こだわりの音響から流れる音楽を大音量で聴きたい。でも、クラブはちょっとハード。もっとカジュアルに落ち着いた環境で音に身を委ねたいし、会話もお酒も楽しみたい。そんないまの気分にぴったりなのがレコードバー。ストリーミングサービスでいくらでも音楽を聴ける時代だけれど、やっぱりレコードは音がいいし、ジャケットのデザインや盤面に針を落とす仕草など、アナログだからこその魅力が詰まっている。本連載では、ぼくらが気になるレコードバーにお邪魔し、その店の個性や魅力を紐解きます。第4回目は横浜の「リッスン(LISTEN)」。
- Photo_Mikito Hyakuno
- Text_JAY
- Edit_Kazuki Sakaguchi
PROFILE
1987年に本牧で生まれ、現在まで横浜で暮らし続けている。ロックやジャズを愛する音楽好きの母の影響で、幼い頃から音楽が常に身近にある環境で育つ。新卒時から勤務していた財団法人を退職後、渋谷の「バー・ミュージック(Bar Music)」で約6年間働き、独立。2023年、横浜随一の飲み屋街として知られる野毛からほど近い吉田町に、ミュージックバー「リッスン」をオープン。
生まれ育った横浜で、これまでになかった音楽の場を。
ーはじめに、「リッスン」はどのようなお店なのでしょうか。
2023年11月、横浜の吉田町にオープンしました。関内駅、桜木町駅からそれぞれ6分ほど歩いた先の路地裏にあるビルの2階で営業しています。横浜という街には、古くからジャズ喫茶やソウルバーなど、音楽とお酒を楽しめるお店がたくさんあります。そんな「横浜らしさ」をつくってきた数々の名店にリスペクトを抱く一方で、もっと新しい音楽に出会うことのできるミュージックバーがあってもいいんじゃないかという思いがあったんです。そういうスタイルのお店をぼくの生まれ育ったこの街で出したいというのが、そもそもの始まりでした。
ー長谷川さんの音楽遍歴を教えてください。
母が大の音楽好きで、野毛の「ダウンビート(down beat)」や中華街の「ミントンハウス(MINTON HOUSE)」といったジャズ喫茶に通っていたり、レコード屋で働いていたこともあったそうです。
幼稚園から小学校を卒業するまでピアノを習っていて、6年生のときには坂本龍一の『Energy Flow』やショパン(Chopin)の『ノクターン遺作』を弾きました。全然練習をせずにレッスンへ行っていたけど優しい先生のおかげで続けられ、ピアノという楽器をいまも好きでい続けられています。
初めて自分から進んで聴くようになった音楽はヒップホップでした。中学がバスケ部でNBAを観るようになって、最初の入口はファッションでしたね。当時、オーバーサイズを扱っている洋服屋に行くとトゥパック(2Pac)やジェイ・Z(Jay-Z)のようなヒップホップが流れていて、それを聴いてるうちにハマっていきました。
レコードを集め始めたのは高校時代。バイトしてターンテーブルを買って、DJを練習して。大学生になってからは近所のクラブに自分で録音したMDとかテープを持ち込んで、DJをやらせてくださいって頼みに行ったりもしていました。
ーそこから次第に、ミュージックバーにも興味を持つようになったんですか?
学生時代、文化人類学を専攻していて。いろんな地域を訪ねて、現地での暮らしや習慣を体験することで文化理解を深めていく学問なんですが、そのときの経験から、本当に面白いところは実際に行ってみないと見つからないということが肌で分かったんです。
ジャズ喫茶やソウルバーに足を運ぶようになったのも、その感覚があったからだと思います。石川町にある「バー・モータウン(Bar MOTOWN)」というソウルバーが、ぼくにとって初めてのミュージックバー体験でした。ヒップホップの元ネタで使われるビートやメロディの原曲が自然に流れていて。緊張しながらマスターに「これ、何ていう曲ですか?」って質問してましたね。ヒップホップの源流となる音楽を、自分の生まれ育った街で自然と聴けるということに、街から教わっているというか、何かがつながっていくような感覚を得るようになりました。
大学卒業後は、日本全国に点在する離島の地域振興を支援する財団法人に就職しました。北海道から奄美まで、さまざまな離島を巡るかたわらで、相変わらず時間を見つけてはミュージックバーに足を運ぶ日々。そんなある日、仕事の帰り道に立ち寄った渋谷の「バー・ミュージック」との出会いが、ぼくにとって大きな転機になりました。
ー「バー・ミュージック」に惹かれたのはなぜですか?
「バー・ミュージック」は、それまでぼくが好んで聴いていたブラックミュージックと異なる新鮮な音楽に出会える場所でした。その選曲には「敷居は低く、奥は深く」という店主の哲学がしっかりと息づいていて、すべてに意味があるという深みを感じさせてくれる。だけど、それを決して押し付けない、誰もが居心地良く過ごせる受け皿の広さに強く惹かれました。
分かりやすく「ウチではこんなジャンルを流しています」と言葉にするよりも、一曲一曲のセレクト、そして店主の人柄も含めてそのお店らしさが伝わってくるような、言葉にならない奥ゆかしさのほうがぼくにとっては魅力的で。それを教えてくれたのが「バー・ミュージック」でした。
ーそこで、長谷川さんにとっての転機が訪れるんですね。
すっかり常連になった頃、なんとなく店主に「いずれは自分で店をやりたい」と話したことがあって。その後、スタッフに欠員が出たときに「ウチで働いてみる?」って声をかけてもらったんです。それがちょうどぼくが財団法人を退職するタイミングだったので、辞めた翌日にはもう「バー・ミュージック」で働いていました。
「バー・ミュージック」はすごく硬派なミュージックバーで、お酒づくりもサービスも、ひとつひとつを丁寧に、かつ徹底してやるという姿勢があった。厳しくもあったけど店主から学んだことは多かったし、その経験がいまにもつながっています。音楽以前に、飲食店としての快適さ、心地良く過ごすことのできる空間づくりが大前提で、それがあって初めてミュージックバーとしてのこだわりがお客さまに伝わる。そのスタンダードを教えてくれたことには、いまも感謝しています。
ぼくは、客として通ったことやスタッフとして働いたこと以上に、「バー・ミュージック」という場所に出会えたこと自体に大きな意味を感じているんです。数え切れないほどのミュージックバーがある中で、ぼくは「バー・ミュージック」を訪ね、店主の価値観に共鳴して、通い詰めるようになった。その巡り合わせには、まるで何かに引き寄せられたような、運命のようなものを感じずにはいられません。
ー「バー・ミュージック」での修行時代を経て、独立に至るまでの経緯を教えてください。
漠然と独立したい思いはあったんですが、具体的なスケジュールは考えていませんでした。当時、「バー・ミュージック」と並行して野毛の老舗ジャズ喫茶「ちぐさ」でも、店番として働いていて。ですが、コロナが始まってどちらも営業ができなくなり、生活のために地元の酒屋で配達の仕事を始めることになりました。
その仕事を通じて、いまの「リッスン」の場所にあった「アドリブ(ADLIB)」というジャズのライブハウスが閉店するという話をいち早く耳にして。前の店主が愛着を持って育てたこの場所が、音楽に関係のない人の手に渡るのは悲しいなと思ったんです。店をやるなら地元だと考えていたので、ぼくにとっても逃したくない機会でした。「絶対にこの場所で店をやりたい」という思いで手を尽くし、なんとか入居することができました。
「リッスン」から流れる音が、街の歴史をつないでいく。
ー「リッスン」という店名はどのようにして決めたんですか?
造語などの捻った案もあったんですが、最後は自然に「リッスン」という一番シンプルな言葉に辿り着きました。音楽の店だとイメージできるし「今日リッスン寄ってこうよ」っていう感じで、親しみやすさ、呼びやすさのある語感もよかった。何よりも「リッスン(聴く/聞く)」っていう言葉の意味自体に惹かれるものがあって。音楽にも、ひととの会話にも耳を傾けること、それってミュージックバーという営みそのものですよね。「リッスン」は、ぼくが生涯を通して追い求めたい、普遍的な価値のある言葉だと思ったんです。
ロゴは、働いていた「ちぐさ」を長らくサポートし続けている方にお願いをして、看板にあった「MODERN JAZZ CHIGUSA」 の文字をサンプリングしてデザインしてもらいました。横浜の歴史を、そうした形でも引き継げたらと思って。普通のフォントよりも少しいびつさがあって気に入っています。
「リッスン」という名に恥じないお店づくりを続けていこうと、自分を鼓舞するような意味も込めました。
ーその思いは、音響へのこだわりにも現れていますね。
音響の専門知識があるわけではなかったので、八王子のDJバー「シェルター(SHeLTeR)」の音響を手掛けた溝口さんという方に相談しました。スピーカーは〈ハーベス(Harbeth)〉の88年製「HL5」、プリメインアンプには〈ソナス・ファベール(Sonus faber)〉の「Musica」を使用しています。「Musica」は自宅で使っていたものだったのですが、「HL5」と組み合わせることで自宅とは全く違う澄み渡るような音の広がりが生まれて。たとえその日に誰もお客さまが来なかったとしても、ずっとひとりでこの音を聴いていられるだけで幸せです。
ーあまり目にしない組み合わせなのかなと感じました。
“できる限り分かりにくくする”というのがぼくの価値観で。もちろん、誰もが知っているような定番のスピーカーを置いたほうが、音にこだわっているという姿勢をアピールしやすいかもしれない。だけど、できるだけ先入観を持たず、フラットな感覚で音楽を感じてほしい。それは常に考えてることかもしれません。
〈ソナス・ファベール〉のアンプも、最初は見えるところに置いた方がいいとお客さまにも言われたんですけど、それは絶対にしたくなくて。先入観のない状態で素直に音を感じられるほうが、お客さまにとってもいい体験になるんじゃないかなと思うんです。
溝口さんには機材のアドバイスだけでなく、DJブースや壁面の施工にも協力していただきました。「アドリブ」から引き継いだレコードラックやカウンター、テーブル、椅子はそのままに、照明やオブジェ、壁面のアート作品などは自分で選びながら、より居心地の良い空間になるよういまも試行錯誤を繰り返しています。
ー選曲は、どのようなイメージで行っているのでしょうか?
”ぞくぞくする音楽を届けたい”というのはオープン当初からテーマにしています。最近は、目を閉じたらここがどこだかわからなくなるような没入感も意識していて。同じ場所にいるのに、気が付くとさっきまでとはまったく別の音楽が流れていて、自分はどこにいるんだっけ? となってくれたらおもしろいと思いますね。
DJをやってたこともあって、店内のひとや空気に合わせた流れのある選曲も大事にしています。幅広いお客さまがいらっしゃるなかで、できる限り誰もを置き去りにしたくないっていうのは常に考えています。
Spotifyで店のプレイリストを公開しているので、それを聴いていただけたら店にあるレコードと選曲観は伝わるのではないかと思います。
ーお店をオープンしてから、音楽への向き合い方に変化はありましたか?
以前は音楽と自己探求のような向き合い方をしていて、たとえばDJでも自分の世界観に通じる音楽ばかりを探していたんですけど、「リッスン」のオープン後は店で共有したいものを何より優先して考えるようになりました。自分の嗜好と、この店のためのセレクト、それがいい感じで重なってきている感覚はありますね。
ー最近お店でよくかけるレコードを教えてください。
左上から時計回りに、James Blake『Trying Times』、Small Circle of Friends『SLOW』、SILENT POETS『Hope』、kadan『CASA』、Sufjan Stevens『Mystery of Love』、Kip Hanrahan『Vertical’s Currency』
まずはカダン(kadan)の『CASA』。一年を通して来る日も来る日も店で音楽をかけていると、それぞれの季節に最も鮮やかに響くレコードが分かってきます。収録曲の『Distance』は夏のことを歌っていて、いまの季節に何度も針を落としたくなります。
スフィアン・スティーヴンス(Sufjan Stevens)の『Mystery of Love』は、映画『Call Me By Your Name(邦題:君の名前で僕を呼んで)』のテーマ曲として使われていることから、夏の情景と共に思い浮かんでくるレコードです。ダヴマン(Doveman)が手がけた切々と迫りくるようなB面曲が好きで、よくプレイします。
元々気に入っていましたが、店を始めてから愛着がより深まったレコードもあります。キップ・ハンラハン(Kip Hanrahan)の『Vertical’s Currency』です。A面とB面それぞれの始まりの曲は、共に店の空気をガラッと変えてくれる大切な曲。キップの音楽は、店の階段を下りて目の前の通りの薫り立つ空気ともつながる感じがします。
ジェイムス・ブレイク(James Blake)の『Trying Times』は、リリースされてから毎晩のようにかけています。タイトルにも表れているように、ひとりの人間が忍耐と飛躍のはざまを揺れ動いて生きているのを目の当たりにする力作です。特に最後の曲『Just a Little Higher』は、目の前の困難に屈せず明日を見る力を与えてくれます。
そしてそのほかに、これからずっと聴いていくであろう、心の友とでも呼びたい大切な作品があります。
ひとつは下田法晴さんによるサイレント・ポエツ(SILENT POETS)の2025年作『Hope』。初めて聴いたとき、なんて骨太な作品だろうと感じて。表題曲『Hope』は何度聴いても目の前が開けるようで、涙がこみ上げてきます。いつか、何らかの形で店にお呼びすることが夢です。
もうひとつが、オープンしてから毎年ライブをやってくださっているスモール・サークル・オブ・フレンズ(Small Circle of Friends)が同じく2025年にリリースした『SLOW』です。日々の暮らしと共に音楽を聴く上での指標のような作品で、身体に染み込ませるように聴いています。愛を育む合言葉のように、この場所で『SLOW』を多くのひとに伝えたいですね。
ーお酒やフードのメニューについてもお聞かせください。
スタンダードなメニューを取り揃えていますが、扱うお酒の銘柄は好みに合わせて緩やかに変わってきています。以前は泡盛が充実していましたが、最近は日本各地のいろんなお酒を集めています。福島の会津にあるスパイスカレー屋さんで出会った米焼酎「ねっか」や、沖縄の名護にある「ヘリオス酒造」のクラフトラム「TEEDA」など。旅先で、その土地に根差したお酒を買い付けるのがすごく楽しいですね。
フードメニューには、自家製のゴルゴンゾーラのバスクチーズケーキ、塩キャラメルのアイスクリームをご用意しています。ウイスキーやラムなどとの相性が抜群ですし、2、3軒目利用のデザートにもぴったりなので、ぜひ召し上がってほしいです。
チーズケーキ ¥600, TEEDA ¥1200
ーオススメのドリンクは何ですか?
テンパレイ(Tempalay)の『そなちね』という楽曲からインスピレーションを得た、同名のオリジナルカクテルを出しています。トマト酢を焼酎とソーダで割ってレモンを添えた、爽やかな飲み口が特徴の一杯です。楽曲のモチーフとなっている北野武映画のイメージで、血の色を思わせる赤いカクテルにしました。
そなちね ¥900
「バー・ミュージック」に勤めていた頃、仕事終わりの深夜中華が定番で。そのときに飲んでいたトマト酢のサワーが頭の片隅に残っていて、店を始めたら出したいと考えていました。バーというと値段の張るこだわりのカクテルのイメージがあるけれど、こういう気軽に頼めるサワーがあってもいいなと思って。
ー「バー・ミュージック」の「敷居は低く、奥は深く」に通じるものを感じますね。
横浜には昭和初期に生まれた「市民酒場」という独自の大衆酒場カルチャーがあるんです。労働者の方々が仕事の前後に安くて美味しいものを飲んで食べられる憩いの場として愛されていました。
憩いを感じる場所って、必ずしも静かな場所に限らないじゃないですか。深夜の町中華もいつもガヤガヤしていたけど、そこには確かに憩いがあった。「リッスン」も市民酒場のように、地域のひとたちにとっての憩いの場所として、堅苦しくなく気軽に一杯行けるような雰囲気づくりを意識しています。
ー横浜は、地域ごとのつながりの強さを感じます。そうしたローカルの交流は意識していますか?
そうですね。店を始めてから、音楽以外にも食やファッションなど他ジャンルとの交流が生まれていて。近隣のお店のアニバーサリーでDJしたり、先日は友人の落語家の独演会にもDJとして参加して、開演までの時間で選曲したりとか。今後もそういう場にはどんどん出ていきたいですね。
一方で、いまは淡々と通常営業を続けたいと思っています。ミュージックバーって、ゲストセレクターを呼んだりイベントを打つのが当たり前になっているけど、イベントはその日その日で色や空気がまったく違うじゃないですか。 そうじゃなくて、そこの店に行ったら見慣れた店主がいていつもの空気が流れているという、当たり前の日常を大切にしたいんです。その先に、より濃い「リッスン」らしさが滲み出てくるんじゃないかなと。
ー最後に、今後の展望をお聞かせください。
責任感というほど大げさな話ではないんですが、横浜で生まれ育ち、いまもここに住んでいる自分が「リッスン」を始めたことには、特別な意味があると感じています。横浜という街が育んできたスピリットをぼくも受け継ぎ、その文脈の一部になっていきたい。例えば元町のオーセンティックバー「バー・エン(Bar En)」には、横浜の埠頭にあった伝説のバスバー「ジャックナイフ(Jack Knife)」や、新山下のレゲエバー「クロスロード(CROSS ROAD)」で働かれていたマスターがいます。横浜の文化をつくってきた方々からしか聞けない話をもっと聞いて、その空気感や色気を感じながら、「リッスン」をそうした歴史の一片を担っていけるような場所にしたいと考えています。

