トレーサビリティ(Traceability)とは「Trace(追跡)」と「Ability(可能)」からなる言葉で、製品が「いつ、どこで、どのように、誰によって、何で」作られたのかを可視化し、原材料の調達から生産、消費、廃棄まで追跡できる状態にすることです。
世界中の農家のトレーサブルな生産物とデジタル技術を組み合わせて、購入者と生産者をつなぎ、新たなエシカル消費体験を提供している「farmers 360°link(以下:FL360)」。
すでに「ロンハーマン(Ron Herman)」と「ピルグリム サーフ+サプライ(Pilgrim Surf+Supply)」が賛同し、参加している「FL360」とは、一体どんなものなのでしょうか。
farmers 360° linkとは?
アパレル業界にとって地球環境汚染は大きな課題です。生産時の環境負荷の問題、売れ残りからくる大量廃棄には各メーカーが取り組んでいます。そして、もう一つの大きな課題に労働問題があります。低賃金、長時間労働、労働環境の問題は度々ニュースで目にします。
その問題解決の一つとなるプラットフォーム「FL360」のプロジェクトメンバーである、三井物産株式会社の小林希さんと秋保瑞樹さんにお話を伺いました。
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ー「FL360」について教えてください。
小林:ファッションを通じて生産者と消費者を結ぶプラットフォームです。アフリカ・ザンビアのコットン農家と繋がり、種子の段階から収穫、加工までの過程を管理するだけでなく、ブロックチェーンを活用し、製品の環境・社会へのインパクトを記録、可視化します。アプリを使うことで購入者は生産者の顔や農村の暮らしの様子や暮らしを知ることができるだけでなく、支払った製品価格の一部で、繋がった生産者に対して、農業生産性の向上やより良い暮らしを実現する為の様々なプログラムから、自身が選択したものの進捗を追いかけ、確認することができます。
ー商品の購入者と原料の生産者が繋がるんですね。
秋保:コットンの世界は原綿から最終商品まで、ものすごく長いサプライチェーンがあります。ですが、QRコードを使用することで購入者はコットンの生産者と繋がるだけでなく、生産過程のことも全て見えるようになり、知ることができます。そしてLINEを登録することで、自分が選択したプログラムが実施されているかなども確認できて、商品を買った後もストーリーが続いていくのです。
全て手作業。環境負荷の少ない農業。
ーザンビアのコットン農家はどのような現状なのでしょうか?
小林:ほとんどが1軒数ヘクタールの零細農家です。1家庭あたりの世帯年収は多くの場合1000ドル未満。ザンビアに限らず、こういった人たちがアフリカで5億人くらいはいると思います。電気や水やガスなどのインフラが、全くないなかで暮らしているという状況です。
ーザンビアのコットンの特徴について教えてください。
秋保:農法自体は環境にやさしい農法を展開しています。元々、非遺伝子組み換え種子を使用し、合成農薬は限られた分量を適正に使っています。そして、灌漑(かんがい)を使わず天水農業、耕転や収穫は全て手作業でトラクターなどのエネルギーを使うものはないので、農業での直接的なCO2の排出がありません。近代農業に比べると、そもそも非常に環境負荷の少ない農業と言えるのです。でも、これが市場に出てしまうとコットンのスペックだけで価格が決まってしまうので、近代的な農業でやる人とザンビアの人たちが手作業でやるコットンは何も価値が変わらないという現状があります。でも、もっと評価されていい農業なんです。そんなことも可視化していきたいことでもあります。
「農村の景色を変えられると思っています」
ー商品価格の一部が還元されることで、どのような効果がありますか?
小林:分かりやすく単純化した例としてですが、1つのコミュニティで150軒の農家があるとします。すると60トンほどのコットン原綿集荷となり、それを処理して使用できるものになると24トン。コンテナ1つ分です。Tシャツ1枚350グラムを使用する計算で、6万8571枚になります。その製品の販売価格から、例えば1枚あたり2ドルを集めさせて頂く。すると約13万7000ドル。結構大きなお金がこの仕組みを導入することで自然に集まるのです。これを1軒あたりにすると914ドルなので、彼らの年収に匹敵するくらいのインパクトが出せるというわけです。これぐらいのお金があれば、多くのことが実現できます。農村の景色を変えられると思っています。
ー具体的にはどのようなアクションを?
小林:内容についてはブランドさんと一緒に決めていきます。農家の人たちは毎日のように生活用水を遠くにある給水地で汲み、調理の為の薪を拾いに行く等、生活そのものに多くの労働時間を割いています。そこで電気や水、ガス等のコミュニティに必要なインフラを導入出来れば、その時間が短縮され、逆に生産性を高める為の知識を身に付けたり訓練したりする為の時間を確保出来るようになり、収入向上に繋がります。又、子供達は日が沈んだ後も勉強ができるようになって、将来の道が広がりますよね? 文房具や教科書を配ることもできる。先生を派遣したり学校給食を提供したりもできる。安全で清潔なトイレ、石鹸の配布など、現地のニーズに応えるプログラムはいくらでも考えられます。
アフリカの農家が豊かになることで変わる未来。
ー「FL360」の名前に込められた意味を教えてください。
秋保:全方向で生産者と消費者、土地のサプライチェーンの方、アパレルの方、そんな皆さんの思いや願いを繋げていきたい、という意味と、もう一つは、360°に円を描くイメージでこういった人達の間で思いや価値が良い意味で双方向に循環してより良い未来を築いて行く、という意味ですね。
ー「FL360」が目指していることは?
小林: “社会課題の解決を通して、商業的に持続可能な事業をつくっていく”というのが我々のテーマです。フェアな循環を生む仕組みを作ることで農家の人達の生産性が上がり、彼等の収入が増え、経済が活性化して行くと、我々自身のビジネスの選択肢が広がります。
「FL360」で構築している農家の人と瞬時に繋がることができるシステムを通して、人々やコミュニティにいろんなサービスを提供することで、我々も事業として収益を上げられます。このサイクルを作って行って事業としても迫力あるものにしていきたいのです。そして、結果的に地球レベルの大きな課題である貧困の撲滅への貢献や、環境にもいい社会をつくっていくことができないかと願っています。
ロンハーマンが考える未来の選択。
「FL360」初参画となった「ロンハーマン」。23SS商品の販売はまもなく終了しますが、23FWでは4型の展開が控えているそうです。PRの阿部真澄美さんにお話を伺いました。
ー「FL360」に賛同した理由を教えていただけますか?
阿部:ロンハーマンでは、2025年までにオリジナルアイテムで使用する主要素材のサステナブル化を目指していて、色々と模索していました。まず対象となったのは主要素材の7割以上を占めているコットン。オーガニックコットンやリサイクルコットンへも切替えていますが、それ以外のサステナブルコットンを探している中で「FL360」と出会いました。コットンの原材料である綿花は誰が作っているものかわからないことが多いので、トレーサブルなコットンとしても注目したのです。
さらに「FL360」を使用することで、お買い上げいただいたお客様が生産者とダイレクトに繋がること、お客様にとってもコットンを取り巻く社会や問題を知る良いきっかけや体験になると思うんです。支援することだけが望みではなく、手にした商品の背景を知ることでその1枚を大事にできる理由にもなりますよね。「ロンハーマン」としては、今後コットンを選択する際のスタンダードにしていきたいと考えています。
ープログラムはどのように設定したのですか?
阿部:私たちが選択したのは、綿花の生産量を上げるための肥料、未来を担う子どもたちのための栄養食品、インフラを支えるためのソーラーパネルの3つです。商品に付けられたタグのQRコードから登録することで、お客様自身で選んでいただけるようにしました。
「ピルグリム サーフ+サプライ」はフラッグシップアイテムをトレーサブルコットンにシフト。
「ロンハーマン」と同時期に参画し、2023FWで「FL360」を使用した商品を展開する「ピルグリム サーフ+サプライ」。ディレクターの泉貴之さんにも話をお聞きしました。
ーどの商品に「FL360」を使用するのでしょうか?
泉:2023FWにはピルグリムのアイコンでもあるペナントロゴがデザインされたロングスリーブTシャツから始まり、今後、このチームTのシリーズを「FL360」にシフトしていこうと考えています。
―「FL360」に賛同したポイントはなんだったのでしょう?
泉:これまでもいわゆる寄付的な取り組みは別の形でやっていました。例えばショッパーを有償化して環境保護団体に寄付したりしていたのですが、寄付行動は一方通行なんですよね。でも「FL360」のプロジェクトは双方が繋がっています。コットンを選ぶ際の新たな選択肢として、とても価値があると思いました。看板商品であるチームTシャツをトレーサブルコットンにすることでピルグリムとしてのメッセージを強く打ち出せると思っています。
というわけで、さまざまな関係者からお話を伺ってきました。やれることからやる、それでいいんだと思います。持続することが一番大切なのですから。
Photo_Rai Shizuno / farmers 360°link
Text_Takuro Watanabe