PROFILE

1978年トロント生まれ。大学卒業後、エンターテイメント業界に足を踏み入れる。その後、縁あって豪州ブランド〈スビ〉の米国でのローンチに携わり、2007年には自身のブランド〈ジ エルダー ステイツマン〉を設立。現在はLA・マリブで家族と暮らし、多忙な日々の合間を縫って自宅のそばのビーチでサーフィンに興じている。
ファッションスクールにも通ってなかったぼくにとって、
いまの仕事場が研究所みたいなもの。
ー 今回は来日のタイミングでお話を聞いているワケですが、日本はいつぶりですか?
グレッグ・チェイト(以下グレッグ):最後に来たのは去年11月。今回は5日間だけの滞在だね。
ー その後は、また別の国に?
グレッグ:いや、一度LAに戻るよ。その後はニューヨーク、ノースカロライナ、ニースとか。10月はメキシコのスコーピオンベイに行くよ。あとはセネガルとか。
ー それは全部ビジネストリップですか?
グレッグ:楽しむためっていうのが主な目的なんだけど、それは仕事にも繋がっているよ。やっぱり自分自身が楽しめていないと、いい仕事にはならないからね。だから、スケジュールがギチギチに決まってて、何かをしなくちゃいけないとかっていうことじゃないんだ。そこで見たことや聞いたこと、感じたことなんかを、ぼくは仕事に結びつけてる。
ー 日本に来るときも、そういう感覚はありますか?
グレッグ:もちろん。もう日本に10回ぐらいは来てるけど、その大体が東京で、一度も自然の多い場所には行ったことがないんだ。いま9歳になった娘と昔一緒に日本へ来たことがあるんだけど、そのときに京都に行ったくらいで、その後は2回福岡に行っただけ。日本の自然に触れたことがないから、それは見てみたいと思ってるよ。どういうバランスで日本の人たちが生活してるのかっていうことが、まだ見えていないから。深掘りしないと分からない国だよね、日本って。だから、知るのにすごく時間がかかってるよ。

ー 〈ジ エルダー ステイツマン〉の服を見ていて、その色彩がどうやって生まれてるのか気になっている人は少なくないと思いますが、そういう経験が服にも生きているんですか?
グレッグ:いい質問だね。うん、それもあると思うよ。普通ファッションブランドでやるような、「今シーズンはこういうテーマだからこういう色を使おう」とか、そういうやり方はぼくらには一切なくて。本当にその日ごとの気分やフィーリングを一番大切にしていて、それを常に自分のチームにも伝えるようにしてるんだ。
ー 珍しいアウトプットの仕方ですよね。それだと自分でも意外なものが生まれたりしませんか?
グレッグ:その通り。でも、それは失敗っていうワケじゃない。何でこんな色になっちゃったんだ? っていうのも含めて、サプライズがあるほうが楽しめるし、どっちかっていうと、ちょっとそれを期待してるところもあるかも。ファッションスクールにも何も行ってなかったぼくにとって、いまの仕事場が研究所みたいなものなんだ。すでに知っていることやわかってるものも自分の知識の蓄えとして使えるけど、それだけでいいとは思っていないから。常にいろんな挑戦と研究をして、そこで失敗するものもあれば、こういうこともできるんだなっていうのを知っていかないとダメだと思ってるよ。
ー そもそも、カシミヤにここまでコンシャスになったのには何かきっかけがあったんですか?
グレッグ:2003年かな? 友達からブランケットをもらったんだけど、それがカシミヤ製だったんだよね。もちろんその前にもカシミヤに触れたことはあったけど、なぜかそのブランケットは特に心に響いたんだ。なんだこれは! ってね。それがきっかけだよ。

黎明期から展開し続けているカシミヤ製ブランケット。もちろん肌触りの滑らかさは極上で、かなり大判なのも特徴。「これは〈ジ エルダー ステイツマン〉のハートだね。一般的なブランケットだと、自分が使うには小さいなと感じることが多くて、この大きさにしたんだ。その辺もノールール。LAだからね」 ¥428,000+TAX(サザビーリーグ)
ー その頃のあなたは20代半ばだったと思いますが、どんな仕事をしていたんですか?
グレッグ:エンターテイメント業界の会社で仕事をしてたよ。例えば、アカデミー賞の授賞式のために、いろんなセレブリティをセットアップしたり。ちょうどそのときは〈グッチ〉からの依頼だったんだけど、レオナルド・ディカプリオやスヌープ・ドッグとか、いろんな人をケアして、連れて行くっていうようなことをやってたよ。
ー 服づくりとは直接結びつかない世界だったんですね。ちょっと意外です。
グレッグ:その頃の経験も、多分何かしらの部分でアイデアにはなってると思うけどね。この会社にいたときって、ミュージシャンとか俳優の人たちの仕事だけをフォローしてればいいかっていうとそうじゃなくて、突然さっきの〈グッチ〉みたいなファッションカンパニーから言われて、アレンジをしなくちゃいけなかった。いろんな角度からいろんな話が来るから、そこでどういうことができるのかっていうのを考えて行かなきゃならなかったんだ。〈ジ エルダー ステイツマン〉は一般的なファッションカンパニーのような成り立ちをしてないから、そういう意味でアプローチの仕方は似ているような気が未だにしてるよ。

ー 10年前、〈ジ エルダー ステイツマン〉が入ってきたばかりの頃、日本の服好きはその品質とアイデアと価格に驚いてました。当時はいまほど、ハイエンドなものとカジュアルなものの距離が近くなかったから、余計に。
グレッグ:ハハハ(笑)。ぼくたちはこのブランドをはじめたときにはもう、なんとなしにそんな感覚は持ってたよ。ラッキーなことに、ぼくの周りにはそういう感性を持って生活してる人たちがたくさんいたからね。特にそれを意識してものづくりをしたっていうことでもないんだけど、1点1点すごく細かい作業をして仕上げているから、どうしてもこういうプライスになっちゃうんだ。利益を高く積んでるわけじゃないよ。だけど、このプライスは表現したいことをすべて正直にできてる証拠だからそれはすごくありがたいよね。
それに、ラグジュアリーさってお金を払わずフリーで得られるものもある。例えばキャンプだったら、偶然見つけたキャンプサイトの環境が素晴らしければ、それが一晩5ドルだったとしても素晴らしいものを得られるわけだから。そういうミクスチャー感と近い感覚なのかもね。


さまざまな色彩で表現されるパームツリーは、グレッグが多用するモチーフのひとつ。直球でロサンゼルスらしさを感じさせるが、「LAのパームツリーかも知れないし、もしかしたら逗子のかも知れないよ。昨日、行ってきたばかりなんだよね」とグレッグ。写真上のニット ¥268,000+TAX(サザビーリーグ)
毛の繊維を触った瞬間にそれがどうなるのか想像がつくんだ。
ー いま、自社工房には何人ぐらいのスタッフがいて、1着作るのにどれぐらいの時間をかけているんですか?
グレッグ:いまは55人いるよ。もちろん色出しとかも、全部の工程を自分のところでやってるんだけど、編むだけの作業だったらこのブランケットで大体15時間ぐらいかな。だけど糸を紡ぐ作業からやっているし、色出しも直射日光に当てながら確かめてこの色に仕上げているから、結構時間はかかっちゃう。天候次第では、余計にね。
ー カシミヤ使いのノウハウを身につけるまでで一番大変だったことは何ですか?
グレッグ:難しいと思ったことはいまのところないなぁ。さっき、“糸を紡ぐところからやってる” って話したけど、それは原毛の塊をファクトリーに持ってきてるってこと。だから、それも1ミリ単位でどれくらいのコストが掛かってるかも分かってるし、いまは毛の繊維を触った瞬間にそれがどうなるのか、なんとなく想像がつくんだ。フィーリングで分かるんだよね。だからその感覚を失わない限りは、難しいことにはぶち当たらない気がする。
ー ミケランジェロは “大理石の中に天使を見出して、彼を自由にするために掘り続けた” という言葉を残していますが、それに近い気がしますね。
グレッグ:アハハ、ありがとう(笑)。Thanks man!

ニットやブランケットの他、ぬいぐるみやクッションなど、遊び心たっぷりのアイテムが揃うのも〈ジ エルダー ステイツマン〉らしい。
ー 逆に、ブランドを続けていく中で傷ついたり悲しかったことは?
グレッグ:それは毎日あるよ(笑)。日々の仕事とか生活環境っていうのは大きなボートの舵を操縦してるようなものでさ。今日はいい天気だし、波も穏やかに見えてるけど、空の隅っこにグレーの雲が見えてるから、もしかしたら何かが起こるかもしれない。でも、とりあえずは行ってみないとわからない、っていう風にね。そこで高い波が来て船が転覆しそうになっても学ぶことは常にあるし、転覆してもそれをどう起こして、どう進んで行くかっていうのを毎日繰り返し繰り返し考えて、やってるよ。
ー こうして話していると、そうは見えないから素敵ですね。
グレッグ:それ、親友からよく言われるよ。それはぼくの強みだと思ってるんだけど、やっぱり良い面と悪い面があって。本当は腹わたが煮えたぎってて、“ダメだ、もうこんなことやってられない!” って思っててもこの感じだからさ(笑)。サーフィンで日焼けしてて、ヒゲも生えてるし、自分で言うのもなんだけど案外可愛らしい目をしてるから(笑)、みんなその辺だけを見てるとよく分からないかもね。でも、どれだけ自分がもうどうしようもないやって気分のときでも周りの人はそれに気づかず笑いはじめて、誰かが笑うとそれが自分にも伝染してくるから、常に笑える環境をつくれるっていう意味ではぼくの特技だと思ってるよ。

洗い込んですっかり褪せた、古着のバンドT姿でくつろぎながら話をしてくれたグレッグ。背中の “HAPPY?” のメッセージもなんだか意味深。
ー 「バーニーズ ニューヨーク」の破産申請に象徴されるように、いまのアメリカのファッションの世界ではシリアスなムードもあると思いますが、その影響は感じますか?
グレッグ:正直、ぼくたちはそういう大きなところのビジネスや周りの環境のことはよくわかっていなくて。〈ジ エルダー ステイツマン〉はすごく特殊で、未だにすごく小さいグループだし、今後もぼく自身がすべてをコントロールできる環境でありたいと思ってる。だからこそ、1点1点どれも100パーセントの自信を持って世に出せるから。5年前に LA にフラッグシップショップを出してからは、そこにお金や労力を費やしてる。その方が会社も成長できるし、もっといろんな挑戦ができるしね。
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