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FEATURE|木梨憲武が自由に語る、G-SHOCKと、それにまつわるエトセトラ。

木梨憲武が自由に語る、G-SHOCKと、それにまつわるエトセトラ。

G-SHOCK meets Noritake Kinashi.

木梨憲武が自由に語る、G-SHOCKと、それにまつわるエトセトラ。

かねてから「G-SHOCK」を愛用しているという「とんねるず」の木梨憲武さんに、なぜそこまで惹かれるのか、その魅力についてお話を伺いに麻布十番のアトリエまでお邪魔しました。「G-SHOCK」との出会いから、レアモデルのコレクション、さらには「木梨サイクル」の別注まで、話はつきません。木梨さんの「G-SHOCK」愛がこれでもかと爆発したインタビューは、時間が経つにつれてどんどんエスカレート。遂にはとある企画まで提案しちゃいました!「G-SHOCK」と、それにまつわるエトセトラ。一筋縄ではいかない木梨節を、どうぞお楽しみください。

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俺は普段から全部G-SHOCK。いつも近くにいるヤツって感じ。

木梨さんも普段から愛用しているという「G-SHOCK」が、1983年に誕生して今年で35周年を迎えました。

俺たち「とんねるず」も結成して35年くらいんなるんじゃないかな。違うか? 1980年に「貴明&憲武」をはじめたから38年か。その後81年に確か「とんねるず」になるのかな。

というと木梨さんと〈G-SHOCK〉は同世代と言うことになりますね。

そうだね。同世代でいうと、藤井フミヤが今年35周年でいまツアーやってるんだよね。大体同じ年くらいのやつらと、流れでみんな仲間になっていくんだよね。そう、「G-SHOCK」と共にね(笑)

「G-SHOCK」と共に歩んでいた、と(笑)。

歩んでいたね、時代をね。それこそ90年代当時は秋葉原に行ったりして、「イルクジ」とか「マンタ」とかあの辺のモデルを手に入れてね。周りのテレビ局の仲間もみんなそういうのが好きだったやつらだからさ。あそこのお店にレアモデルが2個あるらしいとか、情報交換しながら買い集めて。

90年代はまさに「G-SHOCK」が一大ムーブメントを巻き起こしていた時代でした。

俺はその頃、「G-SHOCK」のほかにもフィギュアにどっぷりの時代ですわ。「トイ・ストーリー」に「スポーン」、それと「スター・ウォーズ」。自分のアトリエは「G-SHOCK」とおもちゃだらけで。開ける用と眺める用と買い込んでね。いっぱい集めましたよ。んでしばらくして大人になって、「俺はこんなに買って何をしているんだ」っていうね(笑)

コレクター気質なんですね。

「G-SHOCK」だけでも100本は超えてたんじゃないかな。同じレアモデルを2個持っていたら、違うレアモデルを持っている人を探しては交換して。周りの連中とよく交換会をしてましたね。そうそう、原宿にレアモデルがあると言われているお店に朝イチから並んで買ったりもしたしね。昔から全部集めないと気が済まないタチだから。並べてどうしようっていうわけじゃないんだけど、「持ってる」っていう所有感がね、満たされるっていうか。

限定モデルもたくさんあって、「G-SHOCK」は収集する楽しみがありました。

あの頃買ったやつ、いまだに「木梨サイクル」の奥の方になかったっけ? みんな箱から出してむしっちゃったかな。当時はレアモデルが高騰して、すごいプレミアが付いたりしたよね。1万ちょっとで買ったものが、5万、7万と上がったりね。俺はそういうのまったく興味がなかったんだけど、価値が上がっているっていうのを聞くと、なんか隠し持ちたくなっちゃって。よく周りに「俺いま4(個)あるよ4、どうしますか~」みたいな。んで「じゃあげるよ」とか、「交換ね」って言って。

そこまで木梨さんがハマった「G-SHOCK」、そもそものキッカケはどんなものだったのでしょう。

『生ダラ』っていう番組の撮影でニューヨークとかロスに行ったときに、現地で出会ったヒップホップ方面のアーティストの方たちがどっぷり「G-SHOCK」だったんで。それで、あの時計はなんだ!? と。日本よりもアメリカの方が早かったんですよね。そんなときからですね。

ヒップホップカルチャーの影響ですね。

「G-SHOCK」に〈アディダス〉のジャージ、それと〈カンゴール〉の帽子っていう組み合わせを、その頃ちょうど我々がハマってて。絶えずその辺のファッションやカルチャーとともにしてましたね。そうそう、あとは〈ダブルアールエル〉とかもよく着てたかな。

特に気に入っているモデルや思い出深いモデルはありますか。

正直、これというモデルは特にないかな(笑)。俺は単純に「G-SHOCK」が好きなんですよ。何本か高級ブランドの時計も持っているんですが、番組でじゃんけんしたりしてね(笑)。だけどいまだに、当時の出会いの名残があるせいか、最終的に「G-SHOCK」が落ち着くんですよね。壊れないとか、海にも入っていけるとか、どんなに雑に扱っても近くにいてくれる。壊れないから修理やメンテもそこまで必要じゃないしね。

木梨さんらしいエピソードですね。

歳も歳だし、まわりは高級時計に流れる人も多かったけど、俺はブレない、煽られないっていうね。「俺は『G-SHOCK』でいいや」って。昔からよくみんなにも「『G-SHOCK』がいいよって」って勧めてたし。いまでも口癖(笑)

いまは「G-SHOCK」をどういった格好に合わせたりしますか。

例えばハワイに行くときは白色の「G-SHOCK」をしたくなるかな。スニーカーの色と揃えてみたり、帽子と合わせたりね。短パンとTシャツで合わせた時に、この3つがセットメニューになってくるんですよ。それと腕につけなくてもカバンに付けてぶら下げたりしても可愛いよね。「G-SHOCK」はバリエーションが豊富だから、いろんなシーンに対応してくれるよね。海だ、山だ、キャンプだって。

木梨さんはゴルフやサッカー、サーフィンといったアクティブな印象があります。そういった場面で「G-SHOCK」は重宝しそうですよね。

というかもう全部これ。普段からほとんど「G-SHOCK」ですよ。下手すりゃスーツでバシっときめても、「G-SHOCK」とスニーカーで、そっちに崩してくっていうね。あとは帽子。ほんと、この辺はいつも近くにいるヤツたちって感じ。

「木梨サイクル」でも過去に別注をされていますよね。

何年か前から一緒に遊ばせてもらっています。これまで5回やったのかな。結構な数をつくったんだけど、ファーストモデルは初日、2日で完売したりして。それを聞いて「カシオ」の人たちが驚いたっていうね。おかげさまで好評をいただいてます。

別注モデルは黒と白で、どれもソリッドなデザインです。どういった狙いがあるのでしょう。

自分が付けやすいってのが一番なんでね。型もシンプルなモデルをベースにしました。四角いのと丸いのと、それといちばん最近のは針のモデルも出しましたね。どれも定番やつ。黒と白を交互に出してるんだけど、黒はわざと見にくくしようって文字盤もあえて黒にして(笑)。ブラックベースでまとめて。んで白はやっぱりハワイに行くとき用(笑)

これは興味本位ですが、「木梨サイクル」ではなく、アーティスト・木梨憲武が「G-SHOCK」をデザインするとしたらどんなものをつくりますか。

そうだなあ。俺が長年書き続けている手のモチーフの「REACH OUT」という作品があるんだけど、それをキャンバスに見たてた「G-SHOCK」に描いて。黒には白で、白には黒で、樹脂のケースからベルト、文字盤まで全部書き込むかな。これまで「REACH OUT」は帽子やカバンをつくったり、それこそいまやってる個展ではサッカーボールもつくってるんだけど、「G-SHOCK」とも相性が良さそうだよね。このモチーフが全面にきたら絶対面白いと思うんだけど。「カシオ」さん、いかがでしょうか?(笑)

『木梨の会。』のイベントにG-SHOCKも参加してもらいたいね。一緒に盛り上がりたい!遊びたい!

そういえば木梨さんがアートをはじめたのも、ちょうど「G-SHOCK」にハマった90年代初頭だったと記憶しています。確か『生ダラ』の企画で。

そうね、『生ダラ』のセーヌ河ね。94年あたりかな。でも実際アートを始めたのはそのちょっと前。妻である成美さんとね。いつも使ってるテーブルを彫刻刀で彫ったり、割れちゃったグラスの破片を集めて敷き詰めて、そこに樹脂を埋め込んでみたり、椅子もつくったりしたかな。それがアートを始めた最初。当時はそんなことして遊んでましたよ。それか、毎日宴会でしたから(笑)。そんな俺もいまは、お仕事すると疲れちゃって疲れちゃって…身体が持たなくなっちゃってね…。

最近はだいぶ生活のサイクルも変わったと聞きます。

最近はね、「みなさん」が30年を区切りに終了した瞬間から、まあやりたいことをやってますけど、ラジオとGYAOに追われてる、攻め込まれている毎日です(笑)。『木梨の会。』っていうラジオ番組をはじめたんだけど、自分一人でラジオのレギュラーをやるっていうのもはじめてだし、生放送だしね。まあ若い兄貴たちとくっつきながら一緒にやってるんだけど、その連動がまた面白くてね。マイペースにやっていますよ。

『木梨の会。』は好評ですよね。周りでも聞いている人がたくさんいます。

そうだ、次の放送で視聴者に向けて今日のこともちゃんと言っておくから。「カシオさんが『G-SHOCK』を35本くれたぞ!」っつって(笑)。渋谷ででかいイベントあるらしいよって、ちゃんと「G-SHOCK」の宣伝しておきますよ!

それはありがたいです!

おかげさまでいま『木梨の会。』がざわざわ盛り上がっているんで、次は「赤坂ブリッツ」で『木梨の会。』のイベントを開こうと思って。フェスみたいにして、一日中お祭りしてね。中身はいま考えている最中なんだけど、知り合いのうどん屋を出したり、(麻布)十番の馴染みのパン屋もあって、もちろん焼きそばにたこ焼きもスタンバイしてね。それに帽子屋とかカバン屋、さらに仏壇屋も一緒に並んじゃうっていう。もうメチャクチャ(笑)。んで知り合いのミュージシャンたちも呼んでワイワイやってさ、絶対すごいことになるから。その際はぜひ、「G-SHOCK」さんにも参加していただいて。

それは面白そうですね、他にはないイベントになりそうです(笑)。イベントといえば、「G-SHOCK」では以前、的当てピッチングゲームのストラックアウトを、球の代わりに「G-SHOCK」を投げるというのをやっていました。

なにそれすごいね(笑)。さすが「G-SHOCK」!確かに投げても丈夫だから壊れないもんね。そのストラックアウト、「赤坂ブリッツ」でも是非やろうよ! 的の代わりに「G-SHOCK」を棚に並べて、自分が買った「G-SHOCK」を投げて落としたらもう一個もらえるっているのはどう?

「G-SHOCK」の射的ですね。

んで投げた「G-SHOCK」が商品に当たって落ちるんだけど、自分のが棚に残っちゃったらダメね。うまくいったら鐘鳴らしたりして(笑)。それか時計のベルトを留めて「G-SHOCK」を輪っかに見立てて、輪投げをしても面白いかもね。題して「G-SHOCK輪投げ」! 強度もうたえるし、これぞ「G-SHOCK」の遊びでしょう。いいんじゃないかな? ってダメか(笑)

いろんなアイデアが湧いてきましたね(笑)

しかも屋台とかじゃなくてメインステージの上でやろうよ。ミュージシャンが歌ってる横でやるっていう(笑)。それ最高でしょ! 普通にやっても面白くないからさ、こういう馬鹿げたことをやりたいよね。

なんだか壮大な話になってきました(笑) 。実現したら面白そうです。その楽しみには今後にとっておくとして、最後に、35周年を迎える「G-SHOCK」にお祝いのコメントを頂いて締めたいと思います。

そうですね、まずはおめでとうございます。「G-SHOCK」は30年変わらず自分のスタイルを持って進化し続けているっていうが最高。この先もずっと、「G-SHOCK」は「G-SHOCK」としてあり続けていて欲しいですね。俺にとっても、「G-SHOCK」とはこの先も末長くお付き合いさせていただくと思うので、何卒、宜しくお願い致します。そんな感じかな?

木梨憲武

1962年生まれ、東京都出身。お笑いコンビ「とんねるず」として81年より活動を開始。『とんねるずのみなさんのおかげでした』、『とんねるずの生でダラダラでいかせて!!』、『ねるとん紅鯨団』等々、数々の伝説的な番組を輩出し、若者を中心にカリスマ的な人気を獲得。個人としては画家としての顔を持ち、1994年の初個展以来、定期的に作品を発表している。現在は国内9度目となる個展「木梨憲武展 Timing -瞬間の光り-」を開催して全国を巡回中。
www.kinashiten.com

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