こだわりの音響から流れる音楽を大音量で聴きたい。でも、クラブはちょっとハード。もっとカジュアルに落ち着いた環境で音に身を委ねたいし、会話もお酒も楽しみたい。そんないまの気分にぴったりなのがレコードバー。ストリーミングサービスでいくらでも音楽を聴ける時代だけれど、やっぱりレコードは音がいいし、ジャケットのデザインや盤面に針を落とす仕草など、アナログだからこその魅力が詰まっている。本連載では、ぼくらが気になるレコードバーにお邪魔し、その店の個性や魅力を紐解きます。第2回目は「スタジオ ミュール(STUDIO MULE)」。
- Photo_Mikito Hyakuno
- Text_JAY
- Edit_Kazuki Sakaguchi
PROFILE
DJとして国内外で活躍する傍ら、2004年よりエレクトロニックミュージックレーベル「ミュール・ミュージック(MULE MUSIQ)」をスタート。これまでハウスを中心に500作品以上リリースし、日本を代表するレーベルとして世界中で高く評価されている。2020年にミュージックバー「スタジオ ミュール」をオープン。選び抜かれた上質な音楽とナチュラルワインを提供している。無類の柴犬好き。愛犬の名前はマッケンロー。
Instagram:@mulemusiq
ファッションから音楽の世界へ。ミュール・ミュージックの原点。
ー河崎さんは「スタジオ ミュール」の店主であると同時に、音楽レーベル「ミュール・ミュージック」を主宰されていますよね。まずは「ミュール・ミュージック」がどんなレーベルか教えていただけますか。
「ミュール・ミュージック」はもともと、札幌を拠点に活動するKuniyuki Takahashiというアーティストの音楽をリリースするために2004年につくったレーベルです。それ以来、ハウスを軸に、クラブでダンスミュージックとしても機能して、ホームリスニングでも楽しめる楽曲をリリースしています。ハードすぎたりエモーショナルすぎるものではなく、エレガントな楽曲選びを意識しています。
ーKuniyuki Takahashiの音楽はそれほど特別だった?
そうですね。初めて彼の音楽を聴いたとき、日本の水準を遥かに超えたレベルの高さに圧倒されました。いまでも、彼が日本のクラブミュージック史上最も素晴らしいアーティストだと思っています。
当時は、国内外の有力レーベルがこぞってラブコールを送っていて、どこが最初に彼のアルバムをリリースするかの取り合いでした。ぼくは他のレーベルに比べると無名の存在だったけど、熱意は負けなかった。毎日のように電話したり札幌に足を運んだりと、口説き続けてやっと一緒にやることが決まって。彼の音源のリリースとともに「ミュール・ミュージック」がスタートしました。
ーそもそも、なぜレーベルを始めようと思ったのでしょうか。
ぼくは10代の頃からずっとアパレル畑の人間で、「ビームス(BEAMS)」や「シップス(SHIPS)」「n°44」などのセレクトショップで働いていました。ただ、ファッションに関しては自分の中でやり切ったような気持ちがあって、次のステージを求めていたんです。要は、飽きちゃったんですよね。「n°44」ではレーベル事業に携わっていたこともありノウハウや人脈はあったし、趣味でDJをしていたので、やるなら音楽かなと思っていた。そんな時期にKuniyukiと出会ったんです。
ー「ミュール・ミュージック」の音楽は特に海外で高い評価を得ていますが、当初から海外展開を視野に入れていたんですか?
ぼくがレーベルを始めた頃って、日本のCD売上が激減していた時代で。だから正直、日本で売ろうという気はなく、どうやって海外で流通させるかを考えていました。
そんなとき、ぼくが主催したパーティに出てもらったDJのMichael Mayerが主宰するドイツの「コンパクト(Kompakt)」というレーベルが、ディストリビューションもやっていると知って。当時はいまほど海外との連絡が簡単ではなかったので、手紙やひと伝てなど、いろんな手を尽くしてコミュニケーションを取り、どうにか契約まで漕ぎ着けました。
ーリリースされている作品は、どれもアートワークに強いこだわりを感じますね。
それはぼくが、ジャケットも含めてひとつの作品だと考えているからですね。どんなに素晴らしい楽曲であっても、アートワークの方向性がアーティストと合わなかったらリリースしませんし、実際に見送ったことも過去に何度もありました。
Joaquin “Joe” Claussell『Storm』
今年6月にリリースしたJoaquin “Joe” Claussellの『Storm』(B面にはKuniyuki Takahashiによるリミックスを収録)では、アートワークにYoshirottenによるグラフィックを採用しました。彼のことは全然知らなかったんですけど、会って話したら意気投合して、彼のほうからアートワークをやりたいと言ってくれたんですね。彼もKuniyukiの音楽が好きで、リンクする感覚があったので依頼しました。
いまの若い子って、Joeや「Body & SOUL」を知らない子も多いと思うんです。ジャケットに人気のあるアーティストを起用することで、自分たちが通ってきたいい音楽を、新しい世代にも届けれたらいいなと思います。
審美眼が光る、音楽とナチュラルワイン。
ー「スタジオ ミュール」をオープンしたのはどんな背景があったんですか?
「スタジオ ミュール」は、もともとぼくが始めようとしていたレストランの名前だったんです。パリで惚れ込んだ日本人シェフと一緒にやる予定だったんですが、彼が帰国せず計画が頓挫して。だけどその時点で、準備したワインが2,000本くらいあったんです。何とかならないかなと思っていたところいまの物件と出会って、バーとしてオープンしました。
ーお店の名前の由来は?
“STUDIO”には音楽のスタジオという意味もありますが、フランスではアパートメントのワンルームのことを指すんです。この建物自体がアパートなので、ちょうどいいなと思って。
レーベル名にも使っている“MULE”は、フランス語で洗練されているという意味。ぼくは香水が好きなので、香水のような名前でかつひと言で言いやすい言葉を探していたんです。個人的に元「ソフ(SOPH.)」の清永さんと仲良くさせて頂いているですが、ブランド名の由来って“Sophisticated(洗練されている)”という意味なんですよ。うちがリリースする音楽も洗練を意識しているので、フランス語訳を調べてみると“MULE”で、響きがぴったりだったんです。
ー渋谷という街を選んだことには、理由があったんですか?
僕が20代前半の頃って、レコードを買いに毎日渋谷に来てたんですよ。当時は宇田川町だけで約90店舗のレコード屋があって。東京のレコード文化最盛期ですね。決して好きな街ではなかったんですけど、自分にとってのルーツというか。新しい何かを始めるなら、渋谷なのかなって思ってました。
それに「ミュール・ミュージック」の音楽を聴いてくれてるのはほとんど海外の方なんです。なのでお客さんもインバウンドの方が中心になるだろうと思い、渋谷にお店を出すことにしました。
ーお店ではナチュラルワインに力を入れていますね。
昔からワインが好きで、DJとして海外に呼ばれたときに少しずつ集めてたんです。音楽業界の人がなんとなく始めたバーと思われるのが嫌で、だったら東京でいちばんワインに力を入れているミュージックバーにしようと思って。フランスの気になるワイナリーに足を運び、気に入った生産者から直接購入したりもしていました。
ーどのような基準でワインをセレクトされているんですか?
可能な限り、薬品などの人為的な介入が少ない自然な工程でつくられたワインであること。そのなかでも、大人が美味しく味わえるもの、ですかね。ナチュラルワインって、酸味が強かったり野性味が前面に出てたりとか、けっこうファンキーなテイストのものも多いんですよ。それはそれで個性だし面白さでもあるんですが、ここでは音楽とともにゆっくりと楽しめるような、上質な飲みやすさをもつワインを選んでいます。
ーワイン以外にはどんなメニューが?
メスカルですね。10年ほど前から年に数回、DJでメキシコへ行くようになって、そこで奥深さにハマって。メスカルって、原料となるアガベにいろんな種類があったり、地域・製法によって味が異なったり、ワインと似てるところが多いんです。度数は高いけど、次の日に嫌な残り方をしないのも良い。ナチュラルワインと同じく、人工的な要素を排した伝統的な製法でつくっている生産者を中心に、直接購入しています。
ノンアルコールは、無農薬の原料を発酵させたニセコのジンジャービア、新潟の〈ヤソ(YASO)〉というブランドが野草からつくっているノンアルコールジン、クラフトコーラを用意しています。
ーメニューを絞っているのは、どんな理由があるんですか?
ぼくは、いろんなものを扱わないことが美しいと思っていて。もちろんビールとかハイボールを出せばお客さんも来やすいし売上にもなる。でもあえてそうしないようにしているんです。ビジネスを優先すると、やりたいことがブレてしまう。制限があることで個性が生まれると思っています。
ーお店の内装は「ケース・リアル(casereal)」が手掛けていますね。
代表の二俣くんとは昔からの友人で、いまは〈イソップ(Aésop)〉の店舗のデザインとかも手掛けてるらしいんですが、そんな有名になってるとは知らずに依頼しました。オーダーしたのは、北欧っぽいとかパリっぽいとか、どこかで見た感じにはしてほしくないってこと。そして、時間が経つにつれて味わいが出てくる、僕がこのお店に立ってて似合う感じにしてほしいと。あとは全部任せて、引き渡しまで現場には一度も見に来ませんでした。
ー信頼されていたんですね。内装のポイントを教えてください。
配線をすべて隠し、ミニマルな空間に仕上げたことですね。スピーカーを収めている棚は、事前にスピーカー本体を施工会社に送り、精密な採寸で完璧にフィットするようにつくってもらいました。ハイチェアには、背面に店名のイニシャルである「M」が象られています。
それから、特徴的なのはカウンター背後にある物販スペース。「ミュール・ミュージック」からリリースしているレコードやマーチャンダイズを並べていて、試聴・購入することもできます。二俣くんはこのスペースを“電話ボックス”と呼んでいて、いつの間にかその名が定着しました。
唯一、カウンターに使う石は自分で決めましたね。店のイメージを決定づける要素として石を使いたかったんです。でも、大理石はワインをこぼすとシミになってしまう。そこで、成分的にその心配のない御影石に絞って探し、なかでも色や模様の入り方がよいブラジル産のものに決めました。ブラジルの音楽が好きなので、ブラジル産というのも刺さりました。
ー使用している機材についてもお聞かせください。
音響は「プレシャスホール」のサトルさんに相談しながら機材を選びました。スピーカーは70年代後半の〈クリプシュ(Klipsch)〉の 「コーンウォール」で、アンプは〈マークレビンソン(Mark Levinson)〉。70年代にDavid Mancusoがニューヨークで主宰していた「LOFT」という伝説的なパーティーの音響の縮小版のようなイメージですね。「コーンウォール」の厚みのある低音が気に入ってます。
そして、ターンテーブルは〈トーレンス(Thorens)〉の70年代後期のもの。これを選んだのは、ゲイクラブの聖地「Paradise Garage」でLarry Levanが同じ〈トーレンス〉の「TD-125」を使っていたから。西麻布にあった「YELLOW」というクラブでFrancois Kがプレイした際も、〈テクニクス(Technics)〉じゃなくて〈トーレンス〉を使っていましたね。ピッチコントロールが付いていないスタイリッシュな見た目も好きなんです。
ー現行の機材ではなく、ヴィンテージオーディオで統一しているのはなぜですか?
当時の音楽を、当時の音で再生したいからですね。お店でかけるレコードは70〜90年代前半のものが多いんですけど、それらを現行品でかけるとやっぱり当時とは違う音になってしまう。メンテナンスの手間はかかるけど、昔のオーディオの方が音のクオリティもいいですね。
ー店内で流す音楽は、どのような選曲をされていますか?
基本はジャズやブラジルなどが多いですね。なかでもハイチやグアドループなど、フランスの植民地だった西インド諸島で生まれたウエストインディーズと呼ばれる音楽が気に入ってます。メランコリックで、ラテンやジャズ、レゲエが混ざった感じで心地いいんです。置いているレコードは希少なものが多く、いわゆるみんなが知っているような曲はかけないようにしているので、他の店にはない選曲を楽しんでもらえると思います。
ーお店のロゴは、「ミュール・ミュージック」でもアートワークを多数手掛けているStefan Marxによるものですね。彼とはどのように出会ったんですか?
Isoléeが2005年にリリースした『We Are Monster』っていうアルバムのアートワークがすごく良くて“これ、誰?”ってなって。ハンブルグでスケボーに絵を描いてるStefan Marxというひとがいると知り、すぐに連絡を取り仲良くなって一緒に仕事をするようになりました。だからもう、20年来の付き合いですね。ロゴだけでなくジャケットやマーチャンダイズも彼が手掛けているので、「ミュール・ミュージック」= Stefan Marxというイメージも浸透しているんじゃないかと思います。
ーStefanが手掛けた作品のなかで、どれがお気に入りですか?
「ミュール・ミュージック」のコンピレーションシリーズ『I’m Starting To Feel Okay』のジャケットですね。このタイトルはぼくとStefanで考えたんです。
ぼくは音楽よりもファッション業の方が自分に向いてると思ってるんですけど、レーベルを始めて数年経ったタイミングで、それなりにはできるようになってきたかなと感じられるようになったことをStefanに話したら、彼が“I’m Starting To Feel Okay”っていう言葉を送ってきて。それがすごくしっくり来たんですよね。そういう経緯もあって、このアートワークがいちばん思い入れがありますね。
ー「スタジオ ミュール」をどんなお店にしたいと考えていますか?
ぼく、ホテルのバーが好きなんですよ。特に「ホテルオークラ」の「オーキッドバー」が好きで。値段は張るんですけど、良質な空間とハイレベルな接客にはそれに見合う価値がある。それが一種のあるべき姿だと思っています。
「スタジオ ミュール」も上質なワインをお出ししているので価格は少し高めですが、本当に良いものを目指してつくった空間で、個性的な音楽のセレクトと音響のクオリティ、そしてこだわり抜いて選んだワインを楽しんでもらいたいです。
ーでは最後に、今後の展望を教えてください。
いまよりもワンランク上の、自分がもっと努力しないとできないようなことを見つけて、トライしていきたいですね。
ぼくが最も尊敬している日本人のひとりに、建築家の緒方慎一郎さんという方がいて。彼がプロデュースした「OGATA Paris」というパリのマレ地区にあるスペースで、今年の3月ファッションウィーク期間中に「STUDIO MULE」のポップアップを開催したんです。ワインやマーチャンダイズを持って行ったところ、非常に大きな反響がありました。こうした経験を積み重ねて、次の楽しみを見つけていけたらいいなと思います。

