサラダを食べたり、郊外でワインを作ったり、ポートで釣った魚を食べたりして週末をのんびり過ごしていました。それまで僕は365日ビュンビュン仕事をする生活でしたけど、充実した週末を過ごすことによってマインドがカチッと変わり、平日の仕事もクリエイティブになり得るなって気がついたんです。

実際に農業をやってみてどうですか?

太田初めは寺田倉庫流というか、目立って格好良くてモテればいい、そんなスタンスでしたけど、今は本気でゼロイチの仕組みを作っていくために日々試行錯誤しています。僕らは農業者であって農家ではありません。みんな異業種から来た人間なので、つねに「何で?」を追求しています。広く親しまれている農法のなかにも根拠のないことがあったり、はたまた大昔の人の知恵は正しかったりと、つねに発見があります。なので、僕たちのような若い世代が農法を勉強し、ときには間違いを正すような働きかけもしています。もともとクリエイティブな素質を持った人間が集まっているという利点を生かしながら、他とは違った農法を行っています。

自家発酵させた堆肥は100%オーガニック。動物の糞を使用しておらず臭みもない。通常なら廃棄される野菜や果物、床材や籾殻を発酵させる。このサラサラ状態に仕上がるまで一年近くを要するそう。Ome Farm野菜づくりの宝だ。

「Ome Farm」はどういったメンバーで構成されているんですか?

太田作物を育てるうえでものすごく大事な土壌を作ったり、育苗をする職人のようなスタッフは、あちこちで農業の経験を積んだ元メッセンジャーや、江戸東京野菜コンシェルジュ協会で指導を受けた一期生です。自然環境を生かした蜂蜜を作っている養蜂家は、100年以上続く東北最大の養蜂場の後継者。そして彼らのことをよく理解して、周りに伝えていくのが僕の役目です。デザイナーが一生懸命作ったものを一生懸命売る、アパレルの頃と考え方は同じですね。僕らはみんな同世代で、農業に対して同じような価値観を持っています。だからとてもやりやすいんです。それと僕らのフィロソフィーとして、作業場ではつねに音楽をかけています。それぞれが持ち寄った音楽をかけながら作業しています。

ここで育てられた野菜は、どんなところで流通しているんですか?

太田地産地消を心がけているのですが、現在都内と隣接している飯能市や日高市がほとんどなんです。例えば、パクチーの花の部分は「DEAN & DELUCA」などへ販売して、フルーツのように甘みがある種の部分は、コペンハーゲンの名レストラン「noma」でスーシェフを務めていたトーマス・フレベルがシェフを務める「INUA」などへ卸しています。また、青リンゴのような食感の寺島ナスなどの茄子類は、「81(エイティーワン)」や「The Blind Donkey」といった具合に、星付レストランやファインダイニングなどとも取引しています。今後は野菜を作る際のサイドストーリーもきちんと伝えながら、売っていきたいと思っています。

桜、栗、コリアンダー。Ome Farmに四季折々咲く花の蜂蜜は、非加熱もので香りも甘みも天然、そして滑らか。非加熱無濾過は市場全体の8%以下と貴重である。

無農薬=オーガニックじゃない!? 日本の農法事情。

先ほどお話にも上がった「noma」を筆頭に、昨今様々なシェフや飲食店が先進的な試みをしています。一例として、その土地の味、個性、風土などを意味する“テロワール”という言葉が指し示すような地産地消の料理が、世界中で注目されています。そんななか、日本における「オーガニック」は現在どのように定義されているのでしょうか?

太田日本でのオーガニックはまだまだ曖昧なところがあると思っています。僕の考えでは、無農薬農業というのはいくつかある農法の1ジャンルに過ぎないんです。日本では化学肥料や特定の農薬を撒かなければオーガニック(有機農法)と言えてしまうのですが、アメリカやヨーロッパでは無農薬以外はオーガニックと言えません。

国や地域によって全く意味合いが異なるわけですね。

太田はい。農業界にはいろいろな考えを持った人がいます。僕らはあまり思想っぽくならず、良いところを残していこうと思っているだけなので、別に農薬も否定しません。ただ、僕らは農薬を使わないというだけです。そして無農薬でもこんなに美味しい野菜ができるんだよと、日々実践しています。その甲斐あって取引しているプロのシェフたちは、僕らの生産背景や食べたときの美味しさの違いについて、きちんと理解してくれています。

その一流シェフたちは、どういった野菜を欲しがるんですか?

太田日本では野菜は大きい方がいいという文化があります。ですが、例えばビーツは小さいサイズの方が旨味が格段に詰まっているんです。僕らが取引しているシェフのなかには、「小さくないと困る」と言ってくる人がたくさんいます。よそではサイズが小さいと規格外として捨てられるんですが、どの野菜も一律そのように廃棄してしまうのはもったいないと思っています。

無農薬へのこだわりもつ人は、どんな人たちですか?

太田「Ome Farm」の購買層は女性や外国人が90%、プロの料理人や料理男子が10%です。料理好きの男性は美味しい料理を作るためならいちいち原価を気にしません。こうした料理好きの大人男子、僕の中の通称“dancyuおやじ”をこよなく愛しています。この10%に愛されることが大事なんです。ちなみにその料理を最後に食べるのはほぼ女性です。男性が作って女性が食べる、そういった図式なんです。

最後に、「Ome Farm」の未来をどのように考えていますか?

太田さっきも言いましたが、農業にはまだ曖昧なところがたくさんあります。良いところ、悪いところをきちっと議論して根拠のある事実を積み上げていくのが、僕らの仕事です。そのために僕たちは各々で試行錯誤したことや情報を全員でシェアしています。あとは同時に農地も少しずつですが拡大しています。作物が育つ土壌になるまでは数年はかかるので、じっくりやっている段階ですが。目先の目標としては良き理解者でもある取引先を今の倍、100店舗超を目指しています。

農業の魅力はどこにあるのでしょうか?

太田正解がないところですね。あとは農業は風景を作る仕事でもあるんです。畑はキャンバスです。ここに何を描いていくか。毎日が学びだし毎日が楽しいです。こんなにクリエイティブな時間はないんじゃないかなって思っています。

フイナム アンプラグド』の最新号では、デンマークオーガニックの最先端ファーム「Birke Mose Gaard Køkken」を取材している。オーガニック先進国のデンマークで目の当たりにしたのは、宇宙の力を作物の栽培に生かすというバイオダイナミック農法だった。ナチュラルな野菜を、よりナチュラルに美味しく育てることに情熱を注ぐ100%オーガニックな農法で、「Ome Farm」が実践する無農薬農法と共通するところが多かった。どちらの野菜も今まで食べてきた野菜はいったいなんだったのかと疑いたくなるほどに、旨味が詰まった美味しい野菜であった。

クラフツマンの愛用品。

Itoitexの和紙ソックス

「この和紙ソックスはムレにくいし、とにかく足が臭くならないんです。写真は長靴用ですが、今日も〈ムーンスター(moonstar)〉の地下足袋の下に、足袋タイプのソックスを履いて作業しています。金具留めタイプもあるんですが、このリップ式が好きですね。全ての工程を行っている糸井さんは81歳の繊維職人です。素材は和紙100%、日本文化の象徴でもあるし、クリエイティブだなって思います。ちなみにこの靴下で用いられている和紙は〈トッズ(TOD’S)〉もインソールに採用しています。どんなスタイルにも合わせられるし、長持ちします。安価なものを使い捨てるよりもエコロジーですよね。いいものを長く、使っていきたいです」

左:BLANKEY JET CITY『ロメオの心臓』

「ブランキー・ジェット・シティは中学時代からのファンで、ずっと聴いてきた音楽です。ファッション業から農業へシフトする間の2週間、都内にある後輩のキックボクシングジムへ通っていたときのことでした。ミット打ちのパートナーが格好良くて声に聴き覚えがあって、それがなんとベンジー(浅井)さんだったんです。憧れのギタリストの手に向けて蹴りを入れていたという衝撃的な出会い! 10代からの憧れの人に出会えて、さらに農業や植物をテーマにした曲をライブハウスで歌ってくれて感激しましたね」

右:「Le Mystere Des Voix Bulgares Volume 2」

「ブルガリアの音楽です。これは80年代に父親が東京コレクションの仕事で使っていたことがきっかけで知りました。ブルガリアは寒暖差があり、ヨーグルトより野菜が美味しい国なんです。この曲はいつか生(演奏)で聴いてみたいですね。基本的に民族音楽が好きで、ブルガリア音楽だけでも何枚も所有しています。少しマニアックな音楽だけど、手拍子と足の鼓動だけで奏でる唄という感じです。ぼくたち全員が音楽を大事にしているので、レゲエ、ジャズ、いろんな音楽を持ち寄っています」

Ome Farm

住所:東京都青梅市小曾木4-2873
電話:080-9540-4220
www.omefarm.jp
Instagram:@omefarm

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