それぞれ別の感性を持っているけど、お互いの共鳴する部分が重なった。
ーみなさんの合意が得られて、作業はどのように進んでいったんですか?
金子: 〈インバーティア〉のアーカイブを見させてもらいながら、どうリミックスしていくかということを話し合いました。宮下さんの気分を汲み取りながら、ディテールを抜き差しして構築していきましたね。
キャッチーなディテールは残しつつも、襟がついてフードを取り外し可能にしたり、袖もスプリットラグランにして、前からみるとセットインなんだけど、後ろから見るとラグランの仕様になっていたりとか。
ースプリットラグランの仕様って、ダッフルでは珍しいですよね。
金子: たしかに、見たことがないですね。〈インバーティア〉でも初めてだったみたいです。生地が重なる部分が厚くなりすぎないかといった懸念点もあったんですが、とりあえずやってみましょうということでサンプルをつくってもらって。
源馬: 肩の部分はいちばん最初に宮下くんに指摘されて、修正することによって劇的にムードが変わりましたよね。
ースプリットラグランにすることによって、シルエットにも影響があるんですか?
金子: 構造的には一枚袖のラグランスリーブとほぼ変わらないんです。一般的なダッフルは袖山が高くて肩が張る感じなので、袖山を低くしているのもポイントですね。それがダッフルっぽくないシルエットにつながっていて。
源馬: もともとは肩周りの運動量を確保するために生まれたディテールなんですよね。
金子: ダッフルで大きいサイズを着ようとすると、肩がどうしても張っちゃって、角張ったシルエットになっちゃうんです。だけど、これならその心配もないですね。

ーそうしたディテールの抜き差しは、セッション的な感じで決まっていったんですか?
金子: そうですね。みんな仕上がりを意識せず、ここに辿り着いた感じで。
宮下: ぼくもそう思いますね。だけど、すんなり決まっていった感覚がありました。
源馬: 金子さんってファッションのバイヤーじゃないですか。でも、他のバイヤーさんたちとは全然違う。だって、アルゼンチンとか辺境に行くんですよ。「そんなとこで買うモノあるの?」って思うんだけど、しっかりとバイイングをしてきて、それをファッションとして違和感なく提案している。そのミックスセンスというか、スタイリング力みたいなところにぼくは惹かれるんです。
一方で宮下くんも容赦ないミックス感があって、ジャンルは違えども、ふたりのいい化学反応が見れたらいいなと思ったんですよ。
ー宮下さんのファッション的な感覚は、やっぱり音楽の影響がいちばん大きいですか?
宮下: 音楽と映画が大きいですね。ただ、一生懸命吸収するというより、もっと感覚的に取り入れる感じです。
ーこのダッフルコートはそうした宮下さんの感性に、金子さんの服にまつわる知識が組み合わさって生まれたわけですね。
金子: 〈インバーティア〉のような伝統的なブランドに、ファッションデザイナーである宮下さんのデザインが加わるのって、いままでなかったと思うんですよ。いまでこそ別注とかが多くなっていますけど、それってセレクトショップのバイヤーだったり、企業デザイナーが手掛けることがほとんどですよね。
源馬: そうですよね。それぞれ別々の感性を持っているけど、お互い共鳴する部分が重なってこういうものができたというのがおもしろい。
ーセッションをしながら「ここだな」って着地点が見えた瞬間はあるんですか?
金子: 途中から段々見えてきましたね。結果的にミーティングの時間がすごく少ない中でいいものづくりができたんですけど、みんなで芯を食った話ができたというか。全員上がりにも満足していましたし。
宮下: ぼくは全然見えてなかったですね。だけど、ファーストサンプルを見たときに、いいかもなっていう感覚が生まれました。だけど最終のサンプルが上がるまでは、どうなるんだろうっていう気持ちも少なからずあったんですよ。
ぼくはなにかをつくり始めると、どうしても時間がかかるんです。時間をかけたけど、やっぱりやらないっていうこともありますし。そういう性格なんです。
源馬: 宮下くんはボタンのひとつ一つまで完璧にこだわるタイプ。だからこそ、仕上がりが素晴らしいんです。それを金子さんが形にしてくれたというのも大きいですね。
宮下: うん、そうだね。バランスがすごくよかったですね。ぼくだけだったらまだ仕上がってなかったと思う。
撮り下ろしのヴィジュアルは湘南にて撮影。もともと漁師の服であるダッフルコートを、サーファーがウェットスーツの上から着用している。