岡山県の児島に拠点を構える〈アンセルム(ANCELLM)〉は、今年の「Rakuten Fashion Week TOKYO」にて初のランウェイショーを行いました。“経年変化”があってこそ、服は完成する。そんな信念を貫きながら、2021年春夏のデビューからわずか5年という早さでこの舞台を手にした軌跡と、ショーにかけた想いをデザイナーの山近和也さんに改めてお伺いします。
Photo_Mikito Hyakuno
Edit_Amame Yasuda
PROFILE
さまざまなブランドで経験を積み、故郷である岡山県・児島市にて2021年SSシーズンに〈アンセルム〉をスタート。2025年の「Rakuten Fashion Week TOKYO」でブランド初のランウェイショーを行う。
Instagram:@ancellm_official
初のランウェイという、アンセルムのターニングポイント。
ー今年の「Rakuten Fashion Week TOKYO」に参加することは、かねてより考えていたのでしょうか?
山近:最初はまったく考えていませんでした。〈アンセルム〉は5年前のコロナの時期に始めているので、ショーどころかこの先どうなるかすら検討もついていませんでしたし。
ー今回参加したきっかけを教えてください。
山近:周りに後押しされたのが大きな理由ですが、普段一緒に児島で〈アンセルム〉の服をつくってくれている人々に観てもらいたかったんです。工場で働く人々の高齢化が進んでいるなか、ぼくのブランドに携わってくださっている方々は比較的若い世代多くて。だからこそ、こういうことを主体となってやることで士気を高められたらいいなと思っています。そして、普段からぼくらの服を着てくれているお客さんにもショーを楽しんでもらいたいたくて今回の参加を決めました。
ーなるほど。いつもつくっている服がこういう形でお披露目されるのは、きっと光栄なことだと思います。それに、関係者だけでなく、ブランドのファンにとっても貴重な機会ですね。
山近:ショーの前に「伊勢丹新宿店本館1階 ザ・ステージ」でポップアップをしていたんですよ。そこで購入してくれたひと100名をショーに招待しました。自分が買った服がランウェイショーで観れるって、なんかうれしいじゃないですか。
ー今回のショーは、かなり広々とした空間のなかにステージがあって、そこに人がぎゅっと集まっているような印象でした。そういった演出にもこだわりがあったのでしょうか?
山近:あえて開放感のある空間の一部にステージをつくり、そこに人が密集してランウェイを観ているような形式を取りました。とにかく、服をできるだけ近くで見て欲しいと思って。
ー確かに、モデルとの距離感も近くてとても観やすいショーでした。ランウェイのコンセプトを教えてください。
山近:実ははっきりしたコンセプトはなくて。ランウェイという形式で「はじめまして、アンセルムです」というムードで伝えるために、色のグラデーションを意識しました。黄色やベージュから始まって、赤、ブラウン、ネイビー、最後は黒で締める。それと、〈アンセルム〉の服は無骨なアイテムが多いんですが、今回は初めて女性のスタイリストにお願いしていつもとはまた違った雰囲気でブランドらしさを表現しています。
ーグラデーションの話でいうと、ランウェイで流れていた音楽も最初と最後では徐々に変化していたように思います。
山近:そうなんですよ。まさに音楽もグラデーションを意識しています。往復で100m越えのランウェイだから、退屈にならないよう抑揚も意識していて。プロの方にお願いして、爽やかなのものから重厚感のあるものまで5〜6部の構成で作曲してもらいました。
ーなるほど。〈アンセルム〉というブランドのムードを全体を通して感じられるショーだったと思います。それに、男女問わず真似できるようなトレンド感のあるスタイリングにリアリティを感じました。
山近:ぼくの語り口が無骨でマニアックすぎるのかもしれませんが、実はもっとポップなブランドなんです(笑)。それがわかってもらえたら。
着るひとの自由を尊重した服づくり。
ーこれまでにフイナムの記事では何度もご紹介させていただいていますが、〈アンセルム〉と言うブランドについて、改めて教えてください。
山近:ぼくたちは、“経年変化”を意識して服をつくっています。ただ、ヴィンテージ加工をメインに打ち出しているわけではなくて、服が人々に着込まれ、美しく変化していくことを見据えたデザインです。だから、むしろ綺麗で上質なムードをベースにしつつ、ちょっとした違和感を出すために加工を施しています。
ーエレガントなムードとダメージ加工。一見相反するものをひとつのピースに落とし込むには、具体的にどんなことを行っていますか?
山近:「こんな高級な生地、だれも加工したくないよね」ってくらい上質な生地を使います。そこにどんな加工を当てるか考えながらつくっていて。毛織の産地まで行って打ち合わせをしてやっとできた綺麗な生地で、ダメージや色落ちを表現しているんです。
ーなるほど。洗練されたムードの所以は、生地選びにあったんですね。
山近:生地選びは加工と同じくらいこだわっているところです。いい生地にはいい理由があって、そこに対してどういうアプローチをするか。ぼくたちの服づくりは、それを考えることから始まります。
ーシルエットにも、ブランド独自のこだわりを落とし込んでいますか?
山近:シルエットに関しては、逆に綺麗になりすぎないようにしていて。抜け感を大事にしています。ラフなムードが出るようにオーバーシルエットなものが多いですね。それでいて着たときに綺麗にまとまるようなパターンを引いています。
ー生地、加工、シルエットのさじ加減で〈アンセルム〉の独自のムードを形づくっているんですね。
山近:そうですね。それらのバランスをとりながら〈アンセルム〉らしい塩梅を探ってますね。ぼくらのお家芸である加工もデニムで有名な児島だからこそ、いろいろ挑戦できるんです。工場で試行錯誤しながらつくっているので、1型つくるだけでもサンプルの量が半端じゃないんですよ。
ー〈アンセルム〉でこのような服づくりをはじめた理由はありますか?
山近:ヴィンテージ加工一辺倒にはしたくなかったんです。それは、ぼく自身がいろんなファッションが好きだったからかもしれません。まずはストリートファッションに興味をもち、古着に傾倒していって。モード全盛期の時代も通りました。だからジャンルをひとつに絞るんじゃなくて、あらゆる要素を取り入れることで、どんなスタイルにもフィットする服をつくれたらなと思っています。
ーターゲット層が絞られたブランドが多いなか、〈アンセルム〉を着るひとの層はは本当に幅広いなと感じます。
山近:そうかもしれません。できればたくさんのひとに着て欲しいし、ファッションは自由だから好きに着てくれたらそれでいいと思うんです。扱い方ひとつとっても、アイロンを当てる人は当てるでしょうけど、くしゃくしゃになっちゃうときもあると思うんです。そんな状態で着てもかっこいい服をつくりたいなと。
ー着る人がどう着こなしてもいい服。それは、手に取るひとのセンスを信頼しているようにも思えます。
山近:古着だって、膨大な数の中から自分の好きなのを選んで買うじゃないですか。そのように〈アンセルム〉の服も選んでもらえたらなと。それに、いまはトレンドが多様化していますしね。
ーSNSが発達してからは特にそうですね。
山近:昔だったら雑誌に載ってるスタイルを真似て、みんな同じ格好をしていたと思うんですが、いまファッションで一斉を風靡するトレンドってあまりないような気がします。だからこそ、各々が自由に着こなせる服の方が時代にもフィットすると思うんです。そしてその中でもブランド独自のスタイルを持つことがとても重要な気がします。
フイナムが気になる〈アンセルム〉の2026年春夏。
ー今回のコレクションのなかで、いくつか気になったアイテムをここでフイナムの読者にも紹介したいです。アイテムのポイントを、ショーのスタイリングとともに聞かせてください。まず、こちらのパーカから。
LIGHT ROOP ZIP HOODIE
山近:先ほどの話とは矛盾するのですが、このパーカはあえてよくない素材でつくっています。古着屋にあるクタクタのスエットパーカって、やたら着心地がいいなと思ってて。あれをシルエットを整えて着たいなと考えついたんです。春夏だからカットソーくらい薄くするために裏毛を飛ばしています。裏側まで加工する人ってあまりいないかも。
ー触ってみてたしかに、古着屋にあるものはこのくらい薄手のものですね。
山近:そう、テロテロのやつ。まさにあれを目指してます。
ーこのパーカこそ、スタイリングの幅が広いアイテムですよね。中に着るインナーで遊べそうですね。
山近:今回はインナーもパンツも同系色で加工が効いたものと合わせていますが、色物でもいいですし、あえてきれいめなアイテムと合わせてもいいと思います。
LETHER JACKET
ー〈アンセルム〉のレザーアイテムは新鮮ですね。
山近:納得できる生産背景がなかったし、実際手が回ってなかったのでレザーのアイテムはつくったことがなかったんです。もともと、イタリアのおしゃれなおじさんが着ていそうな光沢の強いレザーだったんですが、加工でここまでテカリを抑えています。この類のレザーって、超圧着すると濃い色になるので、この色を出すためにプレスしました。レトロなムードは残しつつ形は整っているものが欲しいなと。
ーアイテム自体は無骨ですが、ランウェイのルックのように女性が着てもまったく違和感がないですね。
山近:そうなんです。男臭いアイテムだからこそ、今回のコレクションでは、女性モデルに着せるってのは早々に決めていましたね。インナーのシャツの色や襟の開き方で抜け感を出していて。海外っぽくてかっこいいですよね。
10oz AGING TYPE-A
ーこれはブランドの代名詞的なデニムですよね。
山近:そうですね。デニムは毎シーズンつくっています。〈アンセルム〉のデニムの特徴としては、ヒゲやあたりと呼ばれる、穿いていくうちに擦れてできる跡を加工で入れていないんですよ。ハチノスと呼ばれる膝裏の擦れも。ヴィンテージデニムをつくりたいわけじゃないからです。それに、ぼくは太いパンツしか穿かないのであんまり色落ちもしないんです。
ーダメージは入れていますか?
山近:入れているものと、入れていないものを2種類つくっていて。やれた雰囲気は色味で表現しています。もともと全部が真っ青なインディゴブルーのデニムなんですけど、3回くらいに分けて色を落とすんです。その三段階で変わる色味でグラデーションが出来ていきます。
ーなるほど。そんな定番デニムを今回はどのようにスタイリングしましたか?
山近:これは加工を全面に打ち出したアイテムで上下揃えていて。インナーと袖をまくったときに見えるシャツの裏地など、見てもらうと分かる通りすべてブルー系でまとめました。
ーアイテムやスタイリングの話まで、山近さんのこだわりを聞けば聞くほど〈アンセルム〉らしさが詰まったランウェイショーだったことが分かります。初のショーを終えたばかりですが、〈アンセルム〉が掲げる今後の目標を教えてください。
山近:まずは、パリの展示会に間に合うように服をつくっていきたいです(笑)。なかなかこの工程を踏んでいるとコレクションすべてのアイテムを完成させるのには時間がかかっちゃって。でもそんなに気負いせず、できる範囲でやっていければと思います。もちろん、世界的なところも目指していますが、引き続きいつもお世話になっている工場の人々やブランドをずっと好きでいてくれるお客さんに見てもらえたら、それは喜ばしいことだなと思っています。

