あのヴェネツィア国際映画祭に、新人映画監督を発掘する目的で設けられたカレッジ・シネマ部門があることをご存知だったでしょうか? これから撮りたい作品をプレゼンテーションし、選考を通れば、ヴェネツィア国際映画祭から出資を受けて映画を製作できる。そんなプロジェクトに日本人として初めて選出された映画監督、長谷井宏紀の作品『ブランカとギター弾き』が、7月29日(土)から、銀座シネスイッチで公開されます。
日本人映画監督が、イタリアの映画祭出資のもと、フィリピンを舞台に撮影したグローバルなこの作品。フィリピンのストリートを色鮮やかに映し出した映像、そして、実際にストリートに暮らす人たちをキャスティングしたことによるリアルな演技が高い評価を受け、すでに世界各地の映画祭で多数の賞を受賞しており、日本での公開前から大きな注目を集めていました。
〜STORY〜
窃盗や物乞いをしながら路上で暮らしている孤児の少女ブランカは、“お母さんをお金で買う”というアイデアを思いつく。彼女は、そのアイデアを叶えるため、出会ったばかりの流れ者の路上ギター弾きの盲人、ピーターと一緒に旅に出る。たどり着いた街で、母親を買うために窃盗を繰り返していたブランカだが、ピーターは彼女に歌でお金を稼ぐ方法を教える。ピーターの弾くギターに併せて歌うブランカの歌声は、人々を惹きつけ、ライブレストランのステージで演奏するチャンスに恵まれる。ブランカの計画は順調に運ぶように見えたが、周囲の大人たちにより、思いもよらない危険に巻き込まれる。
本作の公開を目前に一、足先に上映イベントが開かれ、それに合わせてブランカ役のサイデル・ガブデロが来日。日本で美しい歌声を響かせました。そのイベントで、長谷井監督から、作品に対する想いを聞かせてもらうことができました。
ー長編映画を初めて監督されましたが、映画を作ることのの面白さって何でしょう?
長谷井宏紀監督(以下、長谷井):映画を作ることは未来を作ることに似ています。いわゆる空想なんだけど、みんなで作っていくことでそれがリアルになる。人生を作った、ということです。その人生にみんなが参加している。エミール・クストリッツァなど、僕が尊敬する映画監督は映画を通して人生を作ってきた。僕もそんな風に、人生を作りたいって思ったんです。映画の中で、サイデルはブランカの人生を生きて、ピーターもその役柄の人生を生きた。人生をみんなで作れることは、映画製作ならではの楽しみ。現実のラインとはまた違った人生を映画製作に携わる人たちは歩める。それが、映画製作の面白いところですね。役者が役を生きる、とよく言うけど、僕は監督としてその人生自体を作り上げて、それをスタッフみんなで生きたと思っています。
ーキャストのほとんどをストリートで探したそうですが、どのような意図があったのでしょうか?
長谷井:ぼくらも未来が分からないまま現在を生きていく。そういう意味では、未来はフィクションだといってもいいと思います。その未来をつくるという意味でキャスティングがあった。映画って空想なんだけど、それを未来として考えると、そこにシンプルな何かを置きたかったし、なるべく嘘はつきたくなかった。役者さんに何かを持ち込んできてもらうよりは、そこでリアルに生きている人と映画を作りたい。そんな想いがありました。
−音楽を演奏するシーンはもっと劇的に撮ることもできたかと思います。全体を通して、あえて感情過多にならないようにしていると感じましたが?
長谷井:脚本に書いたことをあまり味付けすることなく表現したかったんです。もっと大袈裟に、ということもできたかもしれませんが、映画に写る人のソウルをなるべくシンプルに撮りたいと考えました。だから、カメラワークでの味付けは排除して、なるべくシンプルにしたんです。
−日本で無名だったということで、苦労したことを教えてください。
長谷井:映画という芸術は、資金ととても密接なものです。今回の作品もヴェネツィアのサポートがあり、長い時間をかけて、やっと作れたわけで。有名なキャストが出ているわけでも、有名な原作があったわけでもなく、フィリピンの路上の子ども達と映画をつくることは、ビジネスとして考えるとかなりハードルが高いものでした。
また、来日したサイデル・ガブデロからも、コメントをもらうことができました。
−長谷井監督に対する印象は?
サイデル・ガブデロ(以下、ガブデロ):日本人の監督と映画を作ることは、私にとってとても楽しい経験でした。色々とアドバイスをもらいましたし、“君ならできるからやってごらん”と言ってくれたのが心強かったです。
−初めての演技で大変だったことは?
ガブデロ:脚本を読んで、ブランカのキャラクターを内面化するのが大変でした。実際の自分は、あまりお転婆ではないですし、路上で生活しているわけでもありません。ですから、それを演じるのに少し苦労しました。
−ギター弾き役のピーターとの思い出を教えてください。
ガブデロ:一緒に歌を歌えたことは本当にいい思い出です。撮影の合間にも彼はギターを弾いてくれて、歌を練習しました。とても優しい人でした。
長谷井監督は、20代の頃にフィリピンのスラム街、スモーキーマウンテンを訪れ、そこに暮らす子供達と過ごした経験に衝撃を受けて以来、ずっと海外を放浪してきました。そして、その時の感動を形にし、多くの人と共有すべく、この作品を撮ったといいます。想いを伝えるために国境をまたいで制作された、商業主義とは一線を画すこの映画。引き込まれてしまうこと間違いないでしょう。
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『ブランカとギター弾き』
7月29日(土)シネスイッチ銀座 他にて全国順次公開
配給:トランスフォーマー
後援:イタリア文化会館
キャスト
サイデル・ガブテロ
ピーター・ミラリ
ジョマル・ビスヨ
レイモンド・カマチョ
スタッフ
監督・脚本:長谷井宏紀
製作:フラミニオ・ザドラ
撮影:大西健之
音楽:アスカ・マツミヤ