ヌーヴェルヴァーグの旗手として、映画界に革命を起こしたジャン=リュック・ゴダール。そんな彼の名前を冠したショップ「ゴダール(Godard)」が、東京・代々木にオープンしたのは2019年3月のこと。
そして、それから約1年の月日が経ったいま、その姿は「ゴダール ハバダッシェリー(Godard Haberdashery)」(以下、ゴダール)という新たな屋号とともに、渋谷と表参道のちょうど中間、青山通りから一本入った小道にありました。
手掛けるのは、元「ドーバー ストリート マーケット ギンザ」(以下、ドーバー)のバイヤーとして知られる笹子博貴さん。ファッションに興味を持つ方であれば、この肩書が持つ意味は言わずとも分かるはず。しかし、ここで伝えたいのは、その輝かしい過去の経歴ではなく、「ゴダール ハバダッシェリー」のいまと、そこに込められた笹子さんの想いです。
ー「ゴダール」を立ち上げるまでの簡単な経歴を教えてください。
ロンドンやパリで遊学をした後、〈コム デ ギャルソン(COMME des GARÇONS)〉に入社して、2012年のオープニングから「ドーバー」に7年間在籍していました。
ー早くにバイヤーに昇進されたとお聞きしました。具体的にはどのような業務をされていたんでしょうか?
ショップに立ちつつ、バイヤーやVMD(ビジュアルマーチャンダイジング)まで諸々をやっていた感じです。はじめは取り扱いのある日本のブランドをバイイングしていて、海外にガッツリ行きはじめたのはもう少し後になってから。
あのお店でバイヤーをしていたのは、ぼくともう1人の女性スタッフしかいなくて、その2人でほとんどのブランドの買い付けをしていました。だから、出張に行くと、あちこちをひたすら回るっていう生活で。
ー錚々たるブランドを買い付ける「ドーバー」での経験から学んだことはなんですか?
ものを選びに行くことは誰にでもできるので、ブランドやデザイナーの人たちとコミュニケーションをとって、彼らの人となりや哲学を汲んだうえで買い付けをしなければならないということ。そして、それをまた売り場に伝えていかなければならないということが、バイヤーの大きな仕事だと学びました。
ー確立された地位にいたにも関わらず、どうして独立という道を選ばれたのでしょうか?
移ろいの激しいファッションのサイクルの中にずっといたんですけど、そこには元々疑問を持っていて。プライベートでは、真逆のゆっくりとしたサイクルのテーラリングが好きだったので、なにかそれで出来ることはないかとずっと模索していました。
だから、大きい会社に属するのではなく、自力で苦しみながらでも、既存のサイクルとは切り離されたところで服の仕事をやりたいと思ったことがきっかけですかね。
ー「ドーバー」はまさにそうした流行のなかにあるモードの世界ですよね。
「ドーバー」がやっているのはファッションで、流行をつくっていく仕事なので。「ゴダール」はモードとは対極の、違う時間軸にあるお店です。
ー独立後、様々な選択肢があったかと思いますが、自身のお店をオープンされた経緯を教えてください。
ものを選ぶセンスは、視覚的に実体験しないと養われないものだと思っていて。だから、趣味がいいものを取り揃えて、実際に見れる店舗を持つことはすごい意味のあることなので、それでお店を始めようと。
ー退職されてから、「ゴダール」を立ち上げるまではどのように過ごされていたんですか?
2018年の末に退職して、その年のうちに自分の会社を設立しました。それから、まず最初にはじめたのはフリーランス。日本のブランドの商品企画に参加したり、ポップアップを開催するときの商品のセレクションとVMDをしたり、便利屋さんみたいなことをしていました。1月はパリに行きつつ、お店を開ける準備をして、3月に代々木にオープンという流れです。
ちなみに、このスタイルはいまも続けていて、午前中はそうしたコンサルティングのような仕事をして、それが終わってからお店をやっています。
ーだから、お店のオープンが15時からなんですね。
お店以外の仕事が基盤にあるからこそ、「ゴダール」は売り上げを気にせず、自分の趣味を押し出したお店に出来ていて。なので、売れ線をつくらず、妥協点がない商品ラインナップになっているのは強みかもしれないです。
ーそして、代々木にオープンされてから、約1年後に青山でリオープン。どうしてそんなにも早く移転されたのでしょうか?
タイミングですね。元々こういうお店を作りたくて、代々木にオープンしてからも物件を探していたんです。だからここは一つの完成形。
ーなぜ青山だったんですか?
商業圏から離れた、少し辺鄙な場所でひっそりやることに変わりはないんですけど。いいお客さんがたくさんいるので、大人の方に失礼のない、もっとゆったり、温もりを感じられるようなお店の方がいいなと思って。
ー移転するにあたって、こだわったポイントなどはありますか?
床には拘りました。貼り方はフレンチヘリンボーンで、イメージは「ルーブル美術館」。ゴダールの『はなればなれに』で「ルーブル美術館」を走る有名なシーンがあるんですけど、その時の床は全部これなんです。同じオーク材を用意してもらって、色も結構細かくミーティングして組んでもらいました。だから、工期も予算も何倍にもなるんですけど、やっぱり床が一番大きな家具だと思って、ここは譲れなかったポイントです。
ーパリの学生街、カルチェ・ラタンをイメージし、青山学院の真横というこの立地を選んだとブログで拝見しました。「ゴダール」という店名や、インテリアなどからもパリの雰囲気を強く感じます。
単純にパリが好きということに尽きるかな。やりたいのはフレンチな感じで。
一般的に思い浮かぶフレンチスタイルって、大方日本人が妄想で作り上げたものだと思っていて、実際パリに行くとそんな格好している人はひとりもいないんですよ。そのファンタジー感というか、ロマンチックな感じは、型がなくて面白いかなって。
ちなみに、イタリアも好きなんですよ。フィレンツェにあったとあるお店は、世界の超一流のメーカーに別注でオリジナルを作っているんですけど、その個人経営のお店の原風景というか、セレクトショップのプロトタイプみたいな感じがすごい良くて。
なので、「ゴダール」は、店主が一人で切り盛りしていて、提案しているものは趣味丸出しのフランス的なものっていう、自分が好きなフランスとイタリアを掛け合わせたお店になっています。
ーお店のコンセプトを教えてください。
テーマは“Intelligence and Romance(知性とロマンス)”で、清潔感があってきちんとしているように見えるけど、フワッとセクシーなものを目指してやっていて。日本人が考えるフレンチスタイルとか、フランス人から見たアメリカンスタイルとか、そうした空想から生まれたスタイルを提案しています。要するにファンタジーです。
ーそのテーマの原点にあるのは、お店の名前にもなっているジャン=リュック・ゴダールなんですか?
やっぱり映画ですかね。フランス・イタリア映画もフィクションであり、ファンタジーですから、そのテーマに通じていて。
ー先ほど妥協点がない商品ラインナップになっていると言われていましたが、具体的にはどのようなアイテムが並んでいるんですか?
代々木時代といまの青山でやってることはちょっと変わって。代々木では、「ドーバー」の時に懇意にしていた〈ナマチェコ(namacheko)〉や〈ステファン クック(STEFAN COOKE)〉みたいな新鋭ブランドと、自分の趣味を織り交ぜて、テーラードとモードを合わせるスタイルを提案していました。
どちらのブランドも、ネタにしているものとか、シーズンのテーマがテーラリングに通じる服づくりをしていたので、近からず遠からずのものを混ぜたら面白いかなと思って始めたのが代々木時代です。
ーではこの青山は?
いまはモードの買い付けは一旦お休みしていて、もう少しテーラードに軸足を置いています。並んでいる商品は本格的なものなんですけど、提案しているのは崩して着るようなスタイル。“本気のもので遊ぶ”っていうのをひとつのテーマにしていて、いまは本気のものを集めているタイミングです。
ーなぜ商品ラインナップを変更されたのでしょうか?
ここ数年、モードとアーカイヴをミックスしたようなお店が急速に増えているので、もっと振り切った方が強いかなと思って。この青山の内装に合わせて、商品ラインナップも変えたって感じです。
ーテーラードと聞くと、着方のルールやマナーが厳しいイメージがあります。
少し硬いイメージのものを揃えているんですけど、着方はお客さんにお任せしています。どう着るかを考えるのも楽しい時間ですし。元々が自分の趣味を丸出しにしてるお店なんで、そこで一旦押し付けてるじゃないですか。それを着方まで押し付けちゃうと、本当に厚かましい店になっちゃうので。
ー並んでいるのは〈ワンシャンリン(wan shan ling)〉や、〈マナス(Manas)〉など聞き慣れないブランドばかりですが、これはセレクトになるんですか?
一緒に企画して、このお店のために始めてもらったブランドみたいな感じなので、厳密に言うと買い付けではなくて、企画もの。代々木時代は古着とかブランドのアーカイヴとかもやってたんですけど、一旦リセットして、いまはそういう企画ものものだけになってます。
ーじゃあもうセレクトショップではないんですね。
うちはもはやセレクトではないですね。代々木の時は半分そうでしたけど。
ー店名についてる「ハバダッシェリー=洋品店」というのは、セレクトに変わる新たな呼び名なんですか?
他に呼び名がなくて一応つけてるんですけど。いまみんながやってるようなお店とは違うので、名前はまだないって感じです。
“ハバダッシェリー”というのは、イギリスで紳士用品店の意味合いで使われていて。ジャケット、トラウザー、シャツ、アンダーウェアみたいなスーツ以外の紳士用の日用品が置いてある場所なんです。
元々サヴィル・ロウに「アンダーソン&シェパード」っていう老舗のテーラーがあって、そこが始めたのが「ハバダッシェリー」ていうお店で。スーツは「アンダーソン&シェパード」でビスポークして、そこにくっついてる「ハバダッシェリー」でそれ以外のものを揃えるんです。そういう文化がイギリスには結構あって。だからうちもスーツはやらずに、基本ジャケット、パンツ、シャツを提案してます。
ーこの「ゴダール」というお店を通じて、伝えたいことはありますか?
お店というものをみんなにもう一度考え直してほしいです。いまは気軽なお店が多過ぎるので、今日ここに行くからちゃんとした格好をしようとか、これとこれを合わせたら怒られそうとか、そういった緊張感みたいなものを取り戻して欲しい。お店が行きづらい場所にあるのもそれに通じていて。
ー笹子さんにとって、ファッションとは?
うちに置いてある服を着ると、おそらく外で座ったり、コンビニの前でたまったりすることが恥ずかしくて出来なくなると思います。そういう風に、服は自分を律してくれるものじゃないでしょうか。