PROFILE
〈ザ・ノース・フェイス〉や〈C3fit〉の企画を経て、現在は〈MXP〉を担当。トレイルランニングが趣味で、国内外の名だたるレースに出場し、好成績を収めている。
宇宙から日常にMXP®誕生秘話。
何気ない日常において、人間はどれほどの汗をかくのだろうか。運動しているときや、入浴後、眠っているときはもちろんのこと、オフィスで座っているだけでも、密かにじんわりと気づかないペースで汗をかいているという。
体につきまとうベタッとした不快感とともにやってくるのは、イヤなニオイだ。〈MXP〉はその汗のニオイに着目し、消臭機能を持たせたウェアをリリースしている。
「アイデアが生まれたのは山登りのときでした。山小屋のなか、シャワーも浴びられない環境で、独特の汗臭さをまとったままではゆっくり休むことはできない。それならば、繊維で汗のニオイを解消することはできないだろうか? という発想のもとにスタートしたんです」
そう語るのはブランドの企画を務める村井絢子さん。村井さんによると「汗が臭うメカニズムは、主に3つの成分による」という。アンモニア、イソ吉草酸、酢酸というイヤなニオイのもとが空気に漂うのが原因なのだとか。
「〈MXP〉のウェアには、生地のなかにマキシフレッシュという特殊な糸を使っています。この糸がイソ吉草酸と酢酸を吸着し、アンモニアを中和することで、空気に触れさせないようにしているんです」
このマキシフレッシュが完成したのが2003年。翌年の2004年には、日本の航空宇宙開発を担うJAXA(宇宙航空研究開発機構)の「宇宙オープンラボ」という取り組みにおいて、共同で宇宙下着の開発に着手することになる。
「宇宙に持っていける物資の量ってものすごく少ないんです。いわば、超ウルトラライトな世界。飲み水も自分たちの尿をろ過して確保するほどシビアなので、シャワーなんて絶対に浴びられない。設備はある程度きれいだと思うんですが、換気もできないでしょうし、すごく過酷な環境ですよね。宇宙飛行士の方々はそういう状況のなかで半年近く過ごさなければならないんです。そこでマキシフレッシュが役に立つんじゃないかということで、取り組みがスタートしました」
宇宙飛行士が作業時によく取る姿勢を研究し、それに合わせたパターン設計の下着を開発。そうしたJAXAとのやりとりのなかで、マキシフレッシュの機能がより精査され、さまざまなアウトドアウェアをリリースする「ゴールドウイン」のブランドで使用されてきた。
「でも、極限状態じゃなくとも汗をかいているひとはいる。マキシフレッシュをよりデイリーに落とし込んだブランドとして、〈MXP〉が2010年に誕生したんです」
消臭は二の次。まずはデザイン。
〈MXP〉の魅力は、なんといっても服としての完成度の高さにある。一見するとなんでもない無地のTシャツやスエット類など、ベーシックかつデイリーなウェアが揃うが、何気なさのなかにもブランドのこだわりがあるのだ。
「いくら消臭の機能が高かったとしても、手に取って着てもらわないと意味がない。そのためには、お客さまにファッションアイテムとしてインスピレーションを与える服をつくる必要がありました。服としてのよさを感じ取ってもらって、その次にはじめて消臭という機能があったんだと気づいてもらう。それが私たちの理想なんです。そうするためには、素材やシルエットを含めて、ファッション性においても完成度の高い服づくりというのは避けて通れない道でした」
村井さんが熱い気持ちを込めてそう語る。たとえば生地。新作のクルーネックスエットは3層構造というこだわり。
「スエットの風合いってコットンに勝るものはないですよね。だから表側は綿を使っていて、裏のパイル地にはマキシフレッシュ、そして表と裏をつなぎ合わす糸には加齢臭消臭ができるポリウレタンの糸を使っています。一見するとなんの変哲もないコットンスエットなんですが、実は4つの成分を消臭する機能があるんです」
加えてシルエットもきちんと考えてデザインされている。たとえばベーシックなTシャツをつくるにしても、〈MXP〉は定期的にアレンジを加えて時代にフィットしたものづくりをしているのだとか。
「定番のシルエットも時代によって変わります。それに合わせて私たちもTシャツの袖山の高さや身幅の広さなどをアレンジしているんです。最先端の機能を追求しつつ、一方ではファッションのトレンドも細かくチェックしていますね。すごくシンプルなTシャツなのに、納得いくまで何回もサンプルをつくり直した、なんていう話は私たちのなかではよくあることで、本当にこだわって服をつくっているんです」
パッケージで伝える世界観。
こうした〈MXP〉のミニマルでクリーンな世界観が生まれたのには理由がある。村井さんはこんなことを言っていた。
「ブランド設立当初はアンダーウェア市場を主要なターゲットにしていて、パッケージも消臭機能を全面に打ち出していました。そこから機能下着が市場に増えてきて、価格競争が起こりました。私たちはそこに加わらず、新しい価値を付加してブランドイメージを刷新することに決めました。商品展開を下着からカットソーまで広げ、パッケージもデザイン性を高く、現在の世界観のように感性に訴えかけるものにリニューアルをしたんです。そのタイミングでアートディレクターとして平林奈緒美さんに入っていただきました」
国内の人気ブランドのロゴや、雑誌や広告のアートディレクションなどを多数手がける平林さん。〈MXP〉の世界観と共通するように、シンプルだけど印象的な作品が多い。
「そこから徐々にブランドの認知が高まっていきました。こうしたパッケージングやブランドの世界観の部分、そしてファッション性においても、私たちの細かなこだわりが店頭で伝わっているという実感があります。〈MXP〉の服を一度手に取ってくださったお客さまは、リピーターとしてその後も買い続けてくれるんです。今後もそうしたお客さまの気持ちに応えられる服づくりをしていきたいですね」
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