ボクシングはれっきとしたスポーツですが、その歴史には数々の苦難と栄光が刻まれ、多くの伝説が生まれてきました。そんなカルチャーに着目し、プロダクトとして表現する〈RAZOR〉。これまでにもさまざまなアーティストやブランドとのコラボレーションを重ねてきましたが、今回タッグを組んだのは現代美術作家の加賀美健さん。
おなじみの“加賀美フォント”やグラフィックによって、その世界を独自の視点で切り取ります。そこで今回はブランドのデザインを手掛ける岡沢高宏さんに加え、元世界王者の沼田義明さんも交えて鼎談を実施。アートと格闘技、それぞれの立場から今回のコラボレーションや競技の魅力について語ってもらいました。
沼田義明
1945年、北海道沙流郡門別町(現・日高町)生まれ。1967年にフラッシュ・エロルデを破り、WBA世界ジュニアライト級王座を獲得。日本人5人目の世界王者となる。精密なテクニックから「精密機械」の異名を持ち、1970年にはWBC世界ジュニアライト級王座を獲得し3度の防衛に成功。日本ボクシング史を代表する名王者のひとり。現在は東京都清瀬市の沼田ボクシングジム会長として後進の指導にあたる。
加賀美健
1974年東京生まれ。現代美術作家。ドローイングや彫刻などの作品をリリースし、国内外問わず多数の美術展に出展。自身が運営する代官山の「ストレンジストア」では、自作のTシャツなどグッズ類を展開している。
Instagram:@kenkagami
岡沢高宏
1975年東京都新宿区生まれ。国内外でモデルとして活動したのち、2000年よりデザイナーとしてのキャリアをスタート。〈CYCLE〉〈CLS〉を立ち上げ、ファッションやプロダクトデザイン、アートプロジェクトなどを手がける。現在は〈CLS〉や〈RAZOR〉のデザイナーとして活動中。
Instagram:@takahirookazawa410
世界チャンピオンになっても、うれしくもなんともない。
ー今回はボクシングの世界について、沼田さんにお話を聞こうということで。
岡沢:1967年に世界タイトルを獲って、日本人で5人目の世界王者。正真正銘のレジェンドですよ。いまのように階級は多くなく、団体も少なかった時代だから、本当に貴重な存在です。
沼田:1965年にラリー・ビラフラノに勝ってジュニアライト級の東洋チャンピオンになって、そのあとライト級でも東洋チャンピオンになりましたね。フラッシュ・エロルデにも勝って東洋で二階級制覇したんですよ。
1967年には世界タイトルを懸けて、そのエロルデとやったんだけど、不思議と負ける気がしなかった。相手はサウスポーでリーチも短かったし、私にとっては一番やりやすいタイプだったね。それで判定で勝って世界チャンピオンになったんです。
ー沼田さんはもともと野球がお好きだったんですよね。
沼田:北海道の田舎生まれでね。野球やって育ったけど、プロになるには高校や大学を出て、スカウトのひとたちに目をつけてもらわなきゃいけない。そうじゃないと大成できないってことで諦めたんです。
沼田:ボクシングをはじめたきっかけは16歳のとき。友達と銭湯に行った帰りに、その友達が「沼田、ボクシングでもやれば。TBSで募集してるぞ」って言ってね。それで、そいつが勝手に応募したんですよ(笑)。
後日、札幌で適性検査があって、少し動いたら極東ジムの小高会長に「お前、東京に来れるか?」って言われてね。親は反対したけど、押し切って東京に出たきたんです。全国から7000人くらい応募があって、その中から20人が選ばれて、赤坂にあった極東ジムに入門して。
当時のボクサーといえばチンピラばっかりだったから、親には「TBSが主宰だから大丈夫」って了承を得て、北海道から出てきたわけです。
加賀美:いきなり受かっちゃったんだ。すごいですね。
ーでも、やっぱり練習はハードなわけですよね。
沼田:もう、めちゃくちゃハード。東京に出てきたと思ったら、いきなり山中湖の合宿所に連れてかれて。1週間、そこで鬼のように鍛えられましたよ。そこからまた東京のジムに戻るんだけど、最初は10人いたのに、残ったのは3人だけ。それが私と石山六郎と森 洋で、みんなのちに日本チャンピオンになるんだよね。
一番期待されてたのは石山だった。才能があった。でも石山は酒、森は女にハマっちゃってね。世界までは行けなかった。
ー沼田さんの楽しみはなんだったんですか?
沼田:私の唯一の楽しみは、練習が終わった後に餡蜜屋で餡蜜を食べて、タバコを吸うこと。1日10本くらいかな。でも試合の2日前になるとピタッとやめて。そうすると頭も身体もスッキリして、15ラウンドでも全然いけましたね。
加賀美:その頃の目標ってあったんですか?
沼田:なんもない。ボクシングやってて楽しいと思ったことなんて一度もなかったですよ。うちの会長に小言言われたり、説教くらうだけだったから。ボクシング経験なんてない会長だったのに。口ごたえなんてしようもんなら、また説教ですよ。
岡沢:締め付けの時代ですね。
加賀美:いまだったら考えられないよね。
ーでも、世界チャンピオンになったときはうれしかったですか?
沼田:うれしくもなんともない。
加賀美:(笑)。本当ですか!?
沼田:本当です。ほかの相手ともまた戦わなきゃいけないし、うちの会長の説教もあるでしょ。それが先に頭に入っちゃうから。うれしくもなんともない。
岡沢:ふたりの対戦相手がいたんですね…(笑)。先日お話させていただいときに「いちばんうれしかったと思えたのは、どのときでしたか」と尋ねたら、「一度負けた相手(徐強一)に勝ったときはうれしかった」って仰っていましたよね。
沼田:あぁ、それはあるね。だけど会長の言う通りに戦わないと、勝っても負けても説教だから。あとは1週間休んで好きに飲み食いできたときは幸せだなって思いましたね。
岡沢:沼田さんといえば、ラウル・ロハス選手との防衛戦がやっぱり印象的ですよね。最後の沼田さんのアッパーが本当に衝撃的で。
沼田:ラウル・ロハス戦のあのアッパーはよく言われるけど、実は練習してたパンチじゃないんです。5歳の頃から実家の旅館の畑仕事をずっとやってたから。毎日毎日スコップで土を掘り返してね。そのときの、スコップを下からこうグッと返す動き。あれが身体に染みついてたんでしょうね。ロハス戦でボディを効かされて、もう危ないってところで、あのアッパーが反射的に出たんです。
だから、あれは考えて打ったんじゃないの。子どもの頃から身体に入ってた動きが、そのまま出たんだけ。だからボクシングっていうのは、リングの上だけで作られるもんじゃないんだよね。それまで生きてきた全部が、ああいう瞬間に出るんだ。
ー最後のほうはガードも下げてましたよね。
沼田:ノーガードでボクシングするのが好きでね。いちばんラクなんです。だけど、そんなことやったらもう大変。2時間は説教。会長から「俺の言うこと聞かずになにやってんだ!」って。
岡沢:この動画は何度観てもすごいですよ。
沼田:このときは勝っても負けてもやめようと思ってたから。自分の思い通りにやってみたんですよ。それがなかったから結果は違ってたはず。
理解を得るためには強くなるしかない。
ー加賀美さんはボクシング観てたんですか?
加賀美:うちの親父が大好きで、会社から帰ってきて、いつもテレビで観てましたね。試合中に血とか出るから、うちの母ちゃんは「もう消して!」とか言ったりしてて(笑)。
岡沢:加賀美くんのお父さんと、沼田さんって同い年くらい?
加賀美:同い年! 今年81歳だね。
ー沼田さんが現役の頃のボクサーって、世間的にはどのように思われていたんですかね。
沼田:やっぱりはぐれ者ですよ。すこしづつそれが変わっていったと思うけど。私が引退して田舎に帰ったときも、みんなよくは思ってなかったですね。印象が悪いから。
岡沢:でも、一般のひとからすればスーパースターですよね。白井義男さんの世界戦(1955年、パスカル・ペレスとの世界タイトルマッチ)なんかは視聴率96.1%で、いかに国民が注目していたかが伝わってきます。いまとは時代が違うから比べるものでもないけど、いい時代だったんだなって思いますね。
沼田:いやいや、全然いい時代なんかじゃないですよ。理解してくれるひとなんて、10人にひとりいればよかったから。
岡沢:でも、1967年に世界チャンピオンになられて、あの時代に世界と戦っている人って本当に貴重な存在だと思うんです。
沼田:あの頃は黙々と練習して、勝つことだけしか頭になかったから。負けたら本当に大変な目に遭うからね。
岡沢:社会的な構造もいまとは違いますもんね。当時は沼田さんが言うように上から押し付けられていたけど、いまはもっと自由に練習する選手も多いと思うんです。だから精神の鍛えられ方は変わってきますよね。だけど、井上尚弥選手とかを見ていると、小さな頃から指導や自主練を受けていて、技術的な部分での進歩は半端ない。
沼田:それはもう全然違いますね。子どもの頃から動きが身についているから。
岡沢:リングへ上がる恐怖心もきっと違うんでしょうね。いまのボクサーたちにも当然恐れはあるんだろうけど、一方では楽しみながら強くなっていってる印象もあって。沼田さんの頃はどうでした?
沼田:ひとそれぞれ違うけど、自分の場合は両親や親戚の反対を押し切って北海道の田舎から出てきましたから。あとは出てくるときに餞別も貰ってるからね。なんとしてでも強くならなきゃいけなかったんですよ。
岡沢:ふるさとのためにやってたわけですね。
沼田:そうそう。本当にそれだけ。田舎だし、ボクサーに対する印象も悪いでしょう。そう思われてもしょうがないっていう気持ちで東京に出てきたから。もうあとがないんです。だから理解を得るためには強くなるしかない。きちんと形にするしか残された道はないんです。
岡沢:すごくプリミティブですね。
沼田:田舎のひとたちの顔が支えでしたよ。それがなかったらとっくに辞めてたね。
いまでも基本的な打ち方は身体で覚えている。
ー今回のコラボアイテムは、どれも加賀美節が効いてますね。
加賀美:岡沢くんにお話をいただいて、すぐに思い浮かんで。
岡沢:直感的に加賀美くんが思い浮かぶ“あるある”を描いてほしかったので。ボクシング関係のひとも、そうじゃないひとも、みんなに「なにこれ?」ってクスッとしてもらうのがうれしくて。
ー沼田さんはどうですか? 「脇を締めろ!!」って描いてありますけど。
沼田:おもしろいし、ちょうどいいですよ、コレ。
加賀美:やっぱり脇を締めるのは重要ですか?
沼田:大切ですよ。開いたらダメ。うちの会長にもよく言われたんです、「お前のガードがフラついてるのは、私生活が悪いからだ!」って。
岡沢:沼田さんは違うけど、当時の不良少年たちを更正させる役目もあったんですかね。トレーナーって。いまは技術面を教えることがほとんどだと思いますけど。
沼田:むかしは基礎をみっちり教えられて、パンチにたどり着くまでに時間がかかったけど、いまは2~3日でワンツー、そのあとすぐにフックの練習ですよ。そうしないと、みんなすぐに飽きてやめちゃうから。
岡沢:そうですよね。ぼくも学生のときにジムに通ってた頃は、ジャブとステップを何週間も叩き込まれました。ワンツーにいけたのは1ヶ月してからでしたね。それを続けることによって、自分らしさが生まれるというか。
沼田:どんなスポーツであろうと基礎は本当に大事です。基礎ってつまらないことが多いけど、それをやらないとうまくはならない。ステップ、ジャブ、ワンツーをしっかりと覚えて、それを身につけることが強さにつながる。私はいまでも基本的な打ち方は身体で覚えているし、動くこともできるからね。
ー元世界チャンピオンが言う「基礎が大事」って、めちゃくちゃ説得力がありますね。
加賀美:さっきミット打ちしてましたけど、すごかったですよ。
沼田:1日に何回でもやりますよ。
加賀美:80歳超えているのに、すごい!
岡沢:でも、基礎が大事って本当にそうですよね。スポーツだけじゃなくて、アートの世界もそうなのかな?
加賀美:そうだね。文脈とか歴史を知った上で考えられた表現のほうが、やっぱり強さがある。それってすぐにわかるよ。絵が上手いとか、そういうことじゃなくて。
ー最後に加賀美さんから沼田さんに聞いてみたいことってあります?
加賀美:ファイトマネーってどうだったんですか?
沼田:わかんない。会長に「貯金しておくから」って言われておしまい。お金の話なんてしたら、試合前日でも2時間説教だよ。
加賀美:やっぱりそうなんだ(笑)。
沼田:もう説教ばっか。ノーガードでボクシングしたかったって言ったけど、一度でいいからそれで思いっきり練習して、リングに上がって、試合がしたかったね。それはいまでも思ってますよ。
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Photo_Naoki Fukuda
Text_Tsuji

