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Field Boots and Daikanyama: Memories of Takayuki Fujii.
Tales This City Told. Takayuki Fujii & Timberland

Field Boots and Daikanyama: Memories of Takayuki Fujii.

Everyone has a few special places in their lives, and for Takayuki Fujii, the neighborhood of Daikanyama is one of them. Back in the early 2000s, during Ura-Harajuku’s heyday, what kind of people did he meet here, and how did those encounters shape the man he is today? The showroom for his brand, *nonnative*, moved back to Daikanyama last year from Nakameguro. Just as he did back then, Mr. Fujii walks down Hachiman-dori wearing a pair of Timberland “Field Boots.” Photographer Katsuhide Morimoto, who captured this moment, is one of the people who knew him back then. People, boots, and the neighborhood. This is the story of the era that gave birth to designer Takayuki Fujii.

  • Photo by Katsuhide Morimoto
  • Text & Edit_Rui Konno

ぼくは、現場を知りたかった。

Field Boots ¥25,300

―あれ? でも、そういえば藤井さんは2001年にもう〈ノンネイティブ〉に参加してますよね?

Fujii:そうです。2001年に(「TNP」代表のサーフェン)智と服づくりのサンプルになる古着を買うためにアメリカにはじめて出張に行ったんですけど、それがちょうど9.11のときでした。

―すごいタイミングですね。買い付けは上手く行ったんですか?

Fujii:はい。ただ、智はたぶん、洋服屋を見て回るのが嫌だったんですよ。だからぼくは智が寝てる間に服を探しに行ったりしてましたもん。それでホテルに帰ると、まだ智は寝てるみたいな。

―(笑)。そもそも藤井さんと智さんの親交がはじまったのはいつ頃だったんですか?

Fujii:それこそ〈サイラス〉時代です。当時の〈サイラス&マリア〉のビルの6階が「TNP」の事務所だったから、智はよく〈サイラス〉のお店にも遊びに来ていて。それでぼくも「TNP」に入るんですけど、当時はスタッフは3人いるのにパソコンが1台しかなくて(笑)。モーリーは独立したてくらいだったっけ?

Morimoto:ぼくは’99年なんで、その少し前。あの代官山の事務所でも撮影したこと、ある気がする。

Fujii:そうだよね。(水谷)太郎とかもそうだけど、智もモデルとして全盛期だったし、年の近い世代はお互いもう知り合ってたよね。

―「TNP」に参加される以前から、藤井さんはファッションのデザイン自体はされていたんですか?

Fujii:まったくです。美大には行ってたけど、それも2年で辞めちゃってるし。でも、これはいまだに思うんですけど、それが例えば写真にしても服飾にしても、やっぱり学校と現場はきっと違いますね。学ぶことはもちろんいいけど、パターンをいくらきれいに引けても、それでいい服がつくれるかといったらまた別だと思います。ぼくは、現場を知りたかったんです。

―藤井さんも最初のころの服づくりはやっぱり大変でしたか?

Fujii:本当に全然ダメでしたよ(苦笑)。なんて言うか、絵から飛び出したような服しかつくれなくて。もちろん手本になるようないい服には触れてきてたからイメージはあるんだけど、実際に出来上がってくるサンプルはそれとは全然違って、結構ショックでした。だから、そのときは振り屋さんっていう業者に毎日通ってました。

―それはまた、どうしてでしょう?

Fujii:振り屋さんには生地もあるしパタンナーもいるし、服をどうやってつくるのかを現場にいるそういう人たちに教えてもらって必死にやってました。

―服づくりをはじめてから、思い通りのものができるようになるまでにどれくらいかかりましたか?

Fujii:10年くらいじゃないかな。でも、いまも大変ですよ。昔ほどサンプルに忠実にという考え方でもなくて、どうデザインするかを考えてるから。明確な着地点がない分、余計に難しいです。普通の人から見ればいい服だと思ってもらえるかもしれないけど、ロゴとかも何も入ってない状態でも「〈ノンネイティブ〉の服だよね」って、やっぱり言われたいよね。それは写真でもそうだと思うけど。

Morimoto:Yeah, I guess so.

―コラボレーションでも、難しさは同じですか?

Fujii:ケースバイケースです。相手のブランドやメーカーが何を求めるかだから。基本的にはオファーをもらうことが多くて、ぼくたちから声をかけることはあんまりないんです。ただ、それでいうと〈ティンバーランド〉との2回目のコラボレーションはこっちから相談しました。初回は「B&Y(ビューティ&ユース)」のバイヤーの藤橋くんから「〈ティンバーランド〉で、一緒に何かやらない?」って声をかけてもらったのがきっかけだったんですけど。

―初回のモデルは6インチでしたよね。

Fujii:そうです。それはヒップホップ的じゃない〈ティンバーランド〉をつくりたいなと思って考えました。その提案はできたんじゃないかなと思ってます。それが、「(ジ)アパートメント」みたいな〈ティンバーランド〉観を大事にすることでもあると思うから。実際につくる側で関わってみて、改めて〈ティンバーランド〉はスニーカー的なブーツだなと思いました。それがいいなと。

―2回目のコラボレーションでは1年をかけて4型が出ましたよね。

Fujii:それは勝手にぼくが言い出したことで、言ってみたらやらせてもらえました(笑)。それこそ、輝樹さんが当時履いてた「ユーロハイカー」も絶対にやりたくて。

―原体験が頭のどこかにずっとあったんですね。

Fujii:そうそう。それで、出来上がったコラボレーションの「ユーロハイカー」を輝樹さんにも送って当時の話をしたんだけど、本人は「そうだっけ?」みたいな感じでしたね(笑)。でも、やっぱり同じシューズでも時代が変わると履き方とか、合わせるパンツとかは変わるなっていうのも実感しました。いまだったら「フィールドブーツ」にはスラックスみたいなウールのパンツとかだけど、〈サイラス〉のときはジーパンとチノパン、トラックパンツくらいだったなぁ。

―こうやって靴を見てるだけでも、当時の記憶がいろいろと蘇ってくるものですね。

Fujii:そうだね。今日はそんな思い出がある場所を、モーリーと回る撮影だったから。

PROFILE

Takayuki Fujii

designer
1976年生まれ、奈良県出身。サーフェン智が’99年に設立した〈ノンネイティブ〉に、2001年からデザイナーとして参加。華美とは違う、日常のなかの見過ごされがちな美しさを、服を通して人物像に投影してきた。

Instagram:@nonnative @takayuki_fujii_

INFORMATION

Timberland/VF Japan

Phone: 0120-953-844
Official Site

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