牧監督はなぜ映画じゃないとだめなのか。
PROFILE
1979年生まれ。兵庫県出身。2014年に初の脚本・監督作として短編『japing』をわずか20万円で製作し、スティーブン・スピルバーグやジョージ・ルーカスも受賞経験のあるヒューストン国際映画祭短編部門にてゴールド賞を受賞。その後もサラリーマンをしながら、2017年にHIP HOP長編映画『唾と蜜』を自主制作。ニース国際映画祭ほか国内外で受賞し、単館劇場系で一般公開。今回が記念すべき商業映画デビュー作となる。
ー商業映画をオリジナル脚本で撮るのは、今の時代ではなかなか難しいことですよね。オリジナル脚本へのこだわりについて聞かせてください。
牧:そんなにオリジナルであることにこだわったわけではないんです。自分はこういう作品を残したいと思って書いたものを、じゃあ、どうやって実現しようかってところから始めました。脚本ができて、作品をどうしたら一番いい形にできるかなって考えた時に、規模などを考えると、インティペンデントではできない。そんな時に今回プロデューサーを務めてくださった、サイバーエージェントの藤田晋さんと奇跡的な出会いがあったんです。結果、自分の脚本で商業映画として撮らせていただけて、ラッキーだったと感じてます。
ーどうして藤田さんだったんでしょうか?
牧:藤田さんは常々意識していて、いつかお話できたらいいなと。Abemaも好きだし、何よりヒップホップがお好きという共通項が大きい。ぼく自身、二十歳の頃にいちばん影響を受けて、自分が今こうやって映画を撮っているのもヒップホップとの出会いなんです。前作『唾と蜜』で描いたんですが、中学時代の同級生と大学生時代に再会したら、彼らがアンダーグラウンドの中でもトップクラスのヒップホップアーティストになっていて。一方、自分は普通の大学生でしかなくて…。
日本語を自在に操って韻を踏んで、メッセージ性もちゃんとあるアートに仕上げる彼らからヒップホップの素晴らしさを知ったんですよね。もう言葉自体が楽器なんだなって。ヒップホップは、ラップだけではなくて、カルチャーそのものなので、そこから派生する映画や小説などもあるので、彼らについていくために必死にそういう作品をたくさん観て読んで、刺激を受けたんです。それまではそういう作品にはほとんど触れてこなかったんですけどね。
牧:そんな中、自分は表現者として何ができるんだろうか、というもやっとした葛藤をずっと抱えつつ、広告という畑で表現することにしました。でも、やっぱりどっかで映画や小説が心の根底にはあって、7年前に初めて短編映像作品を仲間と撮ったのがきっかけで、映画に繋がっていくという…、って何の質問でしたっけ?(笑)
ー笑。大丈夫です、どうして映画を撮り始めたのかというのもすごく聞きたかったお話なので。当初の質問は、藤田さんとの出会いについてですね。
牧:そうそう。とにかくヒップホップがぼくの中のルーツとしてあり、ご存知のように藤田さんもヒップホップが好きだし、お詳しい。元々、藤田さんも学生の頃にバンドをされていて、音楽の道に進みたかったけどどこかのタイミングでやめたというのを著作から知ってました。藤田さんは映画もめちゃめちゃ詳しいんですよ。いつか一緒にできたらなと思っていたら、あるきっかけでコンタクトが取れた時に、前作では、ヒップホップをテーマにしたこんな作品を実は撮っていたんですとお話をしたら、 あ、この映画知ってます、実は観たいと思っていましたと。すぐにオンラインで作品を送ったら鑑賞後にお褒めの言葉をいただいたんです。もうそれだけで幸せだったんですけど、また何かあればご一緒できればいいですねとおっしゃっていただいたので、プロットをお送りして、そこから始まったという感じです。
ープロデューサーの立場として、アドバイスなどはあったんですか?
牧:脚本段階から、色々とアドバイスをいただきました。藤田さんもAbemaのドラマ班との仕事の経験をお持ちなので、こういうやり方がありますよとか。実際やってみたら、確かに良くなりましたし、キャストのことも基本的には意を汲んでいただきつつも、逐一藤田さんに相談しながら決めて行きました。
ーでは、話を戻して、なぜ映画を撮るのかというお話をお伺いしたいです。広告クリエイターとしても長年働いていたのに、なぜ映画なのかという…。
牧:去年フリーランスになるまで、サラリーマンを20年間してきたんですが、本当に毎日平穏で、幸せな日々を送ってきたんです。だから、今作で描いた、人生のどん底は監督自身の経験ですかと聞かれても、正直そんなことはなくって…。でも、広告のクリエイティブも魅力的で楽しかったんですけど、映画を一度作ってしまうと、本当に沼なんです。これ以上の面白いことってあるのかなと。
自分は脚本段階で、登場人物の髪型や立ち振る舞い、場所などすごく具体的に映像が見えているんですけど、自分の頭の中だけの映像が目の前に立ち現れて、音楽とかと全部繋がって目の前に浮かび上がってくる。しかも、それが一人じゃできなくて、俳優さんやスタッフさんがいて、自分の頭の中にあるものを目の前で再現して浮かび上がらせてくれる…この作業自体がすごく尊いなと。
おこがましいんですけど、神の俯瞰の視点というか、この世界の創造主は自分で、だからこそ自分がこの世界をなんとか作り上げないといけない。創造主の疑似体験が、映画製作なんじゃないのかなと。だから、映画人はみんな魅了されるんでしょうね。