宮城 秀貴(みやぎ ひでたか)
ショップスタッフを経て靴作りの面白さにハマり、独学で製法をマスター。2012に秋冬シーズンに自身のブランド〈ミソグラフィー(mythography)〉をスタートさせる。その他ブランドの靴製作にも携わるなど、今注目度が高まるシューズデザイナー。
http://mythography-shoes.com/
「宮城君の靴を見た時、 これは未完成だなって思ったんです」
- このインタビューを通して感じたのは、このプロジェクトを「コラボレーション」という有り体な表現でおさめるのはちょっと違うのかな、ということ。2人の関係は密接なようで独特な距離感があるし、そもそも2人の間に「コラボレーションだぜ !」という気負いや前のめり感がない。そもそも2人の出会いや接点はなんだったのだろうか。
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村上:僕、結構最近まであまり知らなかったんですよ、宮城くんのこと(笑)。共通の知人や友人がいたりするし同じ業界にいたりもいるので、もちろん存在はなんとなく感じてはいましたけど。で、ある時アーバンリサーチのイベントにDJで呼んでもらって、その時お店に並んでいた〈ミソグラフィー〉の靴を見て『ふーん』って。それがバンダナの生地をアッパーに使ったシリーズだったんですけど、ある時『バンダナの生地で靴が作れるなら、シャツ生地でも作れるんじゃないか』ってふと思って声をかけさせてもらったって感じです。
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宮城:もちろん僕は昔から知っていました。雑誌やテレビ、映画で見ていましたから。〈ミソグラフィー〉を始めてからはイベント会場やライブ会場などで見かけるようになり、ちゃんと自己紹介させていただいたのは2016春夏シーズンの〈ミソグラフィー〉のヴィジュアル撮影のとき。村上さんにモデルとして登場していただいた時です。
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村上:そうだ。ヴィジュアル撮影出させてもらったね。あれも面白かったよね。
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宮城:僕ら世代にとって“ムラジュン”さんは憧れの対象でしたから。『名前を上げてやる』くらいの気持ちで思い切ってオファーさせていただきました。そしたら二つ返事で引き受けてくれて。あがりもすごくいいものになりましたし、すごく嬉しかったですね。
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村上:だって嬉しいじゃない。僕みたいなへちまをありがたがって使ってくれるなんて(笑)。
- 付かず離れずの距離感を保ちながら、村上さんのひらめき(あるいは思いつき!?)で現実となったこのプロジェクト。〈ミソグラフィー〉が村上さんのアンテナに引っかかったのは、いい意味でのその“未完成さ”が理由だ。
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村上:これは別に悪い意味じゃないから気を悪くしてほしくないんだけど、イベントで宮城君の靴を見た時に『これは未完成の靴だな』って思ったんです。つまりそこにはもっと先の可能性があって、面白いことができそうだっていう期待感があった。それが僕の中で引っかかっていたから、今回の企画につながったんじゃないかなって思います。明らかにゴールが見えるブランドと何かするよりも、いったいどうなるんだろうっていう面白さがあるブランドとやる方が絶対に面白い。というか、じゃなきゃ一緒にやる意味ないって思う部分もあるから。
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宮城:お電話をもらった時は正直驚きましたし、素直に嬉しかったですね。で、電話じゃなんだからってことで代官山のカフェに集まって6時間くらい話を聞いて(笑)。
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村上:もうそこまで話したらあとはよーいドン、ご自由に!という感じですよ。考えていることはしっかり伝えたいけれど、レールは敷きたくない。全てが完璧にコントロールされて想定内のものを作るくらいだったら、想定外のことが積み重なりながら辿りつく成功の方が好きというか。ま、ちょっと大げさかもしれないけれど、人間らしい方がいいなって。彼とはそういう面白いことができる期待感があったんでしょうね。
「ほとんどひらめきというより思いつき。 でもそのきっかけこそが大事だと思うから」
- さて、そんな自然発生的に始まった靴作り。そこには何か明確なコンセプトや目指すべき着地点はあったのだろうか?
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村上:僕がやっているブラック エディという小さなレーベルでシャツを作っているんですが、それで使っている生地(トーマスメイソンやカンクリーニといった、世界的にも有名なファクトリーの生地)を僕がすごく気に入っていて。さっきも言ったように、それをスニーカーに使えないかというのが全ての始まりだしコンセプト。だからある意味、靴ありきではなく素材ありきの企画かな。
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宮城:ミソグラフィーとしても、靴にレザーを使わなければいけない理由っていうのをちょうど考えていたところだったので、何の違和感もなくすんなりそこは理解できました。僕一人では思いつかなかったことだけど、すごく自然な流れで進めていけたと思います。ちなみに村上さんはラフとかスケッチとかリファレンスとか、そういうのは全然持ってこないんですよ。全部頭の中(笑)。
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村上:それはもう昔からずっとそうですね。打ち合わせは手ぶら。参考資料とかからコピペしたことはないです。ちょっとした考え方とか想いみたいなものを共有できれば、あとはそれぞれの持ち場のプロに任せてバシッと決めてもらうっていう感じで。特に宮城君は放っておいても大丈夫なキャラクターだと思ったので。さっきも言ったように、仮にイメージと違ってきてもそれが面白い。僕個人としては納期もそれほど気にしない。生地は確保さえしておけば逃げないしね。あと強いて言えば、ヒールにはシルクの生地を使ってそこにシルクスクリーンでプリントするっていうのはこだわりかな。なんていうか、〈ミソグラフィー〉ってストリート臭がしないでしょ。あったとしても僕みたいなスケボーカルチャー上がりのストリート感とは意味が違う。シルクスクリーンっていうのは僕にとっては基本中の基本なので、これは外せなかったかな。
- ものの見方のちょっとしたコツや意識の持ち方を変えるだけで世界は変わるし、思いがけない高みへと登ることもある。村上さん自身、それは若かりし頃に当時の先輩方に教わり、学んだことだ。今は立場が変わり、新しいきっかけを与える側になった。
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村上:映画って監督の独裁というか、基本的にはその作品を作る監督のためにみんなが役割を果たすでしょ。演者は時に自分を消す作業もする。それはそれでもちろん素晴らしい共同作業なんだけど、こうやってみんなの得意技でそれぞれ自由にやるっていうのはまたいいよね。信頼できるメンバーが揃って、しっかり打ち合わせして、イメージを共有する。そしてそれぞれがそれぞれの持ち場を守って仕事を全うする。最初は未完成でも続けていくうちに思いがけないところまで昇ることもある。誰かと何かを一緒にやる意義とか面白さって本当はそういうところにあるんじゃないかなって思う。
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宮城:共同でものを作ることの面白さという部分もそうなんですが、それだけじゃなく、村上さんはちゃんと最終的にお客様が喜んでくれるところまで想像しているところがすごいと思う。
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村上:それは僕の本業が俳優だからかもしれないね。普段は普通のお客様だからね(笑)。
- インポートの生地とシルクスクリーンプリントを施したシルク生地を、〈ミソグラフィー〉の靴に載せる。ある種の“企画モノ”として見る人もいるかもしれないが、そのクオリティは高い。第2弾となる今回は第1弾のそれにはないディテールが施されアップデートされている。
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宮城:もともと〈ミソグラフィー〉で展開しているモデルがベースになっています。革靴のパターンを採用しながらソールはビブラム社のソールを使用。ヒールの高さにこだわって履きやすさも追求しています。また春夏の靴ということもあって、履き口を浅くして抜けを作っているのもポイントですね。
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村上:つまり、スニーカー底に革靴のアッパーを乗せて、さらにドレッシーなシャツ生地を乗せていると。それと僕がすごいなって思っているのは、アッパーに使っている生地を全部宮城君が自分で裁断しているっていうこと。それってすごい強みだよね。だからこそこういうセオリーとは違う生地を使う時でも物事がスムーズに進む。もちろん仕上がりのクオリティも高い。もし仮に、これを宮城くんが全部誰かにぶん投げて、その上がりで1ポンドのヒレ肉を食べている人間だったら僕は一緒に仕事をしていないよね(笑)。ちなみに今回はイタリアのカンクリーニとイギリスのトーマスメイソンの生地を使っています。これは前回の時も使いたかった生地なんですが品切れで使うことができなかたので、ようやく出来て気に入っています。
「結局僕は受け身の人間なんです」
- いい素材が手に入ったとき、ふとアイデアがひらめいた時、気分がノったとき。「black eddie × mythography」の展開は不定期。神出鬼没だ。それでも、漠然とではあるが今後の展望やイメージを二人は共有している。
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村上:もし次作るとしたら? そうですね。赤いチェックといいギンガムチェックの生地が見つかったらやるかもしれない。でもわからないかな。今は具体的なアイデアはないけれど、僕の場合何かのきっかけでふと思いつくタイプだから。極めてタイミングです。
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宮城:村上さんの場合、サンプルを作るっていうこともほとんどないですからね。いきなりといえばいきなりです(笑)。
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村上:だから、僕は本当に“受け身”の人間なんだって思いますね。ゼロから何かを作り出すというより、人でもモノでも、そこに何かしらの素材があってそこからインスピレーションが生まれる。自分で自発的に何か発信するのではなくて、友好関係とか、同じような考えを持っている友人とか、共有できる仲間をつなげて何かのきっかけを作る。それだけで物事って結構いい方向に転がったりするし、新しいものが生まれたりするじゃないですか。だからこのプロジェクトも、極端な話、僕が生き続けている限り、そして宮城君が〈ミソグラフィー〉で何かを勝ち取り続けている限り常に動く可能性がある。そういうところに面白さとか期待感が生まれる。それを僕も楽しんでいるし、仲間にも、もちろんそれを買ってくれる人にも楽しんで欲しいかな。