Profile
角田太郎 (waltz オーナー)
1969年、東京都生まれ。CDおよびレコードショップの「WAVE」にてバイヤーを経験したのち、2001年にアマゾン・ジャパンに入社して14年間勤務。退職後、2015年8月にカセットテープ、レコード、ヴィンテージのカセットデッキなどを販売する「ワルツ(waltz)」を中目黒にオープン。
カセットテープはノスタルジーではなく、まったく新しい音楽体験。
角田さんが「ワルツ」をオープンさせようと思ったきっかけを教えてください。
角田カセットテープを通じて最新の音楽カルチャーを発信したいという目的があったからです。カセットテープというとどうしても懐かしいものと捉えてしまいがちですが、いまのカセットテープ・カルチャーはまったく別の発展を遂げているんです。
角田70年代から80年代にかけて隆盛を極めたカセットテープですが、当時担っていたのは記録媒体としての役割でした。ブランクのカセットに、自分の好みの音楽をセレクトして録音していましたよね。でも、いまは録音メディアではなく、ミュージックテープなんです。
角田そうですね。つまりはアーティストの表現が詰め込まれたアート作品なんです。それに、いまカセットテープで音楽を聴くとまったく新しい音楽体験ができるんですよ。
角田70年代、80年代といえば、ぼくはまだ学生でした。当時はいかに効率的に音楽を聴くかということで、わざわざ自転車に乗って隣町まで行って安いブランクのカセットテープを買って、そこにレンタルショップで借りてきたCDやレコードの曲を録音していました。そうして作った自分だけのカセットテープを安いデッキで聞いてたんですね。
角田でも、いま大人になって経済力を得たうえで、いいデッキでカセットテープを聴くと本当にびっくりすると思いますよ。驚くほど音質がいいんです。
角田デジタルは角ばっててキンキンした感じ。カセットテープはその対極の音質なんです。どういうハードで聴くかによって変わりますが、極端に言えば、カセットテープの音は丸みがあって柔らかいですね。
耳馴染みがいいというか、長時間聴いていても疲れないような。
角田みなさんそうおっしゃいますね。「いい音」の定義ってすごく難しいし、人それぞれ好みもあると思います。でも、技術的な音質のよさと、実際に耳で聞く音質のよさは別次元の話なんです。たとえば朝起きたあとにゴージャスな音響セットで音楽を聴きたいと思わないですよね。テーブルの小さなスピーカーで十分だと思うんです。
角田これはよくする話なんですが、ビッグメゾンがデザインするスラックスと普遍的なジーンズのどちらが穿き心地がいいかと問われれば、圧倒的にジーンズのほうがいいですよね。つまり、ぼくにとってアナログメディアというのは、ジーンズの存在とちょっと近いものがあるんです。
角田さんがアナログにこだわるのはどうしてなんですか?
角田いまは音楽を聴くフォーマットにたくさんの選択肢があって、カセットテープもそのうちのひとつだと思ってます。ぼくはデジタルを否定しているわけじゃないんですが、音楽が好きであればあるほどアナログに回帰している現象があるのは事実で、ぼくもそのうちの一人なんです。カセットテープってモノとして魅力的ですし、先ほど話したように当時気付かなかった再発見があってどんどんのめり込めるんです。
デジタルに依存している時代だからこそアナログを意識するべき。
アイウェアはむかしから形を変えずに存在していて、一種のアナログなアイテムだと思うのですが、カセットテープとどこか共通点があるように思います。
角田音楽の観点からアナログについて語られるときに、その比較軸として用いられるのは「アナログとデジタル」「有形および無形」という2つの視座なんです。そこにアイウェアを照らし合わせたときに見えてくるのは、アイウェアはアナログであり有形であるということなんですよね。一方その反対といえば、レーシックがそれに当たるのかなと思うんです。
「アイウェア=アナログ、有形」で「レーシック=デジタル、無形」ということですね。
角田ぼくも昔、レーシックをしようかなと考えた時期がありました。でも、先々のことを考えるとちょっと不安もあったりして、結局いまもメガネをかけているんですが。要するに、デジタルというのはいつか消失する可能性があって、永遠ではないんです。メガネなどの有形なものというのは、そういう意味で安心感がありますよね。わかりやすい話でいうと、国の録音物はすべてテープで保管されているそうです。CDなどのデジタルフォーマットだといつか消えてしまう可能性があるので。
過去から現在に至るまで、アイウェアがどうして大きな形を変えずに残っているのかがわかったような気がします。
角田そもそも人間ってアナログなんですよ。ぼくはいつもそれを意識しています。体型が変わったり、趣味趣向が変わるように、人間というのは日々変化していますし、それに対応するために身につけるものはアナログであるべきだと思います。デジタルに依存している時代だからこそ、より強くそれを意識しますね。
圧倒的な軽さと日常に寄り添ったベーシックなデザインが魅力。
角田さんはメガネに対してどんなこだわりをお持ちですか?
角田「ワルツ」を始める前はアマゾンに14年間いて、そのときはお客さんに会う機会が多かったのと、立場ある役職でスーツも着ていたので、そういった格好にふさわしいものをチョイスしていました。でも、いまはそれとは真逆の仕事になって、メガネに対する考えも変わりましたね。軽くて、汗をかいてもずれ落ちてこないものがいいと思うようになりました。
角田軽いのでビックリしました。普段つけていたものも十分に軽いと思っていたんですが、それをしのぐ軽さなので。あと、デザインがベーシックで日常的に使いやすいものが多いのがいいですね。ぼくは服装などであまり個性を主張したくないので、すごく自分の好みに合います。
プラスチックのフレームやメタルなど、素材にもいろいろありますが、具体的に角田さんがお好きなデザインはどういったものですか?
角田その時によって変わってきます。メガネにもトレンドがあると思いますし。昔はクラシカルなものが好きでしたが、最近は極力フレームが細くて軽いものがいいなと思います。
「人間はアナログ」と話されていたのと同じで、好みも変わってくると。
角田そうですね。昔作った黒ぶちのメガネをいまかけてみると、違和感しか感じませんからね(笑)。だからそのときの気分に合ったものを選ぶこともひとつ大事なことなのかなと思います。
角田さんにとってメガネはどんな役割を持つものですか?
角田やっぱり気持ちがオンになりますよね。メガネをかけることによって「よし、やるぞ」というスイッチが入ります。
メインストリームとは逆の方向へ進むということ。
2015年のオープンから3年が経過しましたが、お店を運営する側として周りの状況の変化は感じますか?
角田オープン当初は本当に感度の高い尖った人たちが遊びにきてくれていました。でも、いまはもっと幅広いお客さんが来てくれています。カセットテープやレコードを通して生活を豊かにしたいと思う人が増えたように思いますね。
世間がアナログの魅力に気づきはじめているのかもしれません。
角田アマゾンにいたときにずっとインターネットのビジネスをやってきて、「アマゾンが本屋を潰した」とか「CDショップがなくなったのはアマゾンのせいだ」なんて言われたことがあります。でも、ぼくはその前に「WAVE」にいてバリバリ実店舗でやってきたんです。それに休みの日は外へ出て、いろんなお店を廻るのが好きなんです。ぼくは実店舗には実店舗なりの魅力であったり存在意義があると思ってやっていて、ここでそれを証明したかった。
オープン当初はネット通販もSNSもやっていなくて、同業の人に「いまの時代にそんなのあり得ない」なんて言われたこともあります。でもそれはアマゾンでひたすらやってきたからこそ、逆に吹っ切れていたんです。
角田そして結果としてわかったのは、メインストリームとは別のことをやればいろんなことが起こるということでした。〈グッチ〉がコラボレートしたいと声をかけてくれたことも、自分にとっては大きな出来事です。
デジタル化が進む時代において、アナログである人間が豊かに生きるにはどのようにすればいいと思いますか?
角田人間って、だいたいの人がみんなと同じ方向を向いてそこへ流れて行くんです。だけど、それとは真逆の方向になにがあるのかを考えることも大事なんじゃないかと思います。ぼくがやっていることはスモールビジネスかもしれませんが、世の中に対して興味深いプレゼンテーションができればいいなと思ってるんです。大企業にいると難しいかもしれませんが、周りがどうこうというのは気にせずに、自分が本当に情熱を注げること、おもしろいと感じることに向けてパワーを使えば、きっとどこかにたどり着くのかなと思います。
最後に「ワルツ」としてこれからどんなことをしようと思っているのか、今後の展望について教えてください。
角田「ワルツ」としてというよりも、ぼく個人としてはラジオパーソナリティーをやってみたいと思ってます。自分でちゃんと番組を持って、世の中でまったく紹介されていない音楽を電波に乗せて届けたいとい想いがあります。うちで扱っている新譜は、世界中のアーティストやレーベルから連絡をもらって、その中から厳選したものを置いているんですが、雑誌とかで紹介される機会はほとんどないんです。つまり、世の中で誰も知らないような音楽をお店でかけたり、ここに並べてキャプションをつけて売っているんです。それをラジオでやりたいですね。