シーズンを重ねる毎に円熟味を増す〈ジル サンダー(JIL SANDER)〉。このブランドにはラグジュアリーなファッション特有の煌びやかなムードではなく、着るひとの個性を自然に引き出す飾らない美しさがあります。それはもちろん無味無臭のノームコアではなく、つくり手の温度が感じられるものであり、手に取った人の感性に訴えるものです。
公開されたばかりの2020年秋冬シーズンのキャンペーンビジュアルにもこのブランドをより深く知るための鍵が隠されています。
普通キャンペーンビジュアルといえば、ひとりの写真家にクリエイティブを託しますが、〈ジル サンダー〉を手がけるルーシー&ルーク・メイヤー夫妻が声を掛けたのは5人。以前からメイヤー夫妻と親交のあるマリオ・ソレンティ、アンダース・エドストローム、オリヴィエ・ケルヴェルヌ、クリス・ローズ、リナ・シェイニウスです。ファッションフォトを牽引する大御所から気鋭の作家まで、彼らの作風はさまざま。さらに、スティーブン・キッドがただひとり映像作家として参加しました。それではビジュアルとムービーを見ていきましょう。
それぞれのシューティングは世界の都市がロックダウンされている最中に行われました。
そのため、被写体に選ばれたのはプロのモデルではなく、写真家のパートナーや子供、友人、動物。ロケーションも家や庭といった身近な範囲に限定されたといいます。
未曾有の事態のなかでも、メイヤー夫妻は一人ひとりを信頼し、ブランドの解釈を委ね、それぞれの作家の視点で今シーズンの世界観を表現する選択を取りました。完成したビジュアルは、奇しくも人々の心の内側を代弁するような、会いたくてもひとに会うことが許されない孤独な世界を描いているように感じます。
ファッションの世界において恵まれない時ほど、意外性のあるクリエーションが生まれるといわれますが、これらはまさに〈ジル サンダー〉の地力を見せる作品になったのではないでしょうか。
このキャンペーンビジュアルは現在進行中のコラボレーションプロジェクトのひとつ目で、今後まとめたものを書籍として刊行する予定とのこと。パブリッシング部門のある〈ジル サンダー〉がどのような作品集を出版するのか期待が膨らみます。