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Extreme対談 vol.1 渋谷慶一郎×オノセイゲン(前編)

2011.11.22

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よく音楽産業の未来について聞かれるんですが、ほんとに分からないんです。

―私もDSDを初めて聴いた時は驚きました。素人が聴いても、その音の違いが十分分かる。

渋谷:レコーディングしているときにプレイバックしないとはいえ、稀にする時があるんです。それこそ『for maria』のレコーディングの時に僕がすごくビックリしたのは、僕がピアノに歩いて行く足音からプレイバックされるわけなんですが、そうすると本当に時間が戻ってきたような感覚を受けるんです。自分がさっき歩いていたホールで鳴る足音の残響まで、そのまま。ある種のフラッシュバックが起きる。

オノ:そうだね。タイムマシン体験。

渋谷:あと、DSDはプレイバックの聴き方を変えましたね。今までは、「ここ間違えた」とか、「ここのタッチが良くない」というミスチェックでプレイバックしていたのが、今では「ここの表現がいいからこのテイクで行こう」とか、良い部分で決めるようになったんです。テイクの選び方がすごく変わった。PCMの時はピアノを録るのは好きではなかったのですが、DSDになってからはレコーディングが好きになりました。

―一方でオノさんは、最近だとブラジルでDSDを用いたフィールドレコーディングをされましたよね。

オノ:10年前なら50キロくらいの機材を担いで、電源もどこかから引っ張ってこないとできなかった1ビットDSDのフィールドレコーディングが、今は早稲田大学の山崎先生が、850グラムのポータブル・1ビットレコーダーを開発されたおかげで、そんなことが可能になったのは大きい。それで、当時はSONY「SONOMA」でないと編集はできなかった。今でもこれが手に馴染んでいる最強のツールですけど。

渋谷:やってみて、SONOMAの編集はセイゲンさんしかできないと思いましたね(笑)。もはやアナログテープの編集に近いから、できる人がいなかったんです。

オノ:それは確かにそうかな。最新のデジカメを買えばカメラマンになれる訳ではないからね。

渋谷:普通、エンジニアの編集っていうのは、モニターで波形を見て「ここと、ここ」ってやるんですけど、セイゲンさんは演奏するみたいにカウントをとって、「はい、ここっ!」ってやるんです。

オノ:感覚的にやるから、やり方としてはアナログなんです。

渋谷:でも、その方が正しいんですよ、音楽は。いくら丁寧に見ていってやっても、繋がらないものは繋がらないし、聴いて繋がらなかったらダメだし。あとはレベル(音量)の問題というのがすごくあるんですが、「音量詰め込み競争」っていう批判が2、3年前に流行ったんですよ。コンプレッサーでつぶして無理矢理音を詰め込むことですね。でも他方で、現実的に音楽マニアでもない若い子たちが、他のCDよりも音が小さい音楽を聴くかって言うと、聴かないという現実はあります。

―確かにそうかもしれません。

渋谷:「for maria」を作るとき、音量はすごく入っているけどニュアンスが失われないようにするということにすごくこだわったんです。結局、コンプレッサーで叩くとかいうことではなく、SONOMAの中で実際に波形を大きくてしまう、データ自体の音の大きさを変えてしまうということに行き着いたんです。そうすると、一般的な音楽マニアは、「強弱の差がなくなるから音楽が平坦になるじゃないですか」って言うわけ。でも、そんなことはまったくなかったんですよ。

―なぜでしょうか?。

渋谷:なぜかというと、弱く弾いている時というのは音量を下げて弾いているわけではなく、弱いニュアンス、感情で弾いているということなんです。だから、そのニュアンスや感情がちゃんとした音量で聴こえないと伝わらない。当たり前だけど聴こえないものは伝わらないですから。つまり、波形で音量そのものを上げてあげれば、音質は変えないで音量だけが上がる。結果的にニュアンスも伝わるということなんですよね。

―それはDSDでしかできないわけですね。

渋谷:そう、そのニュアンス自体がPCMでは録れないからね。

―これは将来的にスタンダードになるのでしょうか?

渋谷:分からない。でも、津田大介さんなんかとも話をしたんですよ。そこで、僕は「データ配信のDSD」っていうものに対してけっこう希望を持っていたんですが、日本ではデータ配信に対してお金を払わないですね、なかなか。だから、ビジネスになりにくいのかもしれない。

―つまり、レコードやCDなどの形のあるメディアでないと音楽は買われないということでしょうか?

渋谷:要するに盤にした方がビジネスになるっていうのが、この国の現状でしょう。そういう現実がある他方、『ATAK000+』というファーストアルバムのリマスターをサイデラでやったんですが、その後のCDのプレスの手配なんかを色々と会社でやっていると、この業務、このプロセスが非常に非現代的だと思ったのも事実なんですよね。マスタリングの後にプレスマスターを作って、工場に送って、納品されて、という一連の作業が、現代人がやっていることとは思えないくらい野蛮な作業だと感じる。これにはすごく違和感を憶えました。だから、よく音楽産業の未来についてインタビューで聞かれることが多いんですけど、ほんとに分からないんですよね。

オノ:利便性のあるものがマーケットのスタンダードになるのは間違いない。つまり、DSDがPCMを超えてスタンダードにはなりにくいんです。ただ、PCMもこれから非圧縮がスタンダードになって、家庭でも96KHzまではすぐ行くと思う。サラウンド信号を圧縮なしで互換性のあるステレオ信号にするコーデックも登場したので、その元となる、我々が作る大元のマスターというのは、なるべくRAWデータで仕上げるべきであって、プロだったら。「一般の人は知らないけど、あなたたちはクオリティを知ってるでしょ? みんなにも聴かせてあげましょうよ」ということ。クオリティも付加価値として、選択肢のひとつになる。

渋谷:そう。ただ、日本は未だにCDが売れている国ですからね。アメリカやヨーロッパなんてほとんどCDなんてないですし。DLかアナログが主流です。

前編はここまで。後編は近日公開予定です!
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