彼のコレクションは、視覚的なアイデアを集めるところからスタートする。自身の興味を捉えたさまざまなビジュアルを “イメージバンク” に溜めた中から、直感的にいいと感じたものを選び、編集して、ストーリーを紡いでいく。すべてのコレクションに共通するのは、ミリタリーの要素とアーシーなカラーパレット、そしてノマド的な雰囲気。それらがストリートっぽい遊び心とともに、知的でミニマルなデザインに落とし込まれている。
サンプリングに長けたプロデューサータイプのデザイナーが大活躍する時代のファッション業界においては、どちらかというと正統的なデザイナーという印象を受ける。彼にとってこうした業界の流れは、どんなふうに映っているのだろうか?
「かつてのファッションシステムは、ロンドンでもパリでも、もう機能しなくなっている。デザイナーよりも、ソーシャルメディアを通じて消費者がトレンドを牽引していく時代だしね。だから、他のデザイナーがどういう方向に向かっているかを気にすることはないよ。ぼくはそもそも、ファッション業界のグラマラスなファンタジーには、あまり興味がないんだ。これは空間デザインを学んだことも影響しているかもしれないけど、ぼくはただ、美しいプロダクトをつくりたいだけ。ソーシャルメディアなどを通して、消費者と繋がり、対話を大切にしつつも、彼らの欲求を満たすことにとらわれないようにしている。それが目的になると、自分が何者かを見失ってしまうから。結局のところ、自分が一番得意とすることを追求するのがベストだと思うんだ」
2019-20年秋冬コレクションは、これまでの〈カシミ〉のコレクションの中でもっとも冒険的かもしれない。彼が好んで用いてきた過去のカラーパレットにはあまりなかった強い色彩にも挑戦したほか、敬愛するアーティストのメル・オドム(Mel Odom)とコラボレーションし、ロマンティックで妖艶なオドムの代表的な水彩画をプリントしたアイテムも発表した。
「イギリスのブレクジット然り、いまの世界には、政治や文化、あらゆる面で多くの緊張が生まれている。今回のコレクションでは、あえてそうした張り詰めた空気をデザインに盛り込みたいと思ったんだ。ぼくにとってファッションとは、芸術的なプラットフォームというよりも、メッセージを伝達するためのメディア。中東と西欧、タフネスとロマンティシズムといったことの間に横たわるボーダーを、ファッションの力で押し広げていきたいんだ」
ブレクジット後の世界が見え始めたら、再びウィメンズウェアにも挑戦したいと語るカリッド。さまざまなことを分かつ境界線を超えた先に、彼はどんな世界を築こうとしているのだろうか?
「ファッションは、クオリティ・オブ・ライフのほんの一部に過ぎない。だから最終的には、空間、家具、香り、食まで、生活を質をあらゆる角度から高めるようなライフスタイルブランドを目指したい。それこそが、タフな時代に人々に夢を与えてくれるものだと思うから」