教科書を開いても、通学路の隅っこに目を凝らしても見つからない社会やファッションのエトセトラ。それが大学の購買部で発見できるとしたら、どうだろう。そんな夢のような構想を掲げ、大阪学院大学の購買部をセレクトショップに変えたのが「スタンドセブン」です。
必修科目は「ファッション」「ヴィンテージ」「トラベル」など、たったの10教科。その仕掛け人である永原太蔵さんの話に耳を傾ければ、これまでにないショッピングの在り方がそこにはありました。
SHOP
大阪学院大学内のブックセンター(紀伊國屋書店)内に、オープンしたスタンド形式のセレクトショップ 。ファッション、カルチャーにまつわる要素で構成され、オリジナルのカレッジTシャツや、〈ニューエラ〉とコラボレーションしたキャップのほか、世界中からセレクトされたアイテムが展開される。10月には「スポタカ」×〈NIKE SB〉 によるポップアップイベントも開催。
PROFILE
「ロンハーマン」などの高感度セレクトショップで 20年にわたりバイヤーを務め、ヨーロッパのクラシックからLAのストリートまで、ファッションのあらゆるジャンルに精通する。「スタンドセブン」では、その知識と経験からなるクリエイティビティが存分に発揮されている。
教師になりたかった元バイヤーがつくった、“学べる”セレクトショップ。
ー20年以上にわたってファッション業界に携われている永原さんですが、そもそもこの業界に入ろうと思ったキッカケはなんだったんですか?
実は学生の頃、教師になりたくて四年生の大学に通っていたんです。ただ4年間のなかで、小中高大、さらにどの教科を教えるかっていうのを決めきられなかったんですよ。教育に携わりたいという思いは強かったんですが、どうすれば生徒たちに還元できるかわからなかったというか。
だったら、一度自分の好きなことをやってから考えてみようと思ったんです。それでファッション業界を選んだって感じです。
ー服飾学校を卒業したわけじゃないんですね。教師になりたかったというのも意外でした。
服は昔から好きだったんですけどね。それで洋服のプロになるためにはイチから勉強しなくちゃダメだと思い、はじめはセレクトショップのクロージング部門で販売員として働き始めました。最初の6年は店頭で、そのあとはバイヤー。バイヤー時代にはかなりの頻度でアメリカやヨーロッパへ行ってましたね。
ーそのあと、スーツからカジュアルの担当になったんですよね?
はい。TPOや洋服の構造といったクロージングの基礎はスーツで学べたので、カジュアルの厚みが増したと思うんですよね。カジュアルって自由と言えば自由じゃないですか。でも、その裏にはいろんな歴史やストーリーがあって、それらを踏まえて説明できたので、そういった意味ではほかのバイヤーさんたちとは違うアプローチができたのかなって思いますね。
ーそんなキャリアを歩んできた永原さんが手がけたこの「スタンドセブン」は、どんな経緯があってオープンしたんですか?
昨年末に大阪学院大学で講義する機会をいただいて。バイヤーの経験を元に、ファッション業界の話をさせてもらったんです。そのなかでパリでの出来事やブランドが持っているフィロソフィーなど、写真や映像を交えながらお話したんです。
最初はそんなに人は来ないだろうと思ってたんですが、蓋を開けてみたら立ち見が出るくらい。それも生徒さんだけじゃなく、高校生や地元の方もいらっしゃって、300人ぐらいの方に来ていただけたんです。
ー講演という形とはいえ、20数年を経て教壇に立たれたのが、なにか運命めいたものを感じますね。
本当にそうなんですよ、その講演が終わってから、忘れていた感情がワッと溢れてきて。バイヤー時代には学生と話す機会はほとんどなかったので、それがとても新鮮でした。なによりファッション業界の外にいる人たちの声は、自分にとって学ぶことが多かったです。その講義が終わって「僕が学校や学生たちに、何かやれることはないか」ってすぐにスイッチが入っちゃって(笑)。
ー20年前に結論の出なかった“還元”というものが、ファッションと結びついたわけですね。
まさにそんな感じでした。写真や映像、話だけじゃなく、もっと立体的な表現がしたくなったんです。僕が講演で話した内容を、学生たちに実際に見てもらったり、感じてもらえる場所をつくりたいと。その想いを大学側に伝えたら「ぜひ」という返事をいただいてこのプロジェクトがスタートしました。本当に大学の方々には感謝しかないです。
ファッションを学ぶ、10の必修科目。
ーなるほど、そういう経緯があったんですね。ファッション学科のない一般的な大学にオープンしたというのも面白いですよね。
普通の購買部を良くして、カレッジウェアとかをもっとカッコよくしたかったんです。購買部をセレクトショップに変えたのも、モノをつくるというより、自分のバイヤーとしての経験を一番活かせられる形だと思ったからなんですよね。
それにヨーロッパやアメリカだったり、さまざまな国のいろんな人やモノと出会ってきて、そういう仲間たちも「スタンドセブン」に巻き込んで、みんなで面白いことやろうよという気持ちもあって。それをわかりやすく伝えられる形としてセレクトショップが最適だったんです。ただ、何でもありのお店にはしたくなかった。
ーだからこそ、「スタンドセブン」を構成する要素は10個に絞ったんですか?
そうです。「オリジナルグッズ」「ヴィンテージ」「スポーツ」「ビューティー」「リビング」「トラベル」「アート/ブック」「ゲーム/プレイ」「ポップアップイベント」など、10個の要素は、店を通じて学生たちに伝えたい必須科目だと思っていて。
OGUオリジナルカレッジスエット ¥4,500+TAX
「OSAKA GAKUIN UNIVERSITY」の頭文字を取って“OGU”。ロゴの縁は、ぷっくりと立体感がある。
例えば「ヴィンテージ」。過去の名作があって、いまの服があるということを知ってほしいし、着て学んでほしいんですよね。このOGU オリジナルスエットなんかも80年代のアメリカのカレッジものをモチーフにしています。このアイテムが買えるだけじゃなく、70年代や80年代の〈チャンピオン〉のヴィンテージスエットも置いてあるのは、そういった意図があるからなんです。ほかには、〈ティファニー〉のシルバーアクセや〈リーバイス〉のヴィンテージもあります。
ーヴィンテージを知ることは、現代ファッションの理解を深めることになりますよね。いわば歴史の授業のような。
はい。そして、「トラベル」。いまはこんな状況なので、なかなか渡航できませんが、学生さんには旅行に行って、いろんな体験をしてほしいと思っています。だから「JAL」と「ANA」の機内誌を提供してもらって、ショップ内で読めるようにしています。あれって大人が読んでも楽しめるんですよね。
ほかには〈ニューエラ〉とのコラボだったり、稲村ヶ崎にある「ラッシュ ウェットスーツ」というウェットスーツ屋さんとつくったトラベルポーチもあります。最初は「こんな小さい小物作ったことないなぁ」って言われてたんですが、ワガママを言って特別に(笑)。あとは、アメリカで仕入れたお皿やペンケースなんかの雑貨、女の子に向けたコスメもあります。
New Era® 別注カレッジキャップ ¥5,800+TAX
フロントの“P”は、学校のイメージキャラクターであるフェニックス(Phenix)から由来。
トラベルポーチ ¥15,000+TAX
ウェットスーツ素材ゆえ、防水性にも特化。カラバリも豊富だ。
20年で出会った仲間とだからできること。
ー「学生のために」というコンセプトだから、ブランドさんも前のめりになって応じてくれたんでしょうね。
本当にそうで、「ぜひっ!」という声を多くいただけました。あとは毎月ひとつのブランドにクローズアップし、ポップアップイベントに加え、生徒たちとコミュニケーションをとれる場の両方を行っていきたいと思っていて。学生さんがブランドのことを知れるだけじゃなくて、ディスカッションを通して、いまの学生さんが何を考えているのかをブランド側が知れるいい機会だとも思っているんですよね。
ーそのポップアップの第一弾が、「スポタカ」×〈NIKE SB〉ですよね。
そうです。明治時代中期に大阪で創業された老舗スポーツショップの「スポーツタカハシ」さんです。ポップアップでアイテムが買えるだけじゃなく、講義では〈NIKE SB〉のフィロソフィーや「スポタカ」さんが見てきた関西のスケートカルチャーだとか、普段店頭では聞けないような話ができる場を作ろうと考えています。
ー一般の方もショップ内に入れるんですか?
全然入れます。大学って生徒だけじゃなく、実は誰でも入れるようになってるんですよ。だけど、そんなオープンな場所なのに、日本の大学ってなかなか行く機会がないじゃないですか。アメリカの大学だと、地域全体がの大学やスポーツチームを応援していたり、それこそ大学内で仕事してる人がいたりします。そういう大学と地域の繋がりみたいなものもこのショップを通じて実現できたらと思ってますね。
ー海外出張の際に、海外の大学に行ったりもしていたんですか?
頻繁に行ってたわけじゃないんですが、カリフォルニアやサンディエゴ、UCLAなど、5、6校くらいは行きましたね。そのときに購買部ももちろん見てました。校内に大きな寮があって、街のようになってるんですよ。それが面白かったですね。
ー内装はどなたに依頼されたんですか?
宮大工でもあり、スケーターの大場康司さんにお願いしました。ディスプレイ用のスタンドや試着用のイスなど、什器はその場で手づくりしてもらいました。足りないものがあれば、その場でつくるみたいな感じで。無機質なスチールとかではなく、温もりのある空間にしたかったので、木材が得意な大場さんだってすぐに思い浮かびました。
ーそしてロゴデザインは、日本のサーフアートの第一人者でもあるKoji Toyodaさんに。
はい、「スタンドセブン」のロゴやカレッジスエットのデザインをお願いしています。豊田さんはぼくの先生みたいな人なんです。ぼくが書籍や映像でしか知らない情報も、原体験を交えつつ事細かに教えてくださるんですよね。「70年代のカリフォルニアにはこういう人たちがいて」みたいな。
その当時、そこにいないと経験できなかった言葉とか、色とか、匂いとかそういうものを伝えてくださるんです。それってどんな本を読んでも知り得ない情報なので、心から信頼しているグラフィックデザイナーさんですね。
カレッジTシャツ ¥3,000+TAX
デザインもさることながら、柔らかな肌触りと光沢感のある生地感が秀逸。
ーいま永原さんが「スタンドセブン」で行おうと思っているのは、まさにそういうことですよね。
そうですね、豊田さんから聞いたことをぼくが学生たちに伝えていかなきゃと思っています。ファッション業界に興味を持ってもらいたいし、洋服をもっとよく理解してほしい、そのきっかけづくりになれたらいいですね。
“買うだけ”で完結しないショッピングの楽しみ方。
ーいまの学生と永原さんの学生時代とでは、ショッピングの仕方やファッションの捉え方が違っているような気がしました。
当然、時代も違いますし、そうかもしれないですね。ぼくが大学生の頃は、アメカジブームが少し落ち着いて、〈A.P.C.〉とか〈ヘルムート ラング〉とか、いわゆるヨーロッパのきれいめカジュアルが人気になってきて、そこにアメカジアイテムや〈ナイキ〉をミックスするようなスタイルでした。あとはヒップホップカルチャーが台頭してきたり、レディースだと、〈プラダ〉のデザイナーがミウッチャ・プラダになって、ストレッチ素材のパンツやスカートが大ヒットみたいな。
ーさまざまなカルチャーが混ざり合っていた時代ですね。
そうです。いろんなカルチャーがあらゆるところから出てきて、ファッション業界全体がバトルロイヤルのような時代だったと思います。世界規模でエンジンが掛かっているというか、みんなファッションに興味があったんじゃないですかね。
新しい服を着ることで自分が変われたり、自己表現しているような感覚。いまの子たちは価格で服を選んでいる子も多いのかなって思いますね。もちろん、ファストファッションにもいい服はいっぱいあるんですけど、その背景にあるストーリーをどこまで理解してるのかなって。
ー選択肢が多すぎて、どう選んでいいのかわからないのかもしれないですね。
ですね。それとファストファッションの店で叱られることってないじゃないですか。小学生のときなんか、米軍基地の近くにあった古着屋に行くと「お前にはまだ早い」って言われたり(笑)。でも、これはいつのモノで、どういうモノなのかを本当にいろいろ教えてもらいました。〈リーバイス〉の501を初めて買って履いたときは、ストーリーが先に入っちゃてるので、ハリウッドスターになった気分でしたね。
いまは、簡単に買い物を済ませてしまうような気がしていて。ショップでどれだけコミュニケーションが生まれているんだろうなって思うことがあります。ただ買うだけで終わってしまったら、もったいない。
ーそれに加えてオンラインショッピングだと、誰と話すことなく買い物が完結してしまいますよね。
そうなんですよ。買い物という行為自体が変わりつつありますからね。便利ではあるもののやっぱりコミュニケーションは大切にしていきたい。
「スタンドセブン」が、いろいろな人のコミュニケーションの場になってほしいですね。人の話を聞くこともそうなんですけど、自分で体験してこそモノの魅力がわかると思うんです。そうしないと自分の身に付かない、言葉にもならない。決して若い人たちがそれをできてないわけじゃなくて、そういう機会が少ない社会であることは間違いないので。コミュニケーションを通じたファッションの楽しさを知ってもらいたいですね。いろんな人や社会と触れ合うことで、世界がどんどん広がって行くと思います。
STANDSEVEN
住所:大阪府吹田市岸部南2-36-1 大阪学院大学 紀伊国屋書店内
時間:8:45〜17:00 (ブックセンターの営業時間に準ずる) 土日祝休み
※新型コロナウイルス感染拡大の影響により、営業時間が変更になる場合があります。
※大阪学院大学の学生だけでなく、一般の方々もご利用頂けます。
「大阪学院大学」ホームページ