PROFILE
山登りや自転車をはじめ、さまざまなアクティビティを愛好するアウトドアマン。特にウルトラライトやハイキングカルチャーへの造詣は、業界でも指折りのレベルにある。
コットンとメリノウールの違い。
「山登りするようになって、かれこれ15年ほど。当初からメリノウール製品を使っていました」というのは、カメラマン兼ライターであり、生地に対する徹底的な研究データと掘り下げが注目の『山と道ジャーナル』の編集長も務める三田さん。メリノ初体験はソックスとのこと。「衝撃でしたよ。足を通した瞬間に気持ちいい! って。三足千円のとは全然違いました」。以来、それまで無頓着であったウエアの肌触りや通気性、つまり着心地のよさに意識が向くように。
「肌が弱く、化学繊維と相性の悪いぼくにとって、ファブリックといえばコットンしかなかった。普段は問題ないのですが、一度汗かくと乾いてからも膜を張ったような感触で不快。臭いも”溜まる”気がするんです」。そして、メリノと出合い、その魅力にハマる。「汗をかいても乾いてしまえばサラサラなのがウール。本当に洗いたての風合いになるので、昔もいまも驚きっ放し。臭いも出ないですから」
ウールのなかでもメリノウールは繊維が飛び抜けて細く、肌に当たっても柔らかく曲がるため、チクチク感はゼロ。肌が敏感な人でも安心して着用できる。その着心地と並び驚かされた消臭効果だが、一週間洗わなくともイケると三田さんは言う。だからこそ、ハイカーにプッシュできると。
「洗濯しないでもなんとかなるわけです。なので、着替え=荷物が最小限に抑えられる。活動用と寝間着の2着でほぼ十分」。なぜウールは臭わないのか? を聞いてみると、製品生産時にウールを調べまくった三田さんは「正確に判明してはないけど」と前置きしつつ、一説によると臭気成分の吸着量が多く、臭いを構成する物質が繊維内に閉じ込められるためだとか。「また、繊維の内側にある酸性の成分が、汗に含まれるアンモニアや酢酸のアルカリ性と結びついて、無臭化するメカニズムも立証されています」
加えて、三田さんがハイカーとして注目しているのが、水に対する性質。「ウールは内部に水分を貯める容量が、とても多いんです。最大吸湿量を超えても吸水しようと働き、表面に水分量が少ない状態をキープ。だから、汗をかいてもドライな着心地が続くのです」。優れた保水力がもたらすのは、心地よい肌触りだけではない。「急激に乾燥することがありませんから、気化熱による体温の低下が防げます。これはアウトドアでは非常に大事なこと。山ではレインウエアもメリノウールも、究極的な着用目的は快不快ではなく、低体温症で死なないためですから。厳冬期の山で生還した者とそうでない者、その違いはアンダーウエアにウールと化繊のどちらを着ていたかとも言われるほどです」
メリノウールは山だけじゃもったいない。
では、メリノウールはアウトドアマンにこそ向く素材なのだろうか?
「山で着て快適な服は、日常で使ったって気持ちいいわけです」。三田さんは山登り以外にも、自転車を趣味としている。「少し前の2週間近い自転車旅行で、着替えに持って行ったのはメリノのTシャツ2枚のみ。仮に30日の旅でも同じ量だったでしょうね。別にハードな環境じゃなくても、平地だってウールは有効です」。また、手入れのしやすさも普段使いに向く長所。「通常のウールは洗濯機を使うと繊維が深く絡み合い、結果として縮んでしまいます。メリノウールは縮みの原因になる繊維の毛羽だった表面を薬剤で溶かしたり、コーティングして滑らかにしたりと、最新の防縮加工で対応。ドライコースや手洗いコースを選択すれば、より安心でしょうね」。とはいえ、自然素材ゆえに読めない要素も多いとか。
「自分たちでメリノウールのアイテムをつくってわかったのですが、個体によって若干の縮みが出る場合もあるんです。それはウール100%に近づけるほど顕著に」。それでも、メリノウールの機能性を存分に引き出すため、〈山と道〉は一切混紡しない方針でチャレンジしている。「わずかでもナイロンをブレンドすれば、格段に品質が安定します。化学調味料をまったく使わないラーメン屋は、味にムラができやすいのと同じです(笑)。でも、ぼくらはハイカーブランドとしてメリノ100%にこだわりたくて…」
加えて、ハイクに欲しい機能性も追求しているため、自社アイテムの製作は試行錯誤の繰り返し。「例えば軽量性。少しでも負担が減るよう、可能な限りライトに仕上げたいのですが、軽いということは薄くもあり、薄いと耐久性に不満が。そこで僕たちは一般的な単糸ではなく、2本の糸を撚った双糸を採用。重量は増やさずに強度のみアップさせました」
メリノウールオンリーを意識しているのは〈アイスブレーカー〉も同じ。テンセル、ナイロンといった異素材をプラスしたモデルもリリースしているが、それは速乾性やストレッチ、耐久性など、用途に応じた性能を生み出すため。基本的にはニュージーランドの南アルプス標高1800mで育てられた、メリノ種羊の毛のみでつくっている。「〈山と道〉でも製品ごとの個体差とかに難儀しましたが、ぼくたちよりロット数が桁違いに多いワールドブランドで、あのクオリティを維持し続けられるのは、相当な研究の積み重ねがあったからでしょうね」。豊富なバラエティにも三田さんは感心する。「パーカやポケT、ボトムスなど、アイテム数の多さは圧倒的。しかも、それぞれがメリノウールの魅力を引き出している。まとわりつかない絶妙なシルエットや、用途に応じて選べる厚みとか、学べる点が多いです」
ナチュラルなのに機能的として注目されるメリノウール。果たして弱点はないのだろうか? 「つくり手目線でいうと、安定しにくい難しい素材。でも、それ以上に優秀な部分が多い。ユーザーとしては、虫食いや破れに注意しないといけませんが、たとえばフェルトスターターキットなどを使えば、多少の穴なら同じウールを詰めて絡み合って埋められます。やり方はネットにあります。そうやって自分で間に合わせるのもけっこう楽しかったりしますから」
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