人間が曖昧な生き物だと感じられるのが、心地いい。
ー SDGsを大きな話ではなく、小さなスケールで話してみたいのですが、そもそもコムアイさんの場合は、身近などんなきっかけでSDGsのことを考えるようになったのですか?
コムアイ: SDGsという言葉ができる前から、そういうことには関心があったと思います。中学生の時に、家にあったウサギの絵本『地雷ではなく花をください』を読んで、地雷撤去募金キャンペーンに参加するようになったりとか。自分の時間を何かに役立てたいという純粋な気持ちだったかなあと思います。
ー 自然の色濃く残っている屋久島にも行かれたりしていますが、ことさらそこでは自然を強く感じますか?
コムアイ: 屋久島に行くと、水の力強さを感じますね。ひと月で35日雨が降ると言われているくらい。それから、自分がこうして喋ったり考えたりしていることを超えた、不思議で野生的な生き物なんだなと感じます。音楽をやっていてもそう。自分の体も予測できないし、ライブが終わった時には、あれっなんだったんだろう…と呆気にとられることもあります。頭で思っていた通りにいかないし、その予想を超える存在が体だと思いますね。そのずれは、自分というより、自然と自分が共有している部分なのかも。人間が曖昧な生き物だと感じられるのが、心地いいんですよね。

ー 自然のなかの一部だと実感できる、その音楽体験は素敵です。
コムアイ: そうですね。でも音楽だけの話ではないと思う。ランナーズハイとか、スポーツをやるひともそうかもしれない。酔っ払って踊ってるひととか。体を使い、体に乗っ取られる瞬間。自然のなかにいると、勘を働かせたり、歩く時に自分の体の記憶を引っ張り出してきたりとかするじゃないですか。私の場合は、ついつい頭でっかちになっちゃうので、そういう意味では音楽に助けられているし、自然に行くたびに戻される感じがあります。行こうと思えば、東京は奥多摩のような森もあるし、意外に自然のあるところに簡単にアクセスできるのがいいですよね。
ー SDGsに関しては、日本と世界ではまだまだ温度差があると思いますが、世界のニュースはよくチェックされますか?
コムアイ: 「The Guardian」(イギリスの大手新聞)とか「BBC」(イギリスの国営放送)とかをインスタでフォローしているくらいです。あとは、「Brut」というウェブメディアが好きです。フランスのネタが多いんですけど、おもしろい活動しているひとを紹介しているインスタやツイッターのアカウントで、「Brut Japan」は日本語訳もつけてくれています。アセクシャルという無性愛者の方のインタビューを見ましたが、丁寧な説明でとても興味深かった。あとは、リヨンの食料品店で売れ残った食材を地域のおばさんたちが開いた無料の料理教室で調理して、ホームレスのひとたちへの配給として提供する話とか、ヒントがいっぱいあるんです。
ー それは勉強になりそうですね。もともと環境問題の意識は高かったんですか?
コムアイ: 私も、環境問題に関心が高くなったのは最近で、高校生の頃は人権や紛争、原発の問題の方にもっと興味がありました。でも、環境が悪化して資源が枯渇すると、人権や紛争の問題もよりひどくなりますし、すべて繋がっていますね。