CLOSE
FEATURE | TIE UP
『スター・ウォーズ』レコード発売記念コラム 「ライトモティーフが導く兆候的感覚と円環的時間。」文・荘子it
A long time ago in a galaxy far, far away…

『スター・ウォーズ』レコード発売記念コラム
「ライトモティーフが導く兆候的感覚と円環的時間。」文・荘子it

SF映画の金字塔と聞かれれば、『スター・ウォーズ』と即答するひとがほとんどだろう。それは老若男女問わず。時代や世代を超えて語り継がれる作品というのは、言葉にするのは簡単だが、そうそうないものだ。語り口は、だいたいがその圧倒的なスペクタクル映像や緻密な物語設計ばかりだけれど、それを裏で支えている音楽についてもあらためて思い出したい。映像に滑車をつけるがごとく壮大なものもあれば、ささやかに華を添えるものも。そして、公開されて45年がたった昨年、『スター・ウォーズ』シリーズのクラシック・トリロジー3作品を彩った映画音楽のレコードが発売された。いまレコードを通じて、あの音楽はどのような響き方をするのだろうか。音楽、そして映画にも見識のある「Dos monos」の荘子itさんに綴ってもらった。

PROFILE

荘子it

1993年生まれ、東京都出身。2015年に中学生時代の友人であるTaiTanと没と共に「Dos Monos」を結成。2018年にアメリカのレーベル「Deathbomb Arc」と契約を結ぶ。2019年3月に1stアルバム「Dos City」を発表、2020年7月に「Dos Siki」、翌2021年の同日に「Dos Siki 2nd Season」をリリース。「Dos Monos」としての活動と並行して、他アーティストのプロデュースや楽曲提供も行なっている。

Instagram:@so_shi_it

『スター・ウォーズ』におけるライトモティーフが導く兆候的感覚と円環的時間。

文・荘子it

ジョン・ウィリアムズが手掛ける『スター・ウォーズ』の劇伴を特徴付けているのは、「ライトモティーフ(=Leitmotiv)」の積極的な活用です。ライト・モティーフとは、もともと19世紀にリヒャルト・ワーグナーのオペラやフランツ・リストの交響詩の研究/批評で用いられ始めた音楽用語で、「示導動機」などと訳されます。

ライトモティーフという語が広まった具体的な経緯や、話者それぞれによる用いられ方の違いを詳細に説明し尽くす紙幅はないのですが、現在では主に、オペラ曲や映画音楽のような、物語と並走する楽曲の中で繰り返される、一つの特徴的なメロディーやその断片(これが音楽用語では「主題」や「動機」と呼ばれます)を指すのが一般的な使用法となっています。

作中で同じライトモティーフが何度も登場することによって、観客に、特定のキャラクターや集団、事物、心理状態を想起させたり、場面のムードを印象付ける効果をもたらします。

具体的な曲でいうと、「スター・ウォーズのテーマ “Main Title (The Story Continues)”」と、「ダース・ベイダーのマーチ “The Imperial March (Darth Vader’s Theme)”」の2曲で提示されるメロディーが、作中で幾度も流れます(「王女レイアのテーマ」や「ヨーダのテーマ」などもありますが、最も目立って頻出するのはこの2つでしょう)。

それぞれ、「スター・ウォーズのテーマ」が各作品の主人公が属するジェダイや反乱軍や(初期の)共和国軍、「ダース・ベイダーのマーチ」がダークサイドのシスや帝国軍やダース・ベイダーを表しています。長調で軽快なリズムを持ち、ロマンティックでヒロイックな前者と、短調で重苦しいリズムの、ダークで、いかにも悪役と分かる後者と、非常に対照的な楽曲になっています。仮に『スター・ウォーズ』の物語を一切知らない人が聴き比べても、この印象は大きく変わらないでしょう。

このように明と暗がとてもわかりやすく描き分けられてはいますが、『スター・ウォーズ』シリーズの全体の物語を知っている人なら、これらが移ろいゆくものであることも知っているでしょう。アナキン・スカイウォーカーというキャラクターが、最初は奴隷の身分から始まり、ジェダイの戦士として修行して戦うようになり、やがて不幸な境遇からフォースのダークサイドに堕ち、シスの暗黒卿ダース・ベイダーとなり、帝国軍の側に立つようになった人物であることがそれを象徴的に示しています。

『スター・ウォーズ/ジェダイの帰還』より © 2022 Lucasfilm Ltd.
※ディズニープラスで配信中

この「善と悪が、陰と陽のように表裏一体である」という世界観に加え、特徴的な時間構成もまた、『スター・ウォーズ』を特徴付けています。

『スター・ウォーズ』の映画シリーズは、公開順で言うと最初にエピソード4から6が描かれ、その後に前日談である1から3が描かれ、最後に7から9が描かれます。

ところが、1993年生まれの僕自身は、1999年公開の『スター・ウォーズ エピソード1/ファントムメナス』を少年時代にリアルタイムで観たのが初めての『スター・ウォーズ』鑑賞でした。タイトルの通りこれがシリーズの最初に観るものだと疑わず、アナキン・スカイウォーカーの冒険や、彼がジェダイになっていく物語に没入していました。それからしばらくたって、ようやく公開順のことや、アナキンがダークサイドに堕ち、自らの息子のルーク・スカイウォーカーとの戦いを繰り広げる物語であることを知ることになりました。

本来制作者サイドに想定された順番に従うならば、感情移入先の主人公はまずエピソード4-6のルーク・スカイウォーカーであり、エピソード1-3は彼の宿敵でありながら実の父でもあるアナキン・スカイウォーカーの前日談を観るという構成になるので、悪の権化たるダース・ベイダーにも善の時代があったのだな、という目線に立つのが通常の見方ということになります。

『スター・ウォーズ/新たなる希望』より © 2022 Lucasfilm Ltd.
※ディズニープラスで配信中

ですが、僕のようにエピソード1から観ると、それとは反対の見方になります。感情移入先であるはずのアナキンが、時折ダークサイドに堕ちる可能性があることが兆候的に仄めかされ、それを暗示的に感じ取る、という見方になるからです。

このことが意味するのは、取る視座によっては、同じ場面に対する認識のあり方が、「過去の回想」にも「未来の予感」にもなり得るということです。

これが実は、ライトモティーフという音楽技法そのものと密接に通じています。

『スター・ウォーズ/帝国の逆襲』より © 2022 Lucasfilm Ltd.
※ディズニープラスで配信中

冒頭で、ライトモティーフがワーグナーのオペラ曲についての言説から普及したことに触れましたが、ワーグナー自身が彼の用語としてこれを使っているわけではありません。しかし、理論家でもあるワーグナーは自らの技法について積極的に論じていて、彼の代表的著作『オペラとドラマ』では、ライトモティーフという言葉自体は使われていないものの、同様の技法について論じられた箇所があります。

そこでも書かれているように、同じモチーフが再び現れることで特定の何かを「回想」させる技法自体は、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの歌劇など、ワーグナーの遥か前からありましたが、ワーグナー自身はそれをより発展的な仕方で活用しているのだと主張しています。彼はオペラ音楽の力によって、単なる物語(=ドラマツルギー)上の「回想」ではない、観客にとって未知のものを伝達する、つまり兆候的に何かを「予感」させることを欲していたのかもしれません。

この、未来が既に示されている世界観というのは、『スター・ウォーズ』のような父子の対立の原型であるオイディプス王の物語にも共通します。オイディプスも、物語の最初から預言者によってその結末が告げられていました。

直線的に発展していく時間感覚ではない、過去と未来の全てが現在において畳み込まれているような円環的な時間感覚は、西洋近代ではなく、古代ギリシャや東洋のものです。ワーグナーにとって、同時代の通常の時代精神に対する挑戦があったことがうかがえます。これはともすれば保守反動ともとられる動きであり、実際、ライトモティーフ的な技法を熟練させた「ニーベルングの指輪」は、「トリスタンとイゾルデ」のような、後の20世紀の調性が崩壊した音楽を先取りするような分かりやすい先進性とは異なる性格を持っています。

『スター・ウォーズ/帝国の逆襲』より © 2022 Lucasfilm Ltd.
※ディズニープラスで配信中

ジョン・ウィリアムズのようなライト・モティーフを多用したオーケストレーションのハリウッド映画音楽への導入も、エーリヒ・ヴォルフガング・コルンゴルトの1930年代の仕事が先駆です。モーツァルトと同じ名を持ち、その再来とも称された彼のスタイルは映画音楽を大きく前進させたものの、やがて時代が進むにつれ、1960年代以降ハリウッド映画もよりシンプルで簡潔な劇伴が主流となり、時代遅れになっていきます。

そんな中、1977年に始まった『スター・ウォーズ』のジョン・ウィリアムズの劇伴は(「スペース・オペラ」という呼称が示すように)決して時代の最先端ではなかったはずですが、多くの人々を強くインスパイアしました。そして、2021年の今改めて『スター・ウォーズ』のサウンドトラックをレコードで再生し、反復されるライトモティーフに耳を傾けると、同じものが回帰し続ける円環的時間の中で、フォースに導かれるように、絶対的に既知であるにも関わらず未知であるような何かが兆候的に感じ取れるのです。

アナログレコード好評発売中!

スター・ウォーズ/新たなる希望 オリジナル・サウンドトラック
¥5,940

スター・ウォーズ/帝国の逆襲 オリジナル・サウンドトラック
¥5,940

スター・ウォーズ/ジェダイの帰還 オリジナル・サウンドトラック
¥5,940

購入はこちらからどうぞ。

INFORMATION

『スター・ウォーズ』シリーズ アナログレコード

発売・販売元:ユニバーサル ミュージック合同会社
ユニバーサル ミュージック公式サイト
スター・ウォーズ公式サイト

※『スター・ウォーズ』全映画作品はディズニープラスで配信中
Disney+(ディズニープラス)公式サイト

このエントリーをはてなブックマークに追加