FEATURE
バイヤーがモニター越しに観た、2021年春夏パリ・メンズコレクション。
2021 S/S PARIS MEN’S FASHION WEEK

バイヤーがモニター越しに観た、2021年春夏パリ・メンズコレクション。

新型コロナウイルスによるパンデミックの影響を受けて、史上初のオンライン開催となったパリ・メンズファッションウィーク。7月9日から5日間の公式スケジュールに参加した65ブランド、さらには会期外に発表したブランドが創意あふれる映像作品を発表しました。アニメーションあり、デザイナーが肉声で語るものあり、さらには従来的なランウェーショーを彷彿とさせるものありと、それぞれのテイストは千差万別。20世紀初頭から続いてきたフィジカルな発表形式ではなく、デジタルという新しい枠組みのなかでブランドの真価が問われました。これらの作品は、バイヤーの目にどのように映ったのか? そして、買い付けはどのように行ない、バイイングディレクションにどんな変化があったのか? 名だたるショップの第一線で活躍する6名に話を訊きました。なかにはロンドンやミラノからのブランドのチョイスも。

  • Photo_Hiroyuki Takashima(Top)
  • Text_Tatsuya Yamaguchi
  • Edit_Ryo Muramatsu

BUYER 01 ぼくは服を “永遠のアナログ” だと思っている。

PROFILE

久保光博

セレクトショップ「GR8」のオーナー兼バイヤー。2017年には「BoF 500」に選出されるなど、これまで培ってきたカルチャーをバックボーンに、ファッション界に刺激を与え続けている。
gr8.jp/

ー 2021年春夏パリ・メンズファッションウィーク(以下、パリ・メンズ)が初めて、オンラインプラットフォームで開催されました。久保さんの印象に残っているブランドを教えて下さい。

シナリオもあってアニメーションに見入ってしまった〈ルイ・ヴィトン〉、ジョナサン・アンダーソンがコレクションを丁寧に解説する〈ロエベ〉といった「LVMH」グループのデジタルコンテンツは、観る人をしっかりと引き込む捉え方とつくり方がされていました。〈ウォルター ヴァン ベイレンドンク〉のミニチュアや、〈JW アンダーソン〉のたった35秒の映像も脳裏に残っています。予想に反して少なかったのは、デザイナーが語ったり、字幕が出たりするものですね。

「The Adventures of Zoooom with Friends(ズームと仲間たちの冒険)」と題した〈ルイ・ヴィトン〉の3分45秒の映像は、ロゴが描かれたトランクに荷物を運び入れるシーンからはじまる。Zoooomと名付けられたキャラクターとともにパリの市街を移動し、どこかに向かっている…。これは上海や東京で行われるショーのプロローグでもあった。

〈ロエベ〉は、リアルなプレスキット(「Show in a box」)に加え、24時間限定でさまざまなデジタルコンテンツを配信。なかでも、クリエイティブディレクターのジョナサン・アンダーソンが、インスピレーションなどを紐解きながら今季のコレクションを詳細にプレゼンテーションしていた。

スワッチやカリグラフィー、イラスト、写真や押し花を同封したプレスキットを世界中のプレスに郵送した〈JW アンダーソン〉は公式スケジュールで35秒の動画を発表。また、7月2日に、2021年春夏メンズコレクションと2021年ウィメンズリゾートコレクションを、ジョナサン・アンダーソンが自ら紹介する12分間の動画を発表していた。

ー 鑑賞者を引き込むとは?

大量のデジタルコンテンツを一気に観ることは、膨大なラインシートや写真に目を通すことにも似ていて、全部が同一に見えかねない。正直、デザイナーのエゴを吐き出したようなイメージムービーは全部同じに見えました。「いま、どのブランドを観ているんだっけ?」って。そのなかで目に留まるかどうかは、インスタグラムのタイムラインを見る視点とも似ているんじゃないでしょうか。クリエイションとしてムービーをつくる上で、観る側にいかにインパクトを与え、注目させるかというポイントは必ずあると思います。

ー デジタルファッションウィークを俯瞰してみて思うことはありますか?

将来を見据えてデジタルに特化したチームに投資していたところや、クリエイティブなことをコツコツと積み重ねてきたからこそ生まれた知恵で勝負するブランドが強いですよね。実際、資金力があってパワーがあるブランドはやっぱり売れているし、いままでは高層から低層までいろいろなゾーンが分かれていたなかで、真んなかがなくなっていくのかもしれません。

ー これまでのオーダーの付け方と変わったところはありますか?

正直「恐らくこうだろう」と想像した部分はありました。先程の話と同じで、200以上のブランドのラインシートと向き合っていると、どのブランドの服か分からなくなるし、当然、オンラインでは決して伝わらないコレクションの世界観や質感がある。ぼくは服を “永遠のアナログ” だと思っているので。同時に、これまで関わってきたブランドとの関係をやめたらダメだという思いもあります。仮に1万ユーロの規模だった取引が1,500ユーロになったとしても、デザイナーやブランドと密にコミュニケーションを取るようにしていて、「やめたくない」と誠意を持って伝えたら理解してくれます。タネを撒いて一緒に育てていくような考え方をしたいし、マーチャンダイズを重視するビジネスに反省しているところもあります。

ー ダイレクトなコミュニケーションがこれまで以上に大切ということですね。

そうですね。コロナ後のバイイングシステムの勝者は、デザイナーさんと直でやれるかどうかなんじゃないでしょうか。それを面倒くさがってしまうと、いろいろなことが分からないままで終わってしまう気がしてならないですね。

ー オンラインストアを強化されていますが、顧客の方々の変化は感じますか?

コロナ禍になって人と会う機会が激減すると、当然、服装を変えるタームも変わってくるので、服を買うリズムもだいぶ落ちている印象です。自分たちの仕事は、夢を売らなきゃいけない。ただやっぱり、いまはいろいろな “速度” が違う。たとえば、時速100キロのペースで買い付けると大事故を起こすから40キロに落とさないといけないだとか、感覚的な誤差はあっても、みんな感じていることだと思います。消費に関しても同じようなことが言えると思います。新作をたくさんつくることに対する疑問もあるし、無駄な買い付け、無駄な生産と消費を止めていこうという動きもありますよね。

ー この自粛期間で、久保さん自身のマインドに変化はありましたか?

経営者という立場でいえば、会社をまわして、スタッフの給料も税金も払えれば、売上や生産性を追い求めてあくせく働く必要がどこまであるのかと思います。これまで忙しくしてきたけど、人間の生き方とか考え方として、家族と一緒にいること、山や川に行って考えごとをするというのも豊かさのひとつだなと。テントやフィッシング用のアイテムとか、いままでまったく興味がなかったものがいまは気になってしょうがない。〈ネイバーフッド〉とかね。

ー 「GR8」は6月に行われたロンドン・ファッションウィークで映像作品を発表されましたね。

何年もロンドン・ファッションウィークに行っていて、デザイナーも良い人ばかり。オファーを受け、単純にロンドンを応援したいし、良いものを提出できるなら盛り上がりの一助になるんじゃないかという思いで参加しました。コロナ禍になって尚更、日本人がやっている日本のセレクトショップとして、日本人じゃないと持てないメンタリティを世界に発信したいと思うようにもなっています。ショップを彩っている生花もそのひとつですが、日本の精神性と、伝統美、あるいはスピリチュアルなものが、ファッションと融合したイメージを伝えていきたいですね。

「GR8」がロンドン・ファッションウィークのために制作した映像のうちのひとつ。〈チャールズ ジェフリー ラバーボーイ〉や〈ヴィヴィアン・ウエストウッド〉、〈TOLU COKER〉をまとった日本画家の東園基昭に、「明治記念館」を舞台にインタビューを行っている。