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COLUMN

ART FROM THE RECORD RACK

文・写真:弓削匠

古くは蓄音機にはじまり、レコード、カセット、CD、MD、MP3......。音楽を聴く形は時代とともに変化を続け、いまではサブスクリプションのサービスを使って聴くのが当たり前。ただ、こんなにも音楽へのアクセスが簡単になってもなお、レコードの求心力は衰えない。むしろ音楽が“音”としてしか捉えられなくなったからこそ、レコードという、音以外でその世界を感じられるものに惹きつけられる。幼少期からレコードに触れ続け、レコード狂として知られる「ADULT ORIENTED RECORDS」の弓削匠さんが案内するのは、もうひとつ奥の、レコードの世界。

Vol.07 Led Zeppelin / In Through The Out Door (1979)

こんにちは、弓削匠です。

レコードジャケットを語る上で、避けては通れない最重要デザイン集団といえばヒプノシスです。

ピンク・フロイドから松任谷由実まで、星の数ほどのアートワークを手掛け、レコードジャケットに芸術性と意味を持たせた先駆者であります。今回はその中でも、ぼくが特に影響を受けたレッド・ツェッペリンのアルバムを読み解いていきたいと思います。

Led Zeppelin / In Through The Out Door

ツェッペリンのアルバムの中でも駄作として知られる『In Through The Out Door』。『All My Love』が入っているこのアルバムを、当時中高生だったぼくは大好きでした。


ベースのジョン・ポール・ジョーンズが主体となり制作された本作は、〈ヤマハ〉のGX-1やフェアライトを使用したキーボード中心のアルバムだったこともあり、当時のツェッペリンファンからは総スカン。…ですが、音に関することは横に置いといて、アートワークについて見ていきます。

なんとこのアルバム、6種類のデザインに加え、数々の仕掛けが用意されているのです。

まずは購入時。陳列されているときは、上の写真にある通り、茶色のクラフト紙の袋に密封され、中身が見えないよう売られていました。このアイデアは、ツェッペリンのマネージャーであるピーター・グラントから「ツェッペリンなら茶色い紙袋に入れたって売れるよ」と言われたためだと、ヒプノシスのストーム・トーガソンは語っています。

左は通常時のジャケット。水で濡らすと右のような色に変化する。


そして、内袋にはモノクロの特殊印刷が施され、水で濡らすと発色する仕掛け。めちゃ金かかってます。

6種類のジャケットすべて。

6種類のジャケットデザインはというと、それぞれの表裏に、BARカウンターに座る白スーツの謎の男が、白い紙をジッポーライターで燃やしている場面がセピア色で印刷されています。表側のみ、男の周りだけ煤を払ったように明るく抜けています。

それでは、6種類のジャケットに映る7人の登場人物を確認してみましょう。

ジャケット①の表面。

ジャケット①の裏面。

まずはジャケット①の表面。左端に背広を抱えた小太りの刑事風の男、中央カウンターに座っている白スーツの謎の男、カウンター奥にはランプの灯りの下に立っている金髪女、カウンターの中には袖をカットオフした白Tを着ている巨漢のバーテン。

ジャケット①の裏面に、グラスを片手に笑っている黒人の歌手と、ピアノの前で振り返っている白髪のピアノ弾き。これで6人。


ジャケット②表面

ジャケット②裏面

そして最後が、ジャケット②裏面に映る、ジュークボックスに寄っ掛かるソバージュ頭の娼婦風の女。これが登場人物のすべてです。そして、仕掛けをひとつ。ジャケット画像を、よく観察してみてください。

ジャケット③表面。

ジャケット③裏面。

ジャケット④表面。

ジャケット④裏面。

ジャケット⑤表面。

ジャケット⑤裏面。

ジャケット⑥表面。

ジャケット⑥裏面。

おわかりでしょうか。ジャケットの表に映っている人物の視線が裏のジャケットになり、裏に映っている人物の視線が表のジャケットになっています。写真は、登場人物の視線として撮られているわけです。しかし、真ん中の男の視線だけは映されておらず「彼を見ている6人の視線」という設定になっています。ジャケットの表と裏で時間の経過があり、紙を持っているときと紙を燃やしているときとで、分かりますよね。

で、この舞台はどこか。写真から読み解くに、イギリスではなくアメリカではないか、ということが分かってきます。

まず、ジャケット③表面の写真をよく見てみると、謎の男が飲んでいるウイスキーは「ケンタッキー・ジェントルマン」。タバコは「ラッキーストライク」。さらにジャケット③④の表面に「リグレーガム」が映っている。

ジャケット①表面には「ルイジアナ」のプレートが壁に飾ってあるのが分かり、ジャケット②表面にはバーテンの後ろにある料金表に「ハイネケン1ドル50セント」と書いてあるのが見え、ここがアメリカであることが決定的になる。

舞台はアメリカの田舎にある場末のBAR。1枚の写真では分からない事実が、次々と見えてきました。

1枚の写真は事実の断片にしか過ぎない。ただ、シチュエーションはこのBARひとつ。そして、6人が同じものを見ているようで、実はそれぞれ違うように見えている。芥川龍之介の『藪の中』みたいな、複数の視点から同一の事象を描くジュネットの手法がとられています。

ひとつの事実を、ひとつの見方で捉えているのであれば、さして気にもとまりませんが、こうして6通りの見え方があることで、そこにミステリアスなストーリーが生まれ、さまざまな解釈と推理を働かせることになります。見る者の想像力を刺激することが、ツェッペリンとヒプノシスが意図していたことではないでしょうか。

写真を見るとき、あるいはひとつのことについて考えてるとき、それはたくさんの見方のうちの断片に過ぎず、それに気づくことが大切なんだというメッセージが、このジャケットには込められている気がします。

ぼくたちはいつも、自分の立っている場所を自ら選び、ひとつの視点からものを見ています。だから、自分はどこに立ってものを見ているのかを意識していることが大切だということですね。

ここまで考えてデザインに落とし込むヒプノシス…素敵です。

PROFILE

弓削匠
Yugeデザイナー/ADULT ORIENTED RECORDS主宰

1974年、東京都生まれ。1996年、桑沢デザイン研究所を中退後、劇団や芸能人のために衣装を手掛ける傍ら、シャツのオーダーメードブランドを立ち上げる。2000AWよりファッションブランド〈ユージュ(Yuge)〉をスタート。土岐麻子のアルバム『乱反射ガール』や一十三十一のアルバム『CITY DIVE』のアートディレクションを手がけるなど、アートディレクターとしての一面も持つ。2018年6月、代々木上原に〈アダルト オリエンテッド レコーズ〉をオープンし、“現代のAOR”を発信中。

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