いまは編集仕事をやっているけど、自分のキャリアのスタートはファッションメーカーだった。可愛がってもらってた方から、うちこない? という誘いに乗って就職を決めた。広報的な仕事や企画アイデアを出すような仕事でおよそ4年ほど働いたか。その後編集の道に進むのであるが。
その間、いろんな話をいろんな人から聞いた。やはり若い頃に吸収した話というのは、記憶定着力がいいというか、最近はすぐにものを忘れるのに、あの頃の話はよく覚えている。繰り返し反芻するからなんだろうね。
そのひとつがビキューナの話。真偽はともかく聞いてください。
このビキューナという動物はすでにその頃からレッドデータブックに載っている希少動物で、絶滅が危ぶまれていた。この動物の毛がとてもソフトで、カシミアなんてまったく太刀打ちできないという。この毛で織られた生地はソフトでしなやか、そして軽く独特の光沢があり美しいと。
しかし保護動物。捕まえて毛を刈るわけにもいかず、ましてや狩るなんてことは言語道断。で、どうするかというと彼らが移動した後を辿って木の幹や潅木などにこすれて残った毛を集め、それを縒って毛織物にするのだそうだ。大変な労力、そして人力、そして文字通りの尽力が必要だ。
そうして仕上がった生地はあたりまえだが、べらぼうに高い。あまりの希少さにどのテーラーも仕立てするのが恐ろしく、その毛織物がケースに入れられて贈答品として政治家の間で回っているなんて噂がある、なんて話されていた。
生地見本がそこらじゅうに転がっている仕事環境であったが、そんなわけでビキューナ素材、見たことも触ったこともない。空想上の動物、いや毛織物のようなものである。
このビキューナであるが、アンデスの高原に生息している。
いまではほんの少量ながら刈り込みを始めているようで、やはり高価ではあるが、手に入れようとすれば可能らしい。
ビキューナ。どうして思い出したかというと今回のネタがアルパカのセーターだからである。
アルパカはビキューナ属の生き物なので親戚みたいなもんだ。当時もアルパカの柔らかさがさらにグレードアップしたのがビキューナだなんて教えてもらった。むしろアルパカのほうが柔らかくてツルツルする、なんていう生地屋さんもいた。そうね、需給に左右される金額がイコール、品質ではない。ま、そんな話は置いといて。
カシミア、キャメル、アルパカ。これがまあ三大ソフトウールである。厳密には羊科ではないからウールではないが、便宜的にここではウールと呼ばせてください。国際羊毛事務局あたりからクレーム来そうだけど。
その三大ウール(いいのかな)のひとつのアルパカだけを使用して製品を作っているのが〈イノウエ ブラザーズ〉である。
今夏にコペンハーゲンに行く機会があり、そこで始めて二人に会ったのであるが、すでに昔からの知古のような関係でお酒を飲めた。
ブラザーズというからには当然兄弟である。兄のサトルさんはコペンハーゲンベース、弟のキヨシさんはロンドン。おっとキヨシさんは何やってるか聞かなかった。ともに日系のデンマーク人である。やたら魂の経験値が高い、何度も輪廻転生を繰り返してきたような兄弟だ。
その二人が作るセーターが今回のお題ネタ。しかも〈スノーピーク〉とのコラボレーションモデル。見た目もよろし。
この〈スノーピーク〉のアパレル部門のデザイナーである山井梨沙さんともその時にコペンハーゲンで会った。なんだかどんどん人が増えていって、みんなで深夜まで飲んだ。で、最後締めのラーメンまで。その後も井上兄弟は家で飲むと大勢の人を連れていっていたけど、翌朝から山井さんとキャンプに行くと言っていた。果たして無事行けたのかな。
〈スノーピーク〉の行くキャンプつーのもちょっと興味ある。頼り甲斐があるというか、何もしなくていいよな。ま、そんなことはないんだろうけどね。今度新潟行きます!