いまや一過性のトレンドではなく、ますます進化を遂げていくクラフト飲料。クラフトビールやクラフトコーヒーに続く、新たなトレンドとして浮上しているのが、クラフトコーラです。クラフトコーラとは、「天然の材料を使い、小規模な工房で職人がつくるコーラ」を指し、「手作りできない」、「身体に悪い」といったイメージを見事に覆したのが、「伊良(イヨシ)コーラ」です。
そんな「伊良コーラ」は2018年7月、一台のフードトラックとしてスタート。世界初のクラフトコーラ専門メーカーとして即座に注目を集め、今年2月には「伊良コーラ総本店下落合」をオープンさせました。さらに、今年7月末に販売予定の「瓶入りコーラ」には、2万本もの予約が殺到するなど、その勢いは留まることを知りません。
順風満帆に思える道のりですが、代表の小林隆英さんは「まだまだ自分の描くビジョンには程遠い」と話します。では、「伊良コーラ」が目指すものとは一体。これまでの軌跡を振り返りつつ、クラフトコーラの仕掛け人である小林さんに話を伺いました。
ー「伊良コーラ」立ち上げの経緯を教えてください。
子どもの頃から大のコーラマニアで、大人になってからも世界各地のコーラを飲み歩いていました。それがあるとき、ネットで100年以上前のオリジナルコーラのレシピを偶然見つけて。あまりに衝撃的で、早速材料を揃えて、コーラづくりを始めてみたんです。でもレシピ通りにつくってもなかなか美味しくならなくて。
半分諦めかけていた時に、漢方職人だった祖父の遺品整理をしていたら、祖父が残したレシピや道具が出てきたんです。『これはコーラづくりに活かせるかも』と思って、火の入れ方や工程を変えてみました。そうしたら、風味や味が格段に良くなったんです。満足のいく味に仕上がるまで、レシピを見つけてから2年半が経ってました。それからすぐに、フードトラックのカワセミ号で移動販売をスタートさせました。
ーコーラづくりを始めた頃は、サラリーマンだったんですよね?
そうですね。最初の頃は、平日は会社で仕事、土日は移動販売という感じのダブルワーク。「青山ファーマーズマーケット」など、カワセミ号で都内各所を回ってましたね。地道に活動を続けていくなかで、いろんなメディアさんで取り上げていただいたり、ミニシアターの「アップリンク」さんに置かせていただいたり。どんどん知名度が広がっていくにつれ、このコーラは自分にしかつくれない自信がついたので、これ一本で生きていくことを決意しました。
ーそして、今年2月には満を辞して工房を備えた「伊良コーラ総本店下落合」をオープン。都心から離れた下落合にしたのはなにか意図があったんですか?
この下落合の店は元々、祖父の仕事場だったんです。だから、下落合にこだわったというよりは、祖父が大事にしていた場所を守りたかったという想いが強かったですね。あと、祖父への罪滅ぼしも理由のひとつです。
ー罪滅ぼしってどういうことですか?
小さい頃はこの場所でよく祖父の手伝いをしてたんです。でも、大きくなるにつれて漢方づくりっていう、人とは違う仕事をしている祖父に疑問を感じ始めたんですね。それから次第に離れてしまったというか。
いま振り返ってみると、当時は凝り固まった既成概念やつくられた価値観でしか、物事を見ることができていなかったなって。祖父の偉大さに気づいたのは、社会人になってから。自分がかっこいいと思っていることを追求することが、一番かっこいいっていうことにようやく気がつきました。
ーなるほど。確かに信念を持って一つのことに取り組んでいる人はかっこいいですよね。
そうですよね。例えば、昆虫食伝道師の篠原祐太さん。彼も、虫はゲテモノというイメージを覆して、「食」としての虫の価値を世の中に発信していますよね。
あとは、スティーブ・ジョブス。得意分野を追求して、アイデアを新しい価値にして、世の中を変えるっていうことが、私の目指すものと重なるんです。魂を削って削って、削りまくって、その削りカスがiPhoneになって。言い方が悪いかもしれませんが(笑)。 魂ってそうしていくうちに磨かれていくんだと思うんです。
ーどれだけ情熱を注げられるかっていうことですね。
適当な気持ちでものづくりをしていると、お客さんにも見透かされちゃうんです。飲食に限らず、映画や音楽もそう。だから私も手を抜きたくないんです。
ーそこまでコーラに情熱を注げられるのはどうしてですか?
コーラづくりを始めた時、とてもワクワクしていたんです。単純に好きだったからという理由もあるんですが、コーラが持つロマンとか、ポテンシャルとか、そういうのを全部ひっくるめて、いいなと思ったんです。
大学で生物学を学んでたんですけど、人間には顕在意識と潜在意識っていうのがあって、普段考え事をするときに使っているのが顕在意識。でもそれって全意識の10%でしかないんです。残りの90%は潜在意識。直感で行動したり、惹かれると思うときって、この潜在意識が無意識のうちに使われているってことなんです。そういう意味でぼくがワクワクしたっていうのは、クラフトコーラの可能性や発展性を、自分の脳の90%がめちゃくちゃ計算した結果だと思うんです。
ーただ単に好きだからではなく、明確な根拠があるんですね。
はい。変な話、コーラってそもそも何なんだろうって、ずっと疑問に感じていました。コーヒーとかオレンジジュースって、何でつくられているのか、明確な飲み物じゃないですか。でも、コーラってよくわからない。そんな謎の液体なのに市民権を得てますよね。それが面白くて。よくよく調べてみると、そもそもコーラがコカイン中毒者を救うためにアメリカの薬剤師が開発した飲み物だったことや、コーラの実がガーナでは“神からの贈り物”と呼ばれていることがわかって。知れば知るほど奥深い世界だったんです。
ークラフトビールやクラフトジン、最近ではクラフトコーヒーも話題になっていますが、クラフトコーラまだまだ珍しい存在ですよね。
実は少しづつ増えているんです。ただ、私たちみたいに自社工房でつくったり、お店を出したりっていうのはないですね。なかなか販売できるレベルにはならないんです。スパイスの調合や火力調整の難しさがあるし、それ以上に、「コカ・コーラ」っていう正解があるじゃないですか。だから、それと比べた時に、クラフトコーラといえども簡単には売り物にできないんです。そのハードルの高さはありますね。
ーその壁を越えるために「伊良コーラ」がこだわっていることは?
一番は、製法ですね。普通はいろんな素材を一気に煮込むんですが、私たちは特殊な火の入れ方をしているので、香りや風味も全く違います。コーラの実も、ガーナまで行って生産者と直接話して仕入れています。
クラフトコーラで一番大事なのは、顔の見えるものづくりだと思うんです。どんな工房でどんな職人がどうやってつくっているのか。だからここをオープンさせたっていうのもあります。
ーつくり手の顔が見えるって、コーラに限らずものづくりにおいてすごく大切なことだと思います。話は変わりますが、「伊良コーラ」は疲労回復も期待できると話題になっていますよね。
スパイスの効能ですね。スパイスってお薬とニアリーイコールなんです。例えば、シナモンには身体を温める効果があります。コーラは身体に悪いというイメージがあるじゃないですか。私もそういった既成概念を覆して、もっと健康にいいものをつくっていきたいんですよ。
ー今月には丸山珈琲さんとのコラボ商品もリリースされましたね。意外な組み合わせで、正直びっくりしました。今後もこういったコラボシリーズは展開されるんですか?
はい。ありがたいことに「丸山珈琲」さんからお話をいただいて、コーヒーと混ぜるためのシロップをつくらせていただきました。
他に予定しているのは、「ダンテライオンチョコレート」さんとのカカオコーラや、「大山甚七商店」さんとのコーラ焼酎。「伊良コーラ」のコアターゲットは私だと思っているので(笑)、私が飲みたいと思えて、お客さんにも喜んでもらえそうなものであれば、積極的にコラボしていきたいと思っています。
ーどれも意外性のある組み合わせで、飲んでみたくなるものばかりですね。都内だと、下落合店以外にどこで飲めるんですか?
「アップリンク」さん以外だと、「代官山蔦屋」の「アンジン(Anjin)」さんですね。そして、7月から一気に100店舗ほど増えます。ロンドンのセレクトショップとも取引が始まっています。
というのも、今まではシロップがメインだったんですけど、今度から瓶コーラをメインに販売していきます。瓶コーラ専用の自動販売機も準備していて、ここの店頭と、「レイヤード ミヤシタパーク」のセレクトショップ「イコーランド」に設置します。
ー今後の展望を教えてください。
まずは日本中に瓶コーラの卸しを広げて、次は世界にも発信していきたいです。あと、私たちの存在を知ってもらうという意味で、気軽に立ち寄れるコーラスタンドもいくつか出店していきたい。コーラメインのカフェもつくりたいですし、そうなってくるとフードも必要ですよね。伊良コークハイとか、アルコールドリンクをつくるのも面白そう。ゆくゆくは、工房、フードコート、直売所が一体になった施設をオープンさせたいんです。イメージでいうと、中目黒の「スターバックス リザーブ ロースタリー 東京」みたいな。
ー小林さんが目指すゴールとは?
最終的には、「コカ」、「ペプシ」、「イヨシ」って呼ばれることを目標にしています。そして、国力にも繋がって、日本の文化を発信していけるような存在になりたいです。なにより、私たちが世界に挑戦していくことで、子供たちに夢を与えたい。
いまの日本って、優秀な学校に通って、大企業に就職することが良しとされてるじゃないですか。でもそれは、引かれたレールの上を歩いてるだけであって、働く理由とか、生きる理由の答えにはなっていないと思うんです。
そういう社会だから、やりたい仕事があっても、挑戦しない人が多い気がしているんですよね。それって、世の中をゼロかイチ、黒と白で考えているからだと思うんです。実際は、グレーゾーンもあるグラデーションなのに。だから、会社に勤めながら、コーラをつくることだってできる。私は自然の法則からズレていないことに不可能はないと思っています。
スーパーマンになって空を飛ぶとかは無理ですが、自分のブランドをつくって世界一になることって、自然の法則からも人間社会の法則からもズレていないと思うんです。私たちがそれを証明することで、子供達が夢を持つことのロールモデルになれたらなって。「伊良コーラ」を通して、世の中の既成概念や常識を壊していくこと。それが私の天命だと思っています。
Photo_Tatsuya Michishita