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デンマーク生まれのファッションブランド、 ザ・イノウエ・ブラザーズの二人が見据えるクリエイティブな未来。

Featuring THE INOUE BROTHERS

デンマーク生まれのファッションブランド、 ザ・イノウエ・ブラザーズの二人が見据えるクリエイティブな未来。

デンマーク生まれの日系人、井上サトルと井上キヨシの兄弟が手がけるファッションブランド〈ザ・イノウエ・ブラザーズ(THE INOUE BROTHERS)〉。彼らは、南米ペルーに位置するアンデス地方の伝統産業であるアルパカ製品を、世界中へと届けています。なぜ北欧出身の二人が南米ペルー産のニットを、クリエイティブにファッションシーンへと提供しているのでしょうか。彼ら二人の価値観や文化に迫りつつ、それぞれのクリエイションにフォーカスしてきましょう。

  • Photo_Ko Tsuchiya(except pima cotton)
  • Interview&Text_Gyota Tanaka
  • Edit_Ryo Komuta
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北欧から異文化をクリエイションするニットブランド兄弟。

ブランドがスタートした経緯を教えてください。

サトル2004年に〈ザ・イノウエ・ブラザーズ〉を設立して、最初はボリビアに行きました。ボリビアの人とコミュニケーションを取りながらものづくりをしていたんですが、デザインから生産までその全てがフィックスするまで2年くらいかかりました。なので、初めてニットを作ることができたのは2006年です。その後、もっとクオリティを追求しなければいけないと思って、より高級なアルパカを求めて南米のアンデス地方に行き始めたんです。そして2年後の2008年に、最初のコレクションをパリのショールームで発表することができました。その次に行ったのはペルーです。2011年に初めて訪れて翌年にはリリースできたので、だんだん早く作れるようになりましたね。

キヨシいや、サトルはさらっと言ってますけど、実際は結構キツかったですよ。飛行機で長時間フライトしてから、車と徒歩で1日以上かかるんです。で、やっとの思いで辿り着くのがアンデス山脈の高地。そこでデザインラフを見せて、サンプルができ上がるまで数日間待つんです。夜は寒いので凍死を防ぐために、口の周りにワセリンを塗って暖着をまとって、死に物狂いで夜を過ごしました。その寒さは北欧でも経験したことのない世界でした。

兄のサトル氏はコペンハーゲンでデザインオフィスを構えていた。現在もアートディレクターの肩書きを持つ。

弟のキヨシ氏は、イギリスの美容学校「Vidal Sassoon Academy」をトップで卒業し、ロンドンでヘアーサロン「Environment」のスタイリスト兼オーナーも務める。

サトルペルーのアルパカは歴史が古くて、毛質はもちろん、その手作業による縫製技術そのものが文化財になっているんです。現地にはアルパカの教授がいて、政府で研究管理されています。また放牧されているアルパカは自然環境によって育ちが変わります。だから僕らの商品は需要に対して安定供給できるわけではなく、生産数には毎年制限があるんです。現地を訪れるたびに「今年は○グラムだけだ」と言われるので、一着当りのグラム数を計算しオーダーを管理しています。

キヨシ今は、アルパカのなかでも良質なロイヤルアルパカや、最高級毛のビクーニャも作っていて、アルパカは「ビームス」や「トゥモローランド」などのセレクトショップ、ビクーニャは「伊勢丹」などデパートへ卸しています。けれど、今年売れたからと言って、来年納品数を増やせるとは限らないんです。

昨秋、発売された〈スノーピーク(snow peak)〉とのコラボレーション。両ブランドの関係性はこちらを参照のこと。この取り組みは今後も継続される予定。

ブランドビジネスをしていくうえでは難しい問題ですが、今ファッション産業で起こっている余剰や過剰在庫といった資源の無駄がなく、正しい在り方なのかもしれませんね。

サトル僕らのビジネスモデルを例えるならば、ナチュラルワインの生産者ですね。要するに自然次第ということ。進行や納期のデッドラインではなく、どれくらい原材料が収穫できたかで全てが決まるので、売上を伸ばしたくても拡大できないんです。確かに不安定ですが、僕らはその伝統文化を正しく伝えたいし、それをみんなに受け入れてもらいやすい現代の形に変換して表現しています。

キヨシアンデスの旅を始めてから、とことんアルパカについて勉強したんです。それで、突き詰めていくうちに、現地の奥の奥にまで出会ってしまったんです。もうここまで来たら使命みたいなもんだよね。

サトルそうだね。

ところで、いつもはアルパカニットだけを発表しているのに、次シーズンでは全て“ピマコットン”のウェアがローンチされますね。

サトルこの何年かアルパカ製品作りでペルーを訪れるなかで、実はつねにオーガニックコットンも探し求めていました。というのもアルパカのために現地へ訪れているのに、彼らは“ピマコットン”についても情熱的に語るんです。なので、僕らの取引先に「“ピマコットン”ってどう思いますか?」と提案すると、バイヤーさんは皆口を揃えて、「“スーピマコットン”より低品質のものだよね」と言うんです。

たしかにスーピマコットンというのは、よく聞きますね。

サトルそう、だから僕らもしばらく半信半疑でした。

キヨシロンドンで出会った、インドで活躍する友人は「GOTS(Global Organic Textile Standard =オーガニックコットン協会)」のアドバイザーで綿のスペシャリストでした。その彼でさえ、ペルーならアルパカだけじゃなく“ピマコットン”がいいよって熱く語るので、仕事の合間にスーピマとピマの違いを調べたんです。簡単に言うと、ピマを長繊維にして商業化されたものがスーピマコットン(超長綿)であり、その原型がピマコットンなんです。つまりオリジンということです。

サトルそのピマのルーツが、ペルーだという事実を知りました。ペルー産のピマコットンの歴史は古くインカ帝国の時代まで遡るんですが、当時は王家がビクーニャ、金持やエリートたちはアルパカ、一般市民がコットンを着ていたんです。すべてがアンデスで獲れる天然素材で作られていた生地です。そのコットン生産者たちと巡り合って、1年半かけてサンプルができたのが、今回発表したコットンコレクションです。

このナチュラルコットンシリーズは、風合いはもちろん、色合いもナチュラルで全体的に柔らかい印象を与えていますね。

サトル細かいクオリティーの話になるんですが、現地でピマのなかでもオーガニックコットンよりももっと上質な、自然栽培の“ナチュラルコットン”に出会えたんです。ワイン同様コットンにも「オーガニック」「バイオ」「ナチュラル」などの基準があります。オーガニックの世界基準は、畑の土に3年間人の手や農薬を付け加えてはいけないというもの。でも、オーガニックは大地のエネルギーを奪ってしまうんです。それに対して、バイオはエネルギーを大地に戻すので、やればやるほど土が豊かになります。ナチュラルコットンもそれと同じで、作れば作るほどどんどん柔らかさが増して、艶が良くなります。さっきも言いましたが、ナチュラルのピマコットンはスーピマコットンの先祖です。インカ人がジャングルのなかや河川で綿木を見つけて、紡績して素材にした、クリエイティブな財産なのです。自然回帰の思想を持って力強く生きた先駆者がいて、僕らはその後継者のつもりでやっています。そんな気持ちで取り組んだコレクションです。

ファッションの表現者として、自然環境や社会性を取り入れたクリエイションなのに、クオリティーとバックストーリーを含めてとてもスマートでクールに見えるのが「ザ・イノウエ・ブラザーズ」の特徴だと思います。お二人が持っているソーシャルなマインドは、これからのファッションで大事なことの一つですよね。

サトル僕らがデンマークで日々直面する課題である、リサイクル、エコ、サステナブルといった社会環境は、今世界中でキーワードになっていますよね。ファッションは第一にかっこよくなくちゃいけないけど、時代とともに価値観もどんどん変化してきています。かっこいいのは大前提で、ブランドフィロソフィーとしては、ソーシャルなことをクリエイティブにデザインをしていきたいんです。

キヨシクリエイティブといえば、色々なカルチャーがありますけど、デンマークのスケートカルチャーはタフでクールですよ。僕らは自分たちのやりたいことをファッションで表現していますが、フィロソフィーや姿勢はソーシャル思考なクリエイティブだと思っています。その思考は、コペンハーゲンのスケートブランド〈アリス(ALIS)〉のボス、アルバートさんが教えてくれたんです。

〈ザ・イノウエ・ブラザーズ〉の本出版記念で制作したポスター。アーティストは「Hiro Kamigaki」 (IC4 Design)

キヨシあとは今すごくクリエイティブなのはフードですね。キュイジーヌやオーガニックなどは、ソーシャルでありながら質もいいです。そういう意味では、アートやファッションは少し元気がないかもしれないですね。

ほかにデンマークでオススメの場所はありますか?

サトルアイデアが出なかったときには、ルイジアナ美術館へよく行きましたね。モネやゴーギャンなどのクラシックと、バスキア、ウォーホール、ヘリングなどコンテンポラリーを入れたアート空間はすごく斬新でした。素晴らしい建築や家具にはダニッシュデザインの真髄を感じますし、デンマーククラシックの価値を再確認できる、宝島のような場所なんです。行くと毎回魂がリセットされるのを感じます。

コペンハーゲンで暮らすサトル氏のファミリー。とにかくハッピーなヴァイブスに溢れる素敵なひとたち。「家族が一番大事」とはサトル氏の口癖。

サトルさんはコペンハーゲン、キヨシさんはロンドンと、それぞれ異なる国に住んでいますが、価値観も同じだし、本当に仲が良い兄弟ですよね。

サトルキヨシがロンドンにいることはとても大きいです。デンマークよりも大都市だし、情報も早い。特にサロン(美容室)にはインフルエンサー、金持ち、著名人、すべてが集まるんです。ヨーロッパでの取引は、ヘアスタイリストでもあるキヨシのブレーンから全て始まっています。ロンドンではサロンが一番のネットワーク。家族にも話せないことまで鏡越しに話すのがイギリス・ヘアーサロンカルチャーなんです。

キヨシサロンでヘアカットをすることは、僕にとってモチベーションの一つです。つい先日、80年代からロンドンのヘアーサロンカルチャーを牽引してきた「CUTS」も日本で写真展をやりましたよね。スケートブランドの〈パレス(PALACE)〉も含めて、今、ロンドン・カルチャーは熱いと思います。僕たちはお互い異なる国で違うところを見ているから、クリエイションの幅が広がっていくんです。

クリエイションの幅と言えば、サトルさんは、デンマーク産オーガニック食材を使った和食レストラン「JAH IZAKAYA」をコペンハーゲンにオープンしましたが、なぜ「食」をクリエイティブ業に加えたんですか?

サトル氏がデンマーク人のパートナー二人と創作する、コペンハーゲンで一番ヒップな日本食レストランといっても過言ではない「JAH IZAKAYA」。唐揚げ、餃子、枝豆、ポテサラなど日本人にはおなじみのメニューが揃う。

サトル僕たちが子供の頃の北欧には、日本人が料理する正しい日本食レストランがありませんでした。東京から移住してきている日本人のカオルさんが16年前に寿司屋「selfish」をオープンしたときに、初めて正しい日本の寿司がデンマークへ来たと感じました。そのとき、新鮮で丁寧な日本食はすごく美味しいと知ったんです。2年前にレストランを始めるチャンスがあったとき、家族から経営は難しいと反対されたんですが、僕にはできる自信がありました。正しい日本食を、デンマークのオーガニック食材を使って提供するべきだと思ったんです。フードはすごく奥が深いクリエイティブ・カルチャーですが、アパレル製品を作る姿勢と何ら変わりはないと思っています。

最後に二人のクリエイションの未来のカタチは?

サトル「衣」の「The Inoue Brothers」、「食」の「JAH IZAKAYA」、ネクストビッグゴールは「住」にも繋がるゲストハウス/ヴィレッジ/ファーム作りですね。みんなと共有できて住める場所をスペインでやりたいんです。僕たちのプロダクトのフィロソフィーが全部まとまる生活の場所を作りたいと思っています。だいたい4年後を目指して、いま進めているところです。

キヨシ僕らは日本人の顔をしていますが、中身はEU人。人生の終着地は、二人ともスペインがいいなと思っています。

サトルガウディ建築に囲まれたバルセロナだよな! 気候も暖かいし人も熱いし。

キヨシ今年は久々に新しい国、トルコへ行って刺激を受けたんですが、なかでもムスリムの刺繍は最高でした。あと、スイスでは綺麗な湖へダイブしたり。南アフリカや南米でも、信じられない体験をいっぱいしました。やっぱり二人で旅をするのはいいですね。二人でいろんな国で文化を体感して、美しいところに共感して、それをクリエイションに生かしていく。ものすごく大変な思いをしてまでペルーに行くと「何なんだ」って思うこともあるんですが、でも結局二人で一緒にいると無敵なんです。

クリエイティブ、カルチャー、ソーシャル、その全てが一つになりストーリーを紡ぎ出すファッションブランド〈ザ・イノウエ・ブラザーズ〉。日本の繊細さと北欧のシンプルさへの愛を基本として生まれたデザイン/アートスタジオを、彼らは「スカンジナジアン(Scandinasian)」と表現しています。二人が奏でる今後のクリエイションも楽しみです。

THE INOUE BROTHERS

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