
PROFILE
大学卒業後、ファッション小売業界で販売、バイヤー、ブランドディレクターを経験した後、1989年に「ユナイテッドアローズ」の創業に参画。販売促進部部長、クリエイティブディレクターなどを歴任し、現在は同社の上級顧問 クリエイティブディレクション担当。
グレーはやっぱりニュートラルな色だと思う。

ー 栗野さんがはじめて〈ニューバランス〉に触れたのはいつ頃のことですか?
栗野: はじめて見たのは1986年か1987年くらいで、日本に入ってきた頃のことです。ぼくは当時「ビームス」に在籍していて、スタッフにアメリカものが大好きな人がいたのですが、彼が「この靴がいま、いちばんのお薦めです」と言っていて。アメリカ大統領を筆頭に、知的で品のいい人たちが履いていると教えてくれました。
でも、正直な話をすると、そのときはあまり興味がなかった。シルエットがやけに丸いし、どれだけ履き心地がよくても、自分は履かないな、と思ったんです。
ー でも、その後履くようになるわけですよね?
栗野: はじめて履いたのはそれから10年以上も後で、1998年でした。当時、日常的に黒いスーツを着たいと思っていたんです。そのときに靴をどうしようかなと思って。黒いスーツに白シャツを着て、黒い革靴を合わせたら殺し屋みたいになっちゃうでしょう(笑)。
それで「ユナイテッドアローズ」の1号点が当時渋谷の明治通り沿いにあったのですが、オフィスもその近辺だったんです。あの辺りはスニーカー屋さんも多くて、とあるお店に飛び込んだら、スエードでオールブラックの「576」が目に留まった。「N」の文字も白抜きではなく黒かったし、これなら目立たなくていいやと思って買ったんです。
ー 履いてみて、しっくりくる感覚があったんですか?
栗野: 〈ニューバランス〉のシューズって、結局アノニマスですよね。「N」って書いてあるけど、形もシンプルだし、押し付けがましさがない。だから黒スーツというストイックな格好にも溶け込んだ。これなら殺し屋にならずに済む、と思ったわけです(笑)。そして履き心地が素晴らしい。

栗野: スーツにスニーカーという格好は、それまでにも存在していました。たとえばビートルズのレコードジャケットでは、ジョン・レノンが白いスーツに白いスニーカーを合わせているし、ウディ・アレンの映画ではタキシードにローテクのスニーカーを合わせたりもしていました。〈ニューバランス〉をスーツに合わせている人も、もしかしたらいたかもしれないけれど、メジャーな着こなしではなかったですよね。ぼくはそれが気に入ってしまって、それ以来、スーツやジャケットスタイルに合わせるようになったんです。
ー 当初、栗野さんが「自分は履かない」と思われていたように、一般的にも〈ニューバランス〉はファッションの靴として浸透していなかったと思います。それが現在では「おしゃれな靴」として認知されるようになりました。それはどうしてだと思いますか?
栗野: 日本人がおしゃれだからだと思いますね。『ラブ・アゲイン』という映画をご存知ですか? プレイボーイがモテない男性に、女性にモテるための秘訣を教示する内容なんですが、その主人公のモテない男性が〈ニューバランス〉を履いているんです。そしてプレイボーイが、そんな靴を履いているからモテないんだと言って、シューズを捨ててしまうシーンがあって。アメリカではいまだにそういうイメージかも知れない。海外から来られた方にもよく言われますよ、「こんなに〈ニューバランス〉を履いている国は他にない」って。ユナイテッドアローズのスタッフもみんな好きで、よく履いています。着用率は本当に高いと思います。

ー どうしてファッションに合うのでしょうか?
栗野: シンプルだからでしょうね。それに尽きます。ぼくはたまたま黒から入りましたが、〈ニューバランス〉のキーカラーであるグレーはやっぱりニュートラルな色だと思うんです。他のブランドでこういう色の靴をだしているところはない。グレーの革靴だとしたら、象革とかを使わないといけない(笑)。主張しすぎないし、仮にレッドやグリーンをキーカラーにしていたら、ここまでポピュラーにはならなかったと思う。色で認知されたシューズの例として本当に稀なケースですよね。
そういえば、スマートフォンで“スニーカー”と打つと、グレーのシューズが絵文字として出てきます。あれはきっと〈ニューバランス〉ですよね。ぼくもはじめてみたときはビックリしました。すごいなと思って。でも、どうしてグレーなんでしょうね?
ー 諸説あるようですが、〈ニューバランス〉の本社があるボストンの街並みに合うカラーとしてグレーにしたという説と、会長のジム・デービスさんがアウトドアショップでスキーウェアを見ていたときにカラフルなウェアばかりの中からグレーのアイテムを見つけて、「これだ!」と思って取り入れたという説があります。

栗野: どちらもいい話ですね。ぼくも以前、幸いなことにジム・デービスさんにお会いしてインタビューをさせてもらったことがあります。経営に対して明確なポリシーを持たれた方で、地域貢献もされているし、人として尊敬できる方でした。世界中にスポーツブランドがあるなかで、ナンバー1とナンバー2は誰もが想像できる企業。だけど、ナンバー3は特定が難しい。そのなかで「〈ニューバランス〉は魅力的なナンバー3になりたい」というようなお話をされていました。


広告においてもスーパーアスリートや、有名なモデルを積極的に起用したりしないですよね。そういうところもなんだか共感してしまいます。70年代に、おじいさんやおばあさんを起用した広告がありました。スポーツブランドのシューズの広告だったら、普通はアスリートであったり眉目秀麗な人に履かせますよね。だけど、それをチャーミングなおじいさんやおばあさんに履かせていた。当時ぼくは販促の部長をしていたので、そうした広告のアイデアはとても勉強になりました。
ー 老若男女に合うシューズということですよね。
栗野: そうですね。とてもポップで効果的な広告だったと思います。非常にモダンな企業であることを感じました。

それと最近発表された新しいキャンペーンヴィジュアルも素晴らしかった。〈エメ・レオン・ドレ〉というブランドのファウンダーであるテディ・サンティスさんが、“MADE IN U.S.A.”の〈ニューバランス〉のクリエイティブディレクターになることを告げるものですが、ダイバーシティをクールに表現していて、実に格好いい。モデルとなった方々の年齢も人種もジェンダーも幅広いし、職業もパン屋や床屋、仕立て屋、肉屋、ペインターなどニューヨーク在住の職人たちを起用していて、知的。写真も、アーヴィング・ペンの撮り方をオマージュしているところが個人的にはうれしかったです。知れば知るほど、この人たちとはもっと一緒にやっていきたいと思うキャンペーンヴィジュアルでしたね。