CLOSE
FEATURE
ステファン・マルクスがベルリンの地下鉄駅を丸ごとジャック!?
Stefan Marx:16 Hintergleisflächen

ステファン・マルクスがベルリンの地下鉄駅を丸ごとジャック!?

ベルリンの地下鉄駅「Hansaplatz」で前代未聞のアートエキシビジョンが開催されました。仕掛け人は、ベルリンを拠点に世界で活躍するステファン・マルクス(Stefan Marx)。駅のホームに降り立った瞬間、あのアイコニックなドローイングの巨大なポスターが目の前に飛び込み、多くの人が足を止め、写真を撮り、私たち日本人は”おまたせしました”に歓喜しました。

これは、ホームに設置された16枚の駅広告すべてをステファンの作品で埋め尽くした最高に贅沢なパブリックアート展。開催に至った経緯を知りたくて、彼の自宅で話を聞かせてもらいました。マーク・ゴンザレスのスカルプチャーや今は亡きジェイソン・ポランの原画、他にも数え切れないほどの作品や本に囲まれた宝箱のような部屋も披露してくれました。

  • Photo:Hinata Ishizawa
  • Interview & Text:Kana Miyazawa
  • Edit_Yosuke Ishii

PROFILE

ステファン・マルクス(Stefan Marx)

1979年ドイツ生まれ。ハンブルクからベルリンを拠点に移し、活動するアーティスト・イラストレーター。ドローイング、スケートボード、本、スケッチブックなど、彼が「愛するもの」を活動源とし、作品集の出版、アートエキシビション、パブリックアート、レコードジャケットのデザインなど幅広い分野で才能を発揮している。ドローイングや絵を通して彼の世界観、思想、スケートボーダーとしてのインディー精神を表現し、独自の目線で世界を描く。弱冠15歳でインディペンデントT シャツレーベル〈Lousy Livin’Company〉を立ち上げ、少数生産ながらクオリティー・クリエイティビティの高いT シャツをデザインしている。また、ブランドや企業とのコラボレーションも多数手掛けており、〈マゼンタ・スケートボード〉や〈ファイブ ボロ〉等のスケートボードブランドから「イケア」までプロジェクトは多岐にわたる。これまでに『Nieves』や『Dashwood Books』等の出版社から数々の作品集が出版されている。
Instagram:@stefanmarx

歴史を重んじながら最先端カルチャーを発信しつづける街ベルリン。

Stefan Marx「16 Hintergleisflächen」
2024, GROTTO Berlin

ベルリンの街は至るところに歴史的背景が散りばめられています。ドイツ語で地下鉄のことを”Uバーン(U-Bahn)”と呼びますが、地域の歴史を物語る写真が年代別に飾られ、アール・ヌーボー様式のドイツ版「ユーゲントシュティール」の痕跡を残した駅もあります。ホームは壁の色も駅看板のフォントも異なり、同じデザインがありません。そんな個性豊かなベルリンの地下鉄駅のひとつを丸ごと使って開催されたのが「16 Hintergleisflächen」と題されたエキシビジョンです。アートスペース「GROTTO」キュレーションのもと、2024年1月6日から31日の約1ヶ月間に渡り、開催されました。「Hintergleisflächen」という言葉はなく、Hinter(後ろ、奥)、Gles(線路)、Flächen(平面)の3つのドイツ語を繋げた造語です。

Stefan Marx「16 Hintergleisflächen」
2024, GROTTO Berlin

― これまでにも様々なスタイルで作品展示を行ってきたかと思いますが、駅広告をすべて自分の作品で埋めるといった試みは初めてですよね。開催に至った経緯を教えて下さい。

「GROTTO」のファウンダーでキュレーターのレオニー・ヘアヴェーク(Leonie Herweg)が発案者ですが、私は彼女のアイデアを日本にいる間に聞きました。彼女は毎日通っているHansaplatz駅のホームの駅広告が空っぽになっていることに気付き、広告を掲出するのではなく、アートプロジェクトとして何かやりたいと考えたのです。

「GROTTO」が入居するビルはベルリンを代表するミッドセンチュリーモダン建築で、近隣も同様に歴史的建築が残る有名なエリアですが、高額な駅広告にお金を出す地元企業がありませんでした。そこで、BVG(ベルリン市交通局)に「16 Hintergleisflächen」を企画提案し、承諾を得たことで開催に至りました。しかも、駅広告は通常1ヶ月で18,000ユーロもの予算が必要ですが、アート作品ということでわずか2,000ユーロで展示できることになりました。

Stefan Marx「16 Hintergleisflächen」
2024, GROTTO Berlin

Stefan Marx「16 Hintergleisflächen」
2024, GROTTO Berlin

Stefan Marx「16 Hintergleisflächen」
2024, GROTTO Berlin

― 芸術に寛大なベルリンならではのステキなエピソードですね。実際に観に行きましたが、圧巻の展示に驚きました。どのような反響がありましたか?

想像以上の反響があって驚いています。当初は小さなプロジェクトだと思っていたんです。それが、『ターゲス・シュピーゲル(Tagesspigel)』をはじめとするドイツの主要メディアに多数取り上げられて、一気にビッグプロジェクトに変わりました。このインタビューのように日本のマガジンからも取材を受けることができました。実際に見に行ってくれた人や発見してくれた人が写真を撮ってインスタグラムのストーリーに投稿してくれましたが、それが毎日10から20のストーリーが届いてとても嬉しかったです。

― 作品集として販売される予定はありますか?

いえ、ありません。16枚のポスターと同じドローイングをポストカードにして1セット30ユーロで販売しましたが、初日で完売してしまいました。その売上を全額広告費に当てることができたので一切のリスクもなく、素晴らしい結果になりました。

― 16枚のポスターにはドイツ語や英語だけでなく、多種多様なベルリンの街のように、ウクライナ語やベトナム語など様々な国の言葉が書かれています。どのように言語やメッセージを決めたのですか? 紛争から逃れてきたウクライナ人が母国語の駅広告を見たら嬉しい気持ちになりますよね。

そうですね。普段何気なく聞こえてくる会話や歌詞などから抜粋して、それを各国の言語に翻訳しました。ウクライナ語は「私はあなたに歌を歌うためにここにいます」という意味になります。

Stefan Marx「16 Hintergleisflächen」
2024, GROTTO Berlin

―日本語の「おまたせしました。」を選んだ理由を教えてください。とても印象的で、日本のファンも喜んでいます。

私も日本語を自分の作品にできてとても良かったと思っています。日本では、レストランで料理を運んできた時やコーヒーを受け取る時にお店のスタッフが「おまたせしました。」と言って商品を渡してくれますよね? その言葉がとても印象的で日本らしいと思ったので起用しました。カタカナにも興味があって、スマホアプリを使って勉強しています。

Stefan Marx「16 Hintergleisflächen」
2024, GROTTO Berlin

16枚のポスターはすべてブラックの背景に白抜き文字で統一し、広告のような主張もプロモーションも一切なし。多種多様な言語は様々な背景を持つ人種が入り混じるベルリンの日常に溶け込み、行き交う人々の目を楽しませた。

何度も訪れている日本について。

― 日本には何度も訪れていますが、昨年11月に開催されていた「TOKYO ART BOOK FAIR 2023」(以下、TABF)にも参加されています。いかがでしたか?

とても素晴らしかったです!今年もまた11月末に開催されるので参加する予定でいます。

― TABFでは、故ジェイソン・ポランへのオマージュとしてテーブルをシェアしていましたよね?

はい。彼は私の親友であり、NYのアートブックフェアにいつも一緒に参加していた仲間でもあります。なので、彼の死はとてもショックで悲しく、いまでもその気持ちが消えません。そこの壁には彼の原画がありますが、他にもたくさん作品を持っています。私にとってとても大切な思い出であり、宝物です。

後ろの壁に貼られている小さな絵がジェイソン・ポランがステファンのために描いた作品。

― 日本人アーティストとも親交が深いと思いますが、特に注目しているアーティストはいますか?

TABFで繋がるアーティストも多いですが、HIMAA(平山昌尚)、加賀美健、河井美咲をはじめ、多くの日本人アーティストに注目しています。河井美咲は「ベルリン・アートウィーク」に参加するためにベルリンへ来たことがありますよ。私はピンクが好きなので、ピンクベースの多い彼女の作品が大好きでいくつもコレクションしています。

右上にマーク・ゴンザレスのスカルプチャー、左下には河井美咲、ハンギングされているピンクのレインコートは70年代のビンテージ

― スケートボードデッキもありますか?あなたは、スケーターであり、過去にはベルリンの「Skatehalle Berlin」や 〈5BORO NYC〉などとコラボレーションしたりと、スケートカルチャーと深い繋がりがありますよね。「Skatehalle Berlin」のビデオでは、スケーターの滑りを見ながらスケッチしている姿が印象的でした。

実はもうスケートボードはやっていません。歳を取ったので(笑)。デッキもここには置き切れないほどたくさん持っているので両親の家に保管しています。

自身のTシャツレーベル〈Lousy Livin〉は、まさにスケートカルチャーからインスピレーションを得てデザインに反映しています。スケートブランドからグラフィックデザインの依頼を受けることが多く、気付けばかなりのブランドとコラボレーションしていました。その都度アーカイブ作品として残しているのでデッキだけでなく、グッズや本など数え切れないほどあります。

― 日本のスケートカルチャーについてどんな印象を持っていますか?

今日着ているTシャツは〈5BORO NYC〉とのコラボレーションデッキ”5B Airline Series”のデザインと同じですが、2015年に原宿のGallery Commonでリリースイベントを開催しました。多数のスケーターが来場してくれましたし、日本には才能ある素晴らしいスケーターがいっぱいいると思いました。独自のカルチャーが根付いていて特別な魅力があります。東京の道は混雑しているし、渋滞も多いからその横をスケートボードで軽やかにすり抜けていくのがいいですね。

― レコードレーベルやDJとも多数仕事をしていますが、クラブカルチャーからもインスピレーションを得ていますか?

もちろんそうです。特に地元ハンブルクのクラブカルチャーから影響を受けています。テクノやハウスが好きで良くパーティーにも行っていましたし、フライヤーデザインを手掛けることも多いです。中でも友人のユリウス・シュタインホフ(Julius Steinhoff)が主宰するレーベル「Smallville Records」は、2012年の設立当初からレコードジャケット、フライヤーなどのデザインを手掛けてきました。最近では、同じくハンブルク出身で友人のピーター(Lawrence)の最新作『Gravity Hill』が「Smallville Records」からリリースされましたが、アートワークをデザインしました。サウンドとともにとても気に入っています。こうやって長年に渡り、友人のアーティストと一緒に作品を作ってきたので、クラブカルチャーとも深い繋がりができました。

― Lawrenceのアートワークは鮮やかで美しいブルーにHEAVENのドローイングが印象的でした。「Smallville Records」は2021年に実店舗をクローズしましたよね?

そうですね。でもその方が良かったと思っています。店舗を運営することとレーベルを運営することは全く違うことです。ユリウスもいまはフライブルクに住んでいて、私もベルリンなので2人ともハンブルクにいないことも理由のひとつです。

― 日本のレーベル「mule musiq」のアートワークであなたの作品を初めて知りました。どのような経緯があったのでしょうか?

「Playhouse」(編註:「Playhouse」は93年に設立されたドイツを代表するレコードレーベル)のアートワークも手掛けていたことからATAを通して、主宰のToshiya (Kawasaki)を紹介してもらいました。当時、彼はセレクトショップで働いていて、Tシャツデザインの依頼を受けたのが最初ですね。「mule musiq」は今年で20周年を迎えますが、告知動画にも私の作品が使用されています。

― 常に世界を呼び回り、多忙な日々を過ごしていると思いますが、今年予定しているプロジェクトを教えて下さい。

今年は特に大きなエキシビジョンの予定はありませんが、作品集を制作しようかなと思っています。他には、ドイツ国内でのアートフェアやアートワークの依頼も多数あるのでとても忙しいです。先ほども言いましたが、11月には再び日本に行くのでTABFでお会いしましょう!!

INFORMATION

Stefan Marx

Instagram:@stefanmarx

このエントリーをはてなブックマークに追加