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COLUMN

ART FROM THE RECORD RACK

文・写真:弓削匠

古くは蓄音機にはじまり、レコード、カセット、CD、MD、MP3......。音楽を聴く形は時代とともに変化を続け、いまではサブスクリプションのサービスを使って聴くのが当たり前。ただ、こんなにも音楽へのアクセスが簡単になってもなお、レコードの求心力は衰えない。むしろ音楽が“音”としてしか捉えられなくなったからこそ、レコードという、音以外でその世界を感じられるものに惹きつけられる。幼少期からレコードに触れ続け、レコード狂として知られるADULT ORIENTED RECORDSの弓削匠さんが案内するのは、もうひとつ奥の、レコードの世界。

Vol.03 NARA LEAO / NARA(1964)

こんにちは、弓削匠です。

第3回目では、前回の「ECM」に引き続き、イメージが統一されているレーベルの1枚を紹介します。

NARA LEAO / NARA(1964 ELENCO)

ブラジルのインディーズレーベル「エレンコ(ELENCO)」から1964年にリリースされた、ナラ・レオンの1stアルバム『ナラ』です。

彼女について書くと、とてつもなく長くなるので割愛させていただきます。よくも悪くも、裕福で少し影のあるお転婆娘。ちなみに僕は、ナラの天敵であったエリス・レジーナが大好きなんです…。世界で一番の歌姫だと思っている。

1枚とは言いつつ、今回焦点を当てたいのはあくまで「エレンコ」のこと。レーベルオーナーは、アロイージオ・ジ・オリヴェイラ(Aloysio de Oliveira)です。

アートディレクターとして、その才能を遺憾なく発揮したアロイージオ。

ブラジル人で最初にアメリカンドリームを手にし、最も成功を収めた音楽家と言われるカルメン・ミランダ(Carmen Miranda)のバックバンド、バンド・ダ・ルア(BANDO DA LUA)で、1930年代にアメリカにてデビュー。1955年、カルメンが他界するとともにブラジルに帰国し、1956年には、イギリス資本のレーベル「オデオン(Odeon)」にアートディレクターとして入社します。その当時、アロイージオは41歳。

アロイージオは入社して間もなく、部下のディレクターのひとりが途方もない才能を持っていると見抜きました。それが当時29歳のアントニオ・カルロス・ブラジレイロ・ジ・アルメイダ・ジョビン、通称トム・ジョビン(Tom Jobim)です。

アロイージオは、トムをブラジルのジョージ・ガーシュイン(George Gershwin。アメリカの作曲家。アメリカ音楽の礎を築いた人物)だと絶賛。このタッグでブラジル音楽界に新風を吹き込みました。そして1958年7月10日に、歴史的瞬間をアロイージオがプロデュースすることになります。

27歳のジョアンが1分59秒の「Chega de saudade」を「オデオン」のスタジオで録音。この瞬間にボサ・ノヴァが誕生したのです。

その後、アロイージオは「オデオン」を退社して、シルヴィーニャ・テリス(のちにアロイージオと結婚する)、ルーシオ・アルヴィスなどを引き連れて、1961年に音楽レーベル「フィリップス(PHILIPS)」に移ります。しかし、自由に活動できないという理由から、わずか1年で退社。そこから1年の準備期間を経て、才能あるボサ・ノヴァ連中を世に放つため、1963年、自身のレーベル「エレンコ」を設立したのです。

当時はレイアウト、色使いともに斬新だった「エレンコ」のジャケット。

「エレンコ」のジャケットグラウンドは必ず白(何枚かの例外はありますが)。そこに黒で抜いた写真、差し色として赤を加えるという、シンプルでいてインパクトのあるものでした。ほどなくして、大手の「フィリップス」「RCA, RGE」が真似をし始めるわけですが、それほどまでにこのデザインがウケにウケた。

のちにデザイナーが「お金があったら、どこよりも色彩豊かなジャケットにしたかった」と語っています。実は、金欠から生まれた苦肉の策だったというわけです。結果として、この手法がボサ・ノヴァのトレードマークになったことは言うまでもありません。

こうしてアロイージオは、「エレンコ」をブラジルで唯一の“レーベル名でレコードを売る”ことのできる会社に育て上げました(僕は、お金が無い状況での人力とアイデアは、素晴らしい作品を生むと信じています)。ちなみに、アロイージオの指揮下にあった3年間に、60枚ものレコードを世に放っています。

「エレンコ」は商業的に成功を収められず短命に終わりましたが、その後もアロイージオはエリス&トム(ELIS & TOM)やジャヴァン(Djavan)など、MPB(ムジカ・ポプラール・ブラジレイロ、通称エミ・ペー・ベー。英語でブラジリアン・ポピュラー・ミュージックの意)の重要なアルバムをプロデュースし、1995年、80歳で他界しました。

1994年の春、美大を目指し東京・立川の美術学院に通っていた僕は、授業をさぼっては立川の中古レコード屋に入り浸る生活(結局美大は諦めて桑沢デザイン研究所へ…。その桑沢も中退…お母さんごめんなさい…)。

そのレコ屋の新譜コーナーに「エレンコ」の再発シリーズが並んでいて「これだ!」と思ったわけです。なんて格好いいジャケットなんだろうと。これを機に、本格的にブラジル音楽にどっぷり浸かっていくことになります。当時ジャケ買いしたのはレニー・デイル&サンバランソ・トリオ(Lennie Dale, Sambalanco Trio)。その中の「NIGHT AND DAY」という、ジャズ・スタンダードの高速サンバアレンジを聴いたときの衝撃たるや…。いまでもレニーの「NIGHT AND DAY」が一番好きだなぁ。

レニー・デイル&サンバランソ・トリオの1枚。

とにかく「ECM」同様、ジャケットと音楽の関係性を考えさせられる出会いでした。

僕は今、レコードやCDのジャケットデザインをさせてもらえる機会が増えたのですが、音楽をヴィジュアルで表現する時、重点的に考えるのは音の情景。そうして完成したデザインが、音とリンクした時の気持ち良さは格別です。これは作る側だけではなく、聴く人たちにとっても同じことが言えると思います。

そんなことを考えながら、これからもクリエイションを続けて、かつたくさんの素晴らしい作品に出会っていきたいと感じる、昼下がりであります。

それではまた、次回ということで。

PROFILE

弓削匠
Yugeデザイナー/ADULT ORIENTED RECORDS主宰

1974年、東京都生まれ。1996年、桑沢デザイン研究所を中退後、劇団や芸能人のために衣装を手掛ける傍ら、シャツのオーダーメードブランドを立ち上げる。2000AWよりファッションブランド〈ユージュ(Yuge)〉をスタート。土岐麻子のアルバム『乱反射ガール』や一十三十一のアルバム『CITY DIVE』のアートディレクションを手がけるなど、アートディレクターとしての一面も持つ。2018年6月、代々木上原に〈アダルト オリエンテッド レコーズ〉をオープンし、“現代のAOR”を発信中。

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