アメリカのシャツを、イタリア人の考え方によって料理する。
ー今回フイナムではロンドンストライプの生地と、柄の異なる2つのチェックをピックアップしてシャツをつくりました。それをB.D.ではなく、レギュラーカラーにしています。
金子: フイナム編集部とのキャッチボールから、まずはストライプがいいんじゃないか? というアイデアが生まれたんです。無地のブロードだとドレスっぽくなりすぎるし、読者の方々は軍パンやチノなどのカジュアルなボトムを穿くひとが多そうだということでしたね。ロンドンストライプってアメリカン・トラディショナルの代表的な柄だし、なんとなくそういうのが気分的にも合いそうだなということで。

ーこれもやっぱり一般流通している生地なんですよね。
金子: そうですね。ただ、今回は無地ではなくて柄なので、その中でいいものを探すのが大変でした。やっぱり細番手の糸を使ってないと柄がきれいに出ないので。いろいろ掘っているうちに魅力的なストライプの生地を見つけて、そのプロセスの中で2つのチェック柄もみつけたんですよ。


ーこちらのチェック2型は、触れるとどこか繊細さを感じます。特別な生地なんですか?
金子: 細かなチェックのほうは「モンティ」のもので、大柄なチェックは「トーマス メイソン」の生地ですね。僅かな量しかなく、本当に限られた枚数しかつくれないから、いい生地なんだけど、特別プライスでお出ししました。ロンドンストライプの延長線上で、こういったチェックがあるのもおもしろいし、土台にしているのはアメリカン・トラディショナルのシャツだから、それにも合うような気がしたんですよ。
ーそれぞれ表情が違うけど、不思議とまとまりを感じます。
金子: なんか、すごくリアルな感じがしたんです。格好つけすぎてないし、あまりにもいまの気分を尊重しちゃうと、来シーズン着られなかったりもする。普遍的であり、特別いまっぽくもなく、だけどなんかいいっていう絶妙なツボをついた柄だと思います。ワードローブにあったら度々取り出して着たくなる感じというか。
ー仕立ての良さによるものなのか、トラッドを土台しているのに、コテコテのアメリカというと、そうでもないような感じがしますよね。
金子: なんともいえないバランス感がありますよね。襟も旧き良きアメトラのB.D.シャツの形からサンプリングしているんです。ちゃんと外側にカーブがかかっていたりとか、細かな部分までしっかり再現しているんですが、いい意味でくどさがないというか、なじむ形なんですよね。

ーシルエットはボックスですよね。
金子: オリジナルのシャツよりも、着丈と身幅のバランスをすこしだけアレンジして、横に広めのバランスにしています。本来はタックインするために着丈が長く設定されていたんですが、いまは外に出しても着る時代なので、そこは現代的に編集しなおしました。
ーそしてそれを最高の仕立ててでつくっていると。

金子: 仕立てはナポリ仕立てを意識しました。たとえばアームの部分は手縫いなんですけど、脇下のステッチのラインがズレているのが分かりますか? これは袖が前にくるように縫っているからなんです。イタリア人の考え方で、人間の身体の構造に合わせてジャケットの袖がすべて前方向に袖がつけられているから、同じようにシャツもそうしようということなんです。ベースはアメリカのシャツなんだけど、イタリア人の考え方によって料理している。それがいちばんの特徴ですね。

金子: あとはボタンホールのところに1箇所だけ、グリカンと呼ばれる閂止めみたいなディテールを加えています。前立ての裏側って折り返しの生地がペラペラしているので、それが遊ばないようにするための仕様だと思うんですが、イタリアの高級シャツにこういうディテールがあるんですよ。そうやってヨーロッパのアイデアを盛り込んでますね。
ーこうしたアームの縫い方にしても、日本国内の一般の工場ではそれを実現できるところは限られるんですか?
金子: そうですね。ナポリってもともとは貧しい街で、機械が無いから手縫いの文化が発達したそうなんです。だけど日本には機械があるから、逆にナポリの職人たちのような技術を持っているひとが少ない。日本とナポリのあいだにはそうした背景の違いがあって、貧しさから生まれた技術が美しいものづくりを実現しているんです。
ミシンで縫うとパッカリングが生まれて、いかにも機械で縫った感じが出てしまうんだけど、こうして手で縫われたものって、すごく柔らかな印象がある。そこにぼくは色気を感じるんですよね。

ー直線的というよりは曲線的で、どこかふくよかな暖かみがあるというか。
金子: イタリアのシャツってあきらかに色気があって、ふんわりしているんです。どうやってもそうなるというか、カチッとはならない。日本人がイタリアのものに惹かれるのは、そういう部分だと思うんです。ぼくはアメリカン・トラッドのシャツにそういう要素を取り入れたかったんですよ。
ー運針の細かさも見え方に影響しているのでしょうか。

金子: かなりしているんじゃないでしょうか。今回は柄だからステッチが見えづらいとは思うんですけど、やっぱり細かく縫われていると美しさが違ってきますよね。
ーそうした繊細さも金子さんが話す“色気”に影響を与えているような気がします。
金子: そう思います。すごくゆったりとしたフォルムのシャツなので、普通の縫製をしてしまうとカジュアルになりすぎちゃうんですよ。だけど、このフォルムを美しい仕立てと縫製によって生み出すことによって、おもしろさと色気が生まれているんです。