左:二俣(ふたつまた)公一 / デザイナー
右:荒岡俊行 / 荒岡眼鏡
あえてメガネの畑にはいないデザイナーに依頼したかった。
これまでセレクト一筋で営業をしてきた荒岡眼鏡が、どうしてこのタイミングでオリジナルのメガネを制作することになったのか。その経緯を教えてください。
荒岡我々が営業をスタートしたのは1940年。今年で創業77年を迎えます。“77”という縁起のいい年になにか形あるものを残したいということで、オリジナルのメガネを制作することにしたんです。
これまでさまざまなメガネを見てきて、最近はどうしても似たような傾向のアイテムが多い。そこに対して楔を打つように、なにか新しいものをつくりたいという気持ちがあったんです。
いままでにメガネを制作されたことはあったんですか?
荒岡コラボレートという形でさまざまなブランドと共同制作をすることはあったんですが、独自で制作するのはこれがはじめてです。
二俣どこにも属していないメガネを一からつくりたい。デザイナーとしてお声がけを頂いたときに、ぼくもそんな想いを感じました。
荒岡ええ、そうですね。例えばどこかのブランドと共同で制作をしたとする。でも、そうして出来あがったメガネは、決して新しいモノにはならなかったと思うんです。
荒岡その通りです。だからこそ、あえてメガネの畑とはまったく違うところにいらっしゃる二俣さんにお声がけをしました。別の角度からメガネというアイテムに向き合って、まったく新しいものをつくっていただけると思ったんです。
荒岡それに、これまでに二俣さんが手掛けた作品を拝見して、我々の想いを形にしてくれるんじゃないかという期待も感じました。装飾性を大事にするのはもちろんですが、日常品としての側面にもスポットを当てて、機能や実用性も充実したものをデザインしてくれるんじゃないかと。
二俣そこは意識していますね。今回も同じです。ファッションという部分に固執するより、プロダクトとしていいモノをつくりたいと思いました。メガネとしての機能を発揮して、テーブルの上に置いたときにも美しさを感じるもの。そういった繊細な気遣いを感じるアイテムにしたいと思ったんです。そして、後世までずっと残っていくスタンダードなものを。
荒岡私は二俣さんのそういった考えにすごく共感するんです。「長く残るものには意味がある」とよく仰られますよね。自然と手に取りたくなるものには魅力がある、と。そして、いつも伝統を大事にされます。このプロジェクトをデザイナーとしての自己表現の場だけでなく、我々が歩んできた歴史を重んじながらデザインを手掛けてくれました。本当にありがたいことです。
荒岡眼鏡の創業者である荒岡秀吉と、若かりし頃の3代目。
今回誕生した「Elder_ARAOKAGANKYO」は、“ブロウライン”と呼ばれるメガネがデザインソースになっていると聞きました。
荒岡そうです。1940年代後半から50年代にかけてアメリカで大きなトレンドとなり、いまだに多くの人に愛されるメガネです。私の祖父である荒岡眼鏡の創業者、荒岡秀吉もこのメガネの愛用者でした。もともとはアメリカへの輸出用として、戦後の日本でも生産されていた背景を持ちます。それが次第に日本人のあいだでも浸透していった。実際に荒岡眼鏡の経営を支えた型でもあるわけです。
荒岡眼鏡との所縁があったわけですね。“Elder”という言葉には「古老」という意味が含まれます。つまり、秀吉さんに対する想いも含め、伝統への敬意を表していると。
二俣ぼくは荒岡さんからそのお話を聞いて、グッと入り込むことができました。なんというか、スタイルがクラシックで渋いから、刷新するにはふさわしいんじゃないかと。
左から、「Elder_ARAOKAGANKYO」サングラスタイプ ¥39,000+TAX、スタンダードタイプ ¥37,000+TAX
「こんなフレームはつくったことがない」という職人の言葉。
二俣さんはこれまでにメガネをデザインされたことはあったんですか?
二俣いえ、ありませんでした。プロダクトや家具などを手掛けたことはありますが、今回は身につけるものということで、難しい挑戦になるだろうと予想はしていました。なんといっても顔につけるものですからね。お話をいただいて正直構えはしたんですけど、難易度が高いからこそ挑んでみたいという気持ちが強かったのも事実です。
荒岡普段メガネを掛けられないということで、我々からひとつプレゼントをしました。〈ローレンス ジェンキン スペタクル メーカー〉の一本です。70年代~80年代にかけてメガネ業界で活躍した伝説的なデザイナーが手掛けるもので、一度は引退をしたんですが、近年になって再びモノづくりの現場に戻ってきたんです。ハンドメイドでフレームをつくることで知られているんですが、その手仕事は本当に見事の一言で。
二俣細みのフレームで、繊細さがにじみ出る一本でした。どことなくアナログ感があるといいますか、職人の手の動きが見えたような気がしたんです。今回メガネをつくるにあたって、メタルを使わずにアセテート(メガネのフレームに使用される樹脂素材)を採用するということになっていたので、余計にリンクを感じました。
ブロウラインといえば、通常、フレームの上部がアセテートで下部がメタルというのが一般的ですよね。
荒岡そうですね、一般的には。ただ二俣さんの場合、こちらから細かくオーダーをする必要性を感じませんでした。そのままブロウラインをつくってこないだろう、ということが分かっていたんです(笑)。以前、ブロウラインの参考資料をお送りしましょうか? と提案すると、「結構です」とおっしゃいましたよね? 資料を見ることによってイメージが引っ張られてしまうということでした。
二俣もちろん最低限の情報はリサーチしましたが、一から十を知ってからスタートすると、結果的につまらないものが出来あがってしまうような気がしました。それよりも、わからないことがあればその都度考えて前に進む。新しい発見を知識として蓄える。そうしたプロセスを楽しみながら作業していくのが大事なのかなと。それに、ブロウラインは答えがものすごくシンプルだったんです。
二俣フレームの上が太くて下が細い、という明快な特徴なので、その“差”を明確につけるためにどうすればいいのか? ということを考えればいいのかなと。上の部分はテンプルと一体に見えるように造形して、下のフレームの形状を思いきり変えました。それによって上部と下部でしっかりと造形が切り替わったものに仕上がったと思います。とはいえ素材はすべてアセテートですから、パッと見たときの派手さはありません。個人的に派手な物はすぐ飽きてしまう傾向にあるので…。
テンプルから続くようにして設計されたフレーム上部に対し、下部になると急に形状が変わり、半円形の断面となる。
ひとつの素材でこういった形を表現するのは簡単なことではない。
荒岡上部と下部で形状の差をつけるところに苦労されてましたよね。
二俣そうですね。すごく繊細な仕事が必要になるので、機械だけではやっぱりできませんでした。
荒岡工場も「こんな形状のフレームはつくったことがない」と仰っていました。
荒岡無理ではないけど、これは大分難しいぞ、といった空気にはなっていました。職人さんが図面を見たときに「どうやってつくるの?」と、頭の上に疑問符がたくさん浮かんでいる様子でしたから。
二俣図面を出してみて職人さんがどんな反応をするのか、想像ができてなかったんです(笑)。なにしろメガネははじめてでしたから。まぁでもやってみよう、ということになって一個目のサンプルが出来あがったときに再び工場へ訪れました。すると、まぁまぁ思ったものに近いメガネがそこに置いてあったんです。
ただ、ひとつだけ気になるところがありました。それはフレームの上部。図面上では直線でデザインしていたんですが、実際に掛けてみると、なんというか…曲がって見えるんです。
荒岡サンプルは実際に直線で出来あがっていたんですが、目の錯覚でフレームが“逆への字”に曲がっているように見えたんですよね。
ゆるやかにカーブを描いたフレーム上部。実際に顔に掛けたときは直線に見える。
二俣人間の顔は基本曲線の集合なので、そこに直線的なものを当てると曲がって見えるということが発覚して。逆への字に曲がって見えると、極端な話、顔が困った印象になってしまうんです。それを今度は0.5ミリ単位で修正していって、フレームに微妙なカーブを与えました。どこからカーブをはじめるか、その起点なども微調整しながら。
荒岡図面の調整はそれから10回以上は行なってますよね。
“モノと人が共存できるか”がデザインをする上での要点
何度も微調整を重ねながら完成形と言えるものが出来あがったとき、荒岡さんはどんなことを感じられましたか?
荒岡驚きと感動が入り交じった言葉では表現できない感情が生まれました。「あぁ、これはもはやブロウじゃないな」と。メガネ屋として、これはもうブロウラインと呼べる代物じゃないんです。ウェリントンでもなければ、ボストンでもない。いつものクセでどのカテゴリーに当てはまるのか考えてしまうんですが…。
「Elder_ARAOKAGANKYO」は、どのカテゴリーにも属さないと。
荒岡そうなんです。“エルダー”という新しい形ができあがった実感がありました。新しいものをつくろうとすると、突飛なデザインを提案することがよくあると思うんです。でも、このメガネは新しいのにどこか懐かしさがある。なんというか、心地よい違和感があるんです。ジワジワと込み上げてくるものを感じました。恐らくこれは、20年後にみなさんが“クラシック”と呼べるようなメガネになるだろう、と。驚きが確かな打球感へと変わっていったんです。
二俣新しいのにどこか懐かしいというのは、このメガネをつくるにあたって一番大事にしたかったことです。ぼくは新しいモノも古いモノも好きで、それが発する空気感のようなものに興味があります。
「Elder_ARAOKAGANKYO」サングラスタイプ 各¥39,000+TAX
「Elder_ARAOKAGANKYO」スタンダードタイプ 各¥37,000+TAX
二俣デザインをするときもそういったことが重要なポイントになるんですよ。コンセプトがどれだけ明快でユニークでも、出来あがったモノが人になじんで、気持ちのいい空気を生まなければ意味がない。つまり、モノと人が共存できるかが要点になってくるわけです。メガネともなると、顔につけるわけですからその部分がより大事になってくると思います。
手前味噌になるんですが、この「Elder_ARAOKAGANKYO」は、細かな微調整を繰り返したことによって掛けられると感じてくれる人がかなり増えたんじゃないかと思うんです。
荒岡そうですね、すごくバランスがいいメガネだと思います。あと、これは私の個人的な感覚なんですが、「Elder_ARAOKAGANKYO」はずっと触っていたくなるメガネなんです。なんというか、猫のように撫でたくなるといいますか…(笑)。
荒岡形が美しいからなのか、その理由まではわからないんですが、実際に触っていて肌に馴染む感覚があるんです。
荒岡ふと思い出したんですが、以前、二俣さんに紹介していただいたバーがありますよね? ご自身で空間のデザインを手掛けられた場所だったんですが、カウンター席に座っていてもおなじようなことを感じた覚えがあります。カウンターの天板も触れていて心地よかったんです。天板の裏側にも配慮が行き渡っていて、そこまで人間の動きを意識しているのかな? と、そのとき思ったんですが、実際のところどうなんでしょうか?
二俣“触りたくなる”ことを強く意識した訳ではないですが、曲線や直線を交えながら形状として心地いい設計になるようには考えています。素材の組み合わせが多く出てくる空間や建築の場合に比べ、プロダクトの場合はスケールがコンパクトになるほどもっとシンプルになります。とくに今回の場合、素材はアセテートのみだったので、形状のみで勝負しなければならない。だから、本当に丁寧な設計が求められたんです。
荒岡反応、いいんですよ。ひと目見て、形がキレイだと仰って手に取ってくれるお客さまが多い。あと、これは予期していなかったことなんですが、メガネ愛好家の方々にも評判なんです。いままでいろんなメガネにチャレンジしてこられた方がコレを見て「新しい」と言ってご購入いただくケースもあります。これは本当に珍しいことなんです。
荒岡ブロウをそのまま出していたら、きっとこんな反応は得られなかったと思います。またみなさんが喜ぶものをつくりたいですね。
二俣「Elder_ARAOKAGANKYO」はすごくベーシックな一本だから、ここから派生して異なるデザインを生むことはできそうですね。とはいえ、まったく新しいものをつくりたいという気持ちもあります。今回は完成まで2年かかったので、次回やるとしても時間はかかりそうですが…(笑)。
荒岡それはそれでいいのではないでしょうか。展示会に合わせて無理矢理つくろうとしても、納得がいくものは生まれてこないですから。“いいものをつくる”という前提がなくてはならないと思います。つぎにキリのいい数字は80周年、もしくは100周年でもいいかもしれませんね。
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