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【Focus It.】26年目のポストオーバーオールズ。その再始動について。

2019年から活動の拠点をニューヨークから東京へと移し、8月末にはブランド史上初となる直営店をオープンさせた〈ポストオーバーオールズ(POST OVERALLS)〉。1993年1月にラスベガスで開催されたファッション展「MAGIC」でのデビューから、25年という月日を重ね、ヴィンテージワークウェアをこれまでにないまったく新しい視点で捉えたオリジナリティあふれるブランドとして、多くのファンを魅了し続けている。日本人が手掛けるアメリカブランドが日本に還り、東京でショップを展開する思いとは? その真意に迫るべく、デザイナーであり代表を務める大淵毅さんにお話を伺いました。

PROFILE

大淵 毅
ポストオーバーオールズ デザイナー

1962年生まれ。東京出身。25歳で渡米。ヴィンテージワークウェアの基盤から派生した機能服へのリスペクトをルーツに、オーセンティックな縫製やディテール、生地など様々なスタイルをミックス。25年間ニューヨークをベースに、メイド・イン・USAの新しいタイムレスな服作りを続け、2019年春夏より東京に拠点を移して再始動。

アメリカで作り続ける理由を考え始めた。

ー25周年おめどうございます! この25年を振り返ってみていかがでしょうか?

気がついたら、というのが率直な感想ですね。いろいろとあったんでしょうが、細かいことはあまり覚えていないんですよね(笑)。ブランドとしては、何も変わっていないようで少しずつ変わってきたような気もします。

ーそしてこのタイミングで拠点を東京に移されました。その理由とは?

実は数年前から“東京に戻って来よう”という気持ちはありました。〈ポストオーバーオールズ〉がデビューした1993年頃というのは、アメリカのメーカーが生産国を海外に移しはじめていた時代だったんです。でも、まだアメリカには縫製工場もありましたし、アメリカ製の生地を扱うお店も残っていました。やはりアメリカのワークウェアをリスペクトしていたので、アメリカの生地を使ったメイド・イン・USAのプロダクトにこだわるには、当時はアメリカを拠点とするのがベストだったのです。それから月日が流れて技術も進化し、あの頃はアメリカでしかできなかったことが、日本でもできるようになりました。むしろヴィンテージ風の生地やパーツなどを復刻させるなら日本の方がいいくらいです。

ーアメリカで作り続ける理由があまりなくなってきたと?

はい。あと、長年アメリカに住んでみて時間の流れが変わってしまったなって感じることが増えたんです。もしずっと日本で暮らしていたら自分はどんな服を着て、どんな装いだったんだろう? って。ニューヨークにいてもやっぱり時間の流れは遅いです。日本にいる時はもっといろいろな刺激があったのになって。

ー作り手としては、大事な部分ですよね?

そうですね。アメリカに住んでいる時も年に3~5回は帰ってきていたんですが、アメリカで作ったサンプルを着て日本の空港に到着すると、その服を脱ぎたくなるんです。ちょっと違うなって。アメリカで作って日本で売っているブランドなのに、自分が日本では着たくないってことについては、正直“これでいいのかなって”考えさせられましたね。他にもアメリカで作るとコストがかかり過ぎたり、一人っ子なので親のことなども当然気になりますし。

シンプルに“自分は今何を着たいか”を考えた。

ーさまざまな要素があったんですね。

やっぱり飯は日本で食べるのが一番美味しいですしね(笑)。メイド・イン・USAの服を作り、アメリカのブランドとして活動していましたが、ターゲットはヴィンテージに興味があったり、洋服が好きな人。そうなるとアメリカ人ではなくイギリス人やフランス人。そして一番は日本人です。今だから言えますが、アメリカで暮らすようになって最初に諦めたことって、食と洋服だったんです。

ー今のお話にあったメイド・イン・USAというのは、〈ポストオーバーオールズ〉の魅力のひとつだと思うのですが、今後の生産はどうなるのでしょうか?

基本的には、今年の春夏からほとんどの商品が日本製です。生産国をどうするかというのは、前述した日本の技術の進化というだけでは図れない部分も多いです。工場とのやり取りはアメリカの方がスムーズだったりもしますし、アメリカにいる時は、いろいろなモノやコトを日本でインプットしても、最後にカタチにしていたのはニューヨークのオフィスだったので、どちらを拠点にしてもメリット、デメリットはあります。でも、服作りにおいて一番大事にしているは、“自分は今何を着たいか”ということです。シンプルにその一点に絞って考えてみると日本だったという訳です。

お店で直接お客様と話してみたい。

ーブランド初となる直営店(兼オフィス)もオープンしました。お店を作ろうと思ったのは?

今までは卸先さんとの交流はありましたが、実際に着ていただいているユーザーさんと直接お会いする機会がなかったので。是非話してみたいなという思いからです。

ーそしてやはり気になるのは八幡山(東京都杉並区上高井戸)という場所です。

実は地元が近くて、子どもの頃からこの辺りの土地勘はありました。この場所も中学生の頃はゲームセンターだったんです。確かその前は、ファミレスができる以前の深夜営業のレストランだったと思います。とにかく斜に構えた感じの佇まいが格好良かった。で、お店をオープンさせる前にこの物件を所有していたのが、たまたま昔からの友人だったという縁もありました。もちろんビジネス的にここはどうなんだろう? と考えましたが、自分が週末に足を伸ばすなら渋谷や原宿ではなく郊外かなって。その方が自然だろう思ったので、この場所に決めました。

ーお店のデザインについては?

友人が所有していたときは倉庫にしていたので、パシフィックファニチャーサービスの石川さんにお願いして全面的に内装を変えてもらいました。これは後から知ったのですが、高校生の頃に通っていた大好きなレゲエバーがあって、そこがめちゃくちゃ格好良くて。オーナーは別ですが、実はそのお店を任されていたのが、後の石川さんだったんです。

ー縁を感じますね。内装の面で石川さんにリクエストしたことは?

“日本の中にあるアメリカ”みたいな、アメリカにあるアメリカではなく、ちょっと湿気の多いというか。もう少し具体的に言えば“昭和20~30年代の日本にあるアメリカ”を表現して欲しいとお願いしました。

自分が着たいものを作るというスタンスは変わらない。

ーお店には、新作はもちろんブランド設立当初からのデッドストックも並んでいます。

改めて見るとフィット感が全然違いますよね。自分の服装もそうでしたが、ブランドを始めた頃は大きめのサイジングでパンツもダボダボなものが主流でした。今考えるとありえないんですが、逆に若い人にとってみれば、それがまた普通になっていたりと。昔のモデルから今のモデルを含め、様々な世代の人たちが、それらをどんな風に着こなすのか。それを見てみたい、というのものデッドストックを並べている理由ですね。

ー最後に今後の展望を教えてください。

自分が着たいものを作るというベースは変わりません。ただ、アメリカから日本に移ったことで、必然的に着たいものも変わるでしょうし、作るものも変わっていくと思います。その中で、自分たちだけでは作れないものがあれば、他のメーカーさんと協業していただくこともいいですし、例えば古着ズバリでも、フィット感を変えればもっと良くなると思ったら、それをブランドとして作っていきたいとも思います。今後はお店でも小物でも、気に入ったものがあれば展開していきたいですね。

Photo_Katsunori Suzuki
Text_Yasuyuki Ouchi

SHOP INFORMATION

POST O’ALLS STORE

住所:東京都杉並区上高井戸1-14-10 1F
電話:03-5942-1545
時間:12:00~20:00
定休:水曜日
http://postoveralls.com
https://www.instagram.com/postoalls/

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