先日、Youtubeにてご紹介させていただいた、代々木八幡の新店「クリシェ(cliché)」。
デザイナーの松島紳さんが手がける〈カンタータ(cantáte)〉の直営店であり、その他のブランドも取り扱うセレクトショップでもあります。
動画では、ショップマネージャー兼バイヤーの木下誉さんに〈カンタータ〉とセレクトブランドを組み合わせたコーディネートをいくつか披露していただきましたが、この動画だけではこぼれ落ちてしまうものが多すぎるのが、このお店なのです。
というわけで、日を改めて「クリシェ」について浮かぶ様々な疑問を、松島さんにぶつけてみました。
「歯に衣着せぬ」とはよく聞く言い回しですが、それは松島さんのためにあるような言葉、つまり“クリシェ”なのではないでしょうか。
ーまず、なぜ〈カンタータ〉のオンリーショップにしなかったんですか? 過去のインタビューでは、銀座にお店を出したいという発言もありましたが。
松島:率直に言うと、直営店の時代は終わったかなと思っているんです。ブランドって、いっときすごく伸びたとしても、それが続くということはまずありません。
ー確かにそうですね。
松島:デザイナーが同じ人である限り、大きくは変わらないんです。だからメゾンブランドが、デザイナーを変えるたびに方向性がガラッと変わるのって、ある意味正解なんだと思うんです。
ーなるほど。
松島:そういうわけで、ブランドってどうしても浮き沈みがあるので、沈んだときに助けてくれるセレクトブランドがあると色々と補えるんじゃないかと思うんです。もちろん、ジャンルごとにベストを提案できますし、スタイリングの幅が広がるという理由もあります。
ーブランドを2015年に始めて、しばらくしてそういう考え方になったってことなんですか?
松島:そうですね。あとお店を作るにしても、たくさんのお店があるような場所には出したくありませんでした。いろいろなお店がある場所だと、目的来店ではないお客さんも来ますよね。近くだからプラっと寄ってみようかな、みたいな。となると、ある意味本気じゃないお客さんを相手にすることになるじゃないですか。
ーまあ、そういうところはあるかもしれません。
松島:僕たちの商売とご飯屋さんと何が一番違うかっていうと、洋服屋って無料で味見、つまり試着ができるんです。けど、ご飯やさんは席に座ったら必ず何かを頼みますよね。その感じが洋服屋にも少し欲しいな、と思ったんです。
ー緊張感ということなんでしょうか。真剣勝負というか。
松島:もちろん来店して、結果購入しないというのは全然いいんです。ただ、買う気もないのに、いや、買える財力がないのに試着したりしないでほしいという話なんです。
ー笑。
松島:こういうことは、お客さんにもちゃんと言っています。厳しいようにも聞こえますが、僕たちも本気なんで。
ー店名に「クリシェ」と名付けた理由を教えてください。常套句、決まり文句という意味がパッと頭に思い浮かびますし、どちらかというとネガティブな意味合いの方が連想されやすいと思うんです。
松島:僕と木下、二人ともギターを弾くんですが、ギターにはラインクリシェという技法があります。ビートルズがよく使ってるんですが、聞きなれたフレーズなんだけど、音を一段階づつずらすことによって音符が階段状になるっていうもので、階段状になるとどこか新しく聞こえるんです。
ーなるほど。ようはいつも聞いている音、見ている世界なのに、なにかちょっと違うというようなことだと。
松島:はい。あとは「クリシェ」=決まり文句という意味合いが、自分のなかでは一番大事でした。
ーそのココロは?
松島:決まり文句って、、つまりその人固有のものとも考えられますよね。その人っぽさそのものというか。
ーなるほど。個人と決まり文句を関連付けるわけですね。そう捉えると見え方、感じ方がガラッと変わりますね。ずいぶんポジティブな意味合いになりました。
松島:その人っぽさを感じる理由って、たくさんあると思うんです。様々な事柄の積み重ねが、その人を形成していくわけですが、あなたにとっての決まり文句となりうるような洋服がこのお店にはあるよ、というそんな意味合いが込められています。
ーなるほど。話を聞けば聞くほど、自信と覚悟がないと付けられない店名ですね。
松島:ここ(代々木八幡)って、流動的にお客さんが入ってくる場所じゃないので、時間をかけて、その人の身になってきちんと向き合いたいと思っているんです。
ーたしか松島さんの事務所ってこの辺りですよね?
松島:はい。最初に東京に出てきたときから、ずっとこのあたりに住んでいます。
ーそれはやっぱり代々木公園の存在が大きいんですか?
松島:いや、代々木公園には3回くらいしか行ったことないです。
ーえ! そうなんですね。ではなぜこの地に根をはるんですか?
松島:うーん、、コンビニが少ないからですかね。僕、コンビニが好きじゃないんです。僕にとってはなんでもあるけど、なんにもない場所なんです。コンビニってスペシャリティストアではなくて、普通なものしか扱ってないですよね。そういう場所には僕は興味がないので、コンビニから遠いところに住むんです。
ー言っていることはもちろんわかります。ですが、この時代にコンビニのようなものに背を向けて生きるってなかなかできないことだと思うんです。それでいうと、この時代にお店を出すということは、逆行しているのか、それともこれが正統なのか、どのように考えますか?
松島:ほかと違うことをしたいというのはどこかにあります。同じ方向を向きたくないというか。だからオンラインが盛んになったときは、ずっとオンラインはやりたくないと思ってました。
ーなるほど。ですが、コロナ禍があって、今またフィジカルなコミュニケーションの重要性は見直されてきていますよね。そういう意味では奇しくも時代の流れと合ってきている部分はあるのかもしません。
ーお店の話からは外れるんですが〈カンタータ〉の話を少し聞かせてください。妥協をしないものづくりゆえに、高価格である〈カンタータ〉。どんなお客さんが買っていくことが多いんですか?
松島:年齢でカテゴライズすることに意味はないと思うんです。お客さんには若い子もいますし、70歳くらいの方もいます。彼らに共通してるのは、買えるということなんです。「〈カンタータ〉のターゲット層ってどの辺なんですか?」ってよく聞かれるんですけど、答えは「買える人」です。
ー年齢や職業、地位などの肩書きは関係ないと。
松島:はい。ちなみに、ブランドを始めてから一度も業績は落ちていません。年々上がっています。コロナのときに、バイヤーさんが展示会に来れない、来ないっていう話をよく聞きましたけど、うちのお取引先のバイヤーさんには全員来ていただけました。そういうことだと思うんです。用があるところには絶対に足を運びますし。
ーいいものはいいし、いいものは高い、ってことですよね。これはコロナ禍のなかにおいて、最近痛感していることのひとつです。ところで最近資材とか、原料の高騰化が著しいじゃないですか。どのように対応しているんですか?
松島:原材料が輸入品なので、円安の影響を受けています。これはもうどうしようもないことです。例えば、うちが使っているカシミアの値段は、以前と比べると1.5倍くらいになってるんです。この状況で値段を変えないということは商品が粗悪になっているはずですし、誰も幸せになりません。
ーたしかに。アパレル業界に限らないと思いますが、この円安下ではそうせざるをえないですよね。
ーバイイングするブランドは、基本お二人で話し合って決めるそうですね。〈シュタイン(stein)〉、〈ブレス(BLESS)〉、〈スタジオ ニコルソン(STUDIO NICHOLSON)〉、〈エムズブラック(m’s braque)〉、〈ロトル(ROTOL)〉、〈イズネス(is-ness)〉、〈テン アイヴァン(10eyevan)〉などなど。ただ松島さんが、こうしたブランドを日々チェックしているイメージがないんです、失礼ながら。
松島:まぁ、そうですね(笑)。よそのブランドのことはあまり知りません。ただ、ものを見ればそれがどんなものかはわかるんです。過去にOEMをやっていたこともありますし。なので、木下がピックアップしたブランドを見ながら話し合って決めています。
ーそもそも〈カンタータ〉以外の服も着るんですか? 例えば古着とか。
松島:いや着ないですね。古着は定期的にチェックはしていて、たまに買ったりしますが、着たりはしないですね。
ー資料用ということですか?
松島:うーん、そういうわけでもないんですよね。「これ雰囲気いいなぁ。人に買われるぐらいなら、自分で買おう」みたいな感じです。
ー保護のような。つくづく独特ですね。。ちなみにお店のなかで〈カンタータ〉が占める割合はどれくらいなんですか?
松島:だいたい半分くらいです。ときに変動するときもありますが。
ー結構少ないですね。
松島:けど、それくらいがちょうどいいと思うんですよね。それ以上多くなると、なんというか、うざくなりませんか?(笑)
ーお店をオープンしてみて、およそ一ヶ月くらいですよね。率直な感想としてどうでしたか?
松島:絶好調です(笑)。けどそれは、木下に聞いてもらったほうがいいかもしれません。
ーいかがですか、木下さん?
木下:いやあ、、一ヶ月、あっという間でした。
ーお店に立つのは、木下さんお一人ですよね?
木下:はい、最初はバタバタしましたけど、もう慣れました。このお店は僕のワンオペなので、必然的に僕と話すしかないんですよ(笑)。だからですかね、お客さんはみな心を開いてくれるような感覚があります。
ーそうなるとお客さん一人一人の滞在時間も長いんでしょうか?
木下:比較的長いほうかもしれません。
ー木下さんといえば、その着こなし、スタイリングが注目を集めていると思うんですが、日々の着こなしには〈カンタータ〉は必ず入ってますよね?
木下:はい。必ず一点は取り入れています。あとはその日によってバラバラですね。
ーブログを楽しみにしている方も多いかと思います。
木下:ありがたいですね。とにかく色々な方に来ていただいています。お客さまに生かされていますね。
「ブランドに用があるのではなく、人に用があるお店でありたいんです」とは取材終わりに、松島さんがポツリと漏らした言葉です。自身の作るものに絶対の自信があるのに人ありき? いや自信があるからこそ、こういう気持ちになるのでしょうか。
「その人に会いに行く、喋りに行く。みんなそういうことを求めているんだと思います」とは木下さん。
誰よりも服を愛し、服の可能性を信じている二人が携わる「クリシェ」は正直なところ、思ったよりもずっとハートフルなお店でした。
最後に聞いてみました。松島さんはなんで服を作るんですか?
「人の喜ぶ顔が見たいからです。人の顔、感情を一瞬で変えられる職業ってそんなに多くないんです。洋服を買うことによって、その人の人生が変わるかもしれないじゃないですか。しかもそれは経験としてではなく、ものとしても残る。僕は、洋服、洋服屋のいいところってそういうことだと思うんです」
cliché
住所:東京都渋谷区代々木5-67-6 松浦ビル2F
電話:03-6407-0300
時間:12:00〜20:00 月曜定休
公式ホームページ
ONLINE STORE
Instagram:@cliche.jp