Talk about “STOWAWAY JACKET”
街を行き交う人々の胸元に輝くハーフドームのロゴは、目の利く洒落者のサインとなりました。でも〈ザ・ノース・フェイス〉の深みはきっとそんなもんじゃないはず。その個性と歴史の奥行きを垣間見られる、アーカイブの復刻にまつわるエピソード。限りなく無地に近い1980年代の名作シェル「ストアウェイジャケット」に再びフォーカスし企画を手がけた柴田弘達さんが、その意図を語ります。
PROFILE
1968年生まれ、東京都出身。学生時代は服飾デザインを学ぶ傍ら、キャンプやスキー、サーフィンなどのアウトドアアクティビティに触れ、’91年に「ゴールドウイン」に入社、アパレルのデザインに携わるようになる。パフォーマンス・ライフスタイル両面で多くの名作を生み出し、近年ではスポーツの世界的祭典での選手用ユニフォームや「ブリュード・プロテイン™️」で知られる人工合成タンパク質素材の旗手「スパイバー」とともに開発した「ムーン・パーカ」のデザインなども手掛けている。
僕はあんまり会議室にはいないです(笑)。
― 今回は「ストアウェイジャケット」についてのお話ですが、その前に柴田さんの〈ザ・ノース・フェイス〉での役割について、教えていただけますか。
柴田弘達(以下、柴田): 「ゴールドウイン」で働き始めて30年以上、ずっとデザイナーを務めていましたが、現在はデザインディレクターという役割を通じて、イノベーション、未来に向けたものづくりを形にするのが主な仕事です。
― 柴田さんは生え抜きの「ゴールドウイン」のデザイナーなんですか?
柴田: そうですね。入社が1991年で、それまでは「モード学園」でファッションデザインを学んでました。ぼくが学生だった頃は俗に言うDCブームで、周りの人はみんなカラス族。〈ワイズ〉のスーツみたいな真っ黒い服しか着ないなか、ぼくはカジュアルがすごく好きで革ジャンにジーパンみたいな格好ばかりしてました。だから就職を考えたときも、デザイナーズブランドに行くっていうのもなぁ… と思っていて。
― その時代ならみんなデザイナーズブランドが憧れの就職先になっていそうですが、逆ですね。
柴田: ぼくもみんなと同じように週末の夜はクラブ活動もしてたんですけど(笑)、一方でキャンプに行ったり、冬にはスキー、夏になると波乗りって感じで、アウトドアが好きだったのが大きいと思います。
― 周りが街中で夜遊びをしてる時期に、朝から自然のなかで遊んでいたと。
柴田: やはり自然と触れ合うのが好きだったので、周りはどんどんデザイン系の会社に行っていたけれど、ぼくはスポーツだと決めていて。
― それから約30年。デザイナーとしてのご担当は主にアパレルですか?
柴田: アパレルを中心に、全体のデザインをまとめるのが主な役割です。いまは社内に多数のデザイナーがいて、それぞれのデザインに横串でブランドとしての一貫性をもたせる指示をしています。また、〈ザ・ノース・フェイス〉のグローバルミーティングで議論した方向性を、日本のマーケットに合ったデザインに落とし込むのもぼくの役割です。
― ご自身ではこれまでにどんなアイテムを手掛けられてきたんですか?
柴田: 「クライムライトジャケット」や「ドットショットジャケット」、「コンパクトジャケット」など色々ありますが、代表作は「アコンカグアジャケット」ですかね。「マウンテンジャケット」や「ヌプシジャケット」をはじめ、〈ザ・ノース・フェイス〉のアパレルは、本国のアイコン的モデルのデザインをベースにしながら、日本のマーケットに合わせてアップデートするやり方が基本です。そのなかで「アコンカグア」は完全に日本のオリジナルで、本国(USA)のアスリートからの反応も良かったため同様のモデルが後にアメリカでも販売されました。
― 〈ザ・ノース・フェイス〉のなかでは、少し軽めのダウンジャケットですよね?
柴田: はい。昔は薄いダウンなんてあり得なかったのですが、暖冬が進むなかでハイロフトのダウンだけでは限界を感じていて、そこで考案したのが「アコンカグア」でした。10デニールという産業資材やストッキングにしか使われていなかった糸をアパレルに落とし込んだのですが、当初、自社の営業担当からは「こんな薄いダウンなんて売れない」と言われていたところを、当時のMDが製品化を押し切ってくれて。それが浸透して、最終的に量産化された好例です。
― そうだったんですね。定番モデルというイメージが強いので、米国規格なのかと思っていました。
柴田: 当時は本国チームもなかなか日本のデザインを受け入れようとはしませんでしたが、彼らがつくったことのないような薄いダウンでしたし、触れたこともないような素材を目の当たりにして、少しずつ気になっていったのかなと。それが本国でも展開されるようになったときは、とても嬉しかったですね。いまもですが、当時から開発することが大好きなんです。
― お忙しいと思いますが、いまもアウトドア活動は積極的に?
柴田: そうですね。山も登りますしクライミングもしますが、一番好きなのは学生時代に始めたスノースポーツです。だからバックカントリー用のモデルはずっとやりたいと思っていて。そういうものをつくるには当然アスリートの意見も必要になってきて、当時、〈ザ・ノース・フェイス〉のスノーアスリートと試行錯誤を繰り返して初めてできたのが「RTGジャケット」でした。
― ご自身でのフィールドテストはいまも続行中ですか?
柴田: はい。基本的にはそれがないとモノがつくれないので。だからぼくは普段、あんまり会議室にはいないですね(笑)。
― (笑)。そんななかで、今回「ストアウェイジャケット」を復刻されたのはなぜだったんでしょうか。元は’80年代のレインウェアですよね?
柴田: ひとつの理由としては、地球温暖化で気候の変化を感じていて、人々が着るものも変わってきたというのがあります。厚いアウターを着る時期が短くなり、Tシャツの上にシェルだけ羽織るようなケースが昔より増えたなかで、シェルも2層の需要が高まっているなと感じていて。3層よりも2層の方が肌あたりが良いですからね。
― いわゆる防水素材の構造の部分のお話ですね。
柴田: そうです。あとは、より無地に近いシェルが欲しいなと感じていたことも理由のひとつです。〈ザ・ノース・フェイス〉では「マウンテンジャケット」のような切り替えデザインが主流ですが、いまはよりシンプルなもののニーズが高まっているように感じていて。それで2層のゴアテックス ファブリックスで無地に近いものとなると、ぼくのなかでは「ストアウェイ」でした。スパンライク、コットンライクなものが多いなかで、’90年代らしいこういうカラーリングだったりブライト感がいまの気分にマッチしていると思ったんです。
ロゴは“安心して着られます”というサイン。
― パリッとしたスリーレイヤーのゴアテックス プロダクトの高揚感もありますが、2層だと薄くて柔らかい分、もっと気軽に羽織れますよね。
柴田: そうなんです。「ストアウェイ」がデビューした’82年のカタログを見ると“ウルトラライトシェル”って書いてあるんですよ。当時のレインウェアは分厚いものばかりだったので、2層になると柔らかくてコンパクトにできるっていうストーリーのもと、この名前がついたようで。そのカタログの最後には“カジュアル”っていう言葉も登場して、当時の〈ザ・ノース・フェイス〉チームがこの頃にはライフスタイルも意識し始めていたのが分かるんです。
― アウトドアウェアの日常使いの先駆けのようなエピソードですね。
柴田: アイテム自体は1982年の登場ですが、その後10年以上継続して展開されていたモデルで、今日持ってきたアーカイブも’90年代に入ってからのものです。昔はシェルもスモーキーなカラーが主流だったんですけど、時代の変化に伴ってこういうヴィヴィッドな色が出てくるようになって。ぼくはこの時代の「ストアウェイ」が一番好きです。
― 確かに配色はクラシックですが、オリジナルと比べると素材感も少し違うような気がします。
柴田: そうですね。これは3回くらい色出しをやり直してるんですけど、元のシャイニーな雰囲気は残しながら現代でも着やすいトーンで、かつこの時代に合った素材のセレクトを、ということで、リサイクルポリエステルを使うという判断に至りました。環境負荷をかけないものづくりというのも我々の使命のひとつなので、ゴアテックス メンブレンについても従来のePTFEではなく、フッ素フリーのePEメンブレンを使ったのは大きな変化だと思います。
― 以前に本国の前CEOが“最初は自社製品にロゴを入れるべきかどうかもすごく悩んだ”とおっしゃっていたんですが、今回の「ストアウェイジャケット」のロゴはかなり控えめですね。
柴田: 「マウンテンジャケット」のように映えるロゴはもちろん好きですし、実際に人気ですが、もっとソリッドな〈ザ・ノース・フェイス〉の一面も知って欲しいという気持ちがありました。それぞれに意味があると思いますが、時代のタイミング的にはこういうものも良いんじゃないかなと。
― 左腕のかなり小さなロゴプリントのみですもんね。
柴田: そうですね。無地に近いものをと言いましたけど、ロゴ自体は絶対に外に出すべきだと思っていて。
― なるほど。その理由は?
柴田: 先ほどお話ししたように、我々の製品は実際にアスリートの人たちと会話を重ね、彼らに何度もテストしてもらったうえで最終的に製品化されます。だからブランドロゴは、“そういうテストを重ねているから、安心して着られますよ”というサインだとぼくは思っています。「ストアウェイ」については元々アウトドアだけじゃなく、日常でも使えるようにつくられたアイテムなので、少し控えめなデザインの方が取り入れやすいんじゃないかなと。
― シンプルな分、このカラーと素材感も引き立ちますね。
柴田: 当時の雰囲気を出しながら、現代でも着やすいようにと意識しました。裏地もリップストップの生地にシワ加工をしてナチュラルさを出しています。こういうレトロなカラーをつくりつつ、当時のアウトドアではあり得なかったようなブラックも展開しています。
― 個性を取るか、無難に行くかは悩ましいですよね。
柴田: (笑)。ぼくにとっては、こういう当時らしいカラーは少しテンションを高めたいときに着るものですね。夏場の少し寒いときにフルレングスのパンツと合わせても良いですが、個人的には1990年代みたいに短いショーツやラグソックスと合わせたいなと思っています。
― クラシックですけど、また新鮮に感じられそうですよね。
柴田: はい。そういう時代を知らない世代の人も増えてきてるでしょうし、また面白いタイミングかなと。過去にない、新しいアイコニックなモデルを生み出すことも必要だと思いますが、やはり〈ザ・ノース・フェイス〉は創設以来、良いものをたくさん残してくれているので、それを時代に合わせてアップデートしていくこともぼくらにとって大切なことなんです。もちろん、しっかり背景を知ってる人が昔ながらの着方で楽しんでくれるとしたら、それは本当に嬉しいことですけどね。
1982年デビューのレインジャケットを現代の技術でアップデートし、当時を彷彿とさせるカラーリングで復刻した「ストアウェイジャケット」。機能性を高めながら環境にも配慮し、非フッ素メンブレンによるePE GORE-TEX® PRODUCTSの2層素材を採用。微光沢のある50デニールのポリエステル生地がクラシカルさを引き立て、裏地には強度のあるリップストップポリエステルを使用。袖口は面ファスナー仕様で、裾にはフィット感を調節するためのアジャスターを搭載。コンパクトに収納でき、携行に便利なスタッフサックも付属している。