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フイナム政経塾 VOL.2 反緊縮財政の話。
Interview with TADASU MATSUO

フイナム政経塾
VOL.2 反緊縮財政の話。

政治や経済のニュース。大事なことだと思いながらも、とっつきにくい専門用語ばかりで、いまいちわかったようなわからないような。フイナム政経塾は、そんな人たちに向けた学び舎です。いまさら聞けない基本のことも、すこし理解するのが難しい話も、わかりやすく解説していきます。第二回目は、経済学者・松尾匡さんに聞いた反緊縮財政の話。

追加で国民に10万円の給付をしたって、日本は潰れない。

日本には普通の家計で言うような貯金はありません。あるのは借金1050兆円。

上述しましたが、反緊縮財政はお金がかかります。でも貯金はない。となると、さらに借金をする必要があるわけです。

国が借金をして、お金を市場に注ぐことの一番の懸念として言われるのは、インフレになるのではないかということ。

About インフレとデフレ

モノやサービスがどんどん売れるようになって、生産が追いつかないとなると、売り手は多くのひとが買うからと値段をつりあげていきます。そうすると、お金に対するモノの値打ちが上がり、モノに対するお金の値打ちは下がっていきます。物価が上がるとも言い換えられる。この状態がインフレです。けれど、こういう状態にするためには、みんなにある程度金銭的余裕があって購買意欲も高くなければ成立しません。逆に、モノが売れ残ったり、お店にお客さんがこなくなったりすると、売り手は少しでも売り上げを伸ばそうと値段を下げます。でも、ライバルも同じことをするので、結局売れる量はろくに伸びず値段が下がるだけになってしまう。こっちはモノの価値が下がり、お金の価値は上がっていく現象。これがデフレです。給料が低く、将来のことも不安で、買い渋っている状態とも言えます。

いまの政府が目指しているのは、インフレ率2%上昇の状態をつくることです。それは、1万円のジャケットが1年後に1万200円になっている状態です。けれど、とてもそんな状態には至ってなくて、2019年に消費税を2%上げたにもかかわらず、インフレ率はずっと1%未満でした。こんな状態なので、国が借金をして人々に必要な支出をしても、そう簡単にインフレがひどくなることはありません。

「よくインフレを語るときに、第一次世界大戦後のドイツの天文学的なインフレを例にするんですが、当時のドイツは戦争のせいで供給能力が破壊されていました。その上、工業地帯のルール地方がフランスに占領されて、そこで働く労働者が抗議のためストライキしていた。ですが、国は給料としてお金だけは渡していたんです。そうして、モノは生まれないのにお金だけが市場に溢れた結果、お金が紙切れ同様の価値になったんです。コロナの補償費を出しすぎると、のちにインフレになるというひともいますが、まず戦争とかではないので、事態が落ち着いたら供給能力はある。そして、ほかの国のほうがお金の出し方がすごいので円が高まりやすい(輸入品の値段が下がりやすい)。加えて失業や給与カットでモノを買えないひとたちがたくさん出てくる。となるとデフレですよね。モノは溢れているけどお金のない状態。仮にコロナの対策で、さらに追加で国民に10万円の給付をする程度のことは全然大丈夫です

では次に、借金がいま以上に膨らんでいいのかという問題です。Vol.1で、森永卓郎さんも全然問題ないと言っていましたが、実際はどうなのか編集部でも調べてみました。 

出所:日本銀行「資金循環統計」
(注1)「国債」は「財投債」を含む。(注2)「銀行等」には「ゆうちょ銀行」「証券投資信託」及び「証券会社」を含む。(注3)「生損保等」は「かんぽ生命」を含む。

まず国の借金(国債)はどこから借りているかというと、日本円を発行している日本銀行から4割、UFJとかみずほ銀行などの私銀行から2割、保険会社などから2割、公的年金とか年金基金から借りている額が1割です。残りの1割を海外から借りています。

借金の9割に関しては、国内の機関から借りていることがわかると思います。ここに関してはよく“家庭内での貸し借りと同じ”と言われています。親(国)が子供(日本銀行や保険会社)にお金を借りているイメージ。海外からは、日本がどれだけ借金をしていようと「すべて国内(家庭内)のことで、結局財布は一緒でしょ」と思われているわけです。

松尾さんは「この9割に関してはもともと返済するような性質のものではない」と言います。借りては返すをずっと繰り返していけばいいと。それでも経済は健全に回っていくし、国民の負担にはならない。ここの仕組みと、お金はどう生まれるかについては別の機会に解説します。

「国債がたくさんあって不安がるひともいますが『国債が膨れている』=『世の中にお金が出回っている』ということです。それでもインフレにならずに停滞した景気が続いてきたってことは、その額がむしろ足りなかったからということです」

コロナ後の世界でも緊縮を続けたら。

ただでさえ不況で、消費税も10%にあげられ、そこにコロナの衝撃です。

このままお金を出し渋る緊縮財政を続けていけば、個人商店や中小零細企業はやってられなくなります。そうなると体力のある全国チェーン店やグローバル企業が生き残り、そこで働くひとたちは一部のエリートたちと低賃金の非正規労働者ばかり…こんな世界が出来上がります。

「アメリカでは病院の診療もオンライン化が進んでいます。なので、物理的な距離は関係なくなり、診察料の安い場所にユーザーは集まりますよね。そうすると個人医院は淘汰されていきます。大学もオンライン授業が進んでいますが、こちらも国境関係なく授業料が安いところにひとが集まるようになる。そうなれば私も廃業です(笑)」

旅行好きなひとなら感じているかもしれませんが、世界のどの都市に行っても景観が似てきていませんか? グローバル企業の広告が街を埋め尽くし、グローバル企業のお店やホテルが道を埋め尽くす。緊縮財政の弊害はそんな場所にも現れます。

「グローバル化っていうのが一概にダメということではないんですが、グローバル化が進みすぎると税率が低かったり労働条件が低かったりする国に企業が逃げてしまうことがあります。そうなると法人税も徴収できないし労働条件の引き上げもできない。なので単なる反グローバリズムではなくて、真の国際連帯をして、法人税率が低い国の税率をあげましょうとか、外国人の労働条件を日本人と同じようにしましょうとか、そういった根本的な解決が必要になってきます」

反緊縮財政の世界を実現する方法。

消費税がゼロになって、病院や教育が無料になり、子育ての支援も充実して、老後も年金をたくさんもらえる。派遣社員ではなくて誰もが正社員として働くことができる。

そんな世界になったら将来の不安もなくなって、我慢していたものも買おうという気になる。外食や旅行にも頻繁に行くでしょう。お金がまわり景気がよくなる。結婚して子供を持つことも難しいことではなくなるから少子化問題だって解決できます。いいことづくめです。

反緊縮の世界を実現するためには、まずは、非正規労働者を使い捨てすることを非効率にしていく必要があります。派遣社員も正社員と同等の労働条件にしていく。そして、国や自治体に対して、福祉や医療などをもっと充実させろと声をあげていくことが必要です。

もうひとつの方法は、国や自治体のトップにそういうひとたちを据えること。東京に関して言えば7月5(日)に都知事選の投開票があります。ここで、誰であれ反緊縮を推し進めてくれる候補者を当選させれば、反緊縮の世界はぐっと近づくはずです。

松尾匡

1964年生まれ。1992年、神戸大学大学院経済学研究科博士後期課程修了、久留米大学に奉職。2008年からは立命館大学経済学部教授に。専門は理論経済学。著書に『商人道ノスヽメ』『この経済政策が民主主義を救う』『ケインズの逆襲 ハイエクの慧眼』、共著に『これからのマルクス経済学入門』『そろそろ左派は〈経済〉を語ろう――レフト3.0の政治経済学』などがある。

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