〈シュプリーム〉やラッパーのドレイクのアイテムなどなど、ファッションシーンで圧倒的な存在感を放つブランドに刺繍を施している、ニューヨーク・ブルックリンのスタジオ〈アリーナ エンブロイダリー(Arena Embroidery)〉が、「ビームスT 原宿」でポップアップを開催中です。並ぶのはオリジナルプロダクトの数々。なぜ〈アリーナ エンブロイダリー〉は、最先端のブランドから厚く信頼されているのでしょうか。そして、オリジナルプロダクトはどんなデザインなのか。謎のベールに包まれた〈アリーナ エンブロイダリー〉について、主宰するロッコ・アリーナに原点から現在までを語ってもらいました。
Photo_Masashi Ura
Text_Shogo Komatsu
Edit_Shuhei Wakiyama
映像の世界から、刺繍の道へ。
刺繍を始める前は、ミュージックビデオの制作を夢見て、ニューヨーク大学で映像を学んでいたというロッコ。卒業後はロサンゼルスへ移り、HIPHOPのミュージックビデオの制作に携わっていました。しかし、ここで現在に繋がる運命の出会いが。
「〈ナイキ スポーツウェア〉から、オーダーメイドのウェア製作に誘われて。お金を稼ぐために、その仕事を始めました。そこでアパレルの技術を習得すると同時に、刺繍も始めたんです。そして、刺繍アーティストとしての活動もスタートしました。もう、映像のことはすっかり忘れちゃうくらい夢中になっちゃって」
アパレルに鞍替えしたものの、それまでに培った映像の世界の哲学が、現在のモノづくりに活かされているとも話します。
「大学の教授が、“すべての映画は映画をつくるという物語でもある”と教えてくれました。それはアパレルでもいえること。でき上がった作品に、完成するまでの物語がありますからね」
2016年に、フィラデルフィアで一緒に育った幼馴染のアレックス・ドンデロ(〈ルックスタジオ〉主宰)から刺繍機を譲り受け、2018年に〈アリーナ エンブロイダリー〉を設立。現在も使っている刺繍機を手に入れ、本格的に活動を開始します。
「初めて刺繍したときは、刺繍機に自分が描きたいことを“教えた”って感覚でした。自分がイメージしているものを細かく指示して、刺繍機がつくり上げたものを実際に自分の目で確かめる感じ。ぼくの刺繍は機械を使うし、デジタルとアナログな部分があります。その3つの手法で表現できるところが刺繍の魅力かな」
ロッコの刺繍のキャリアは13年で、現在〈アリーナ エンブロイダリー〉は、ロッコと3人のメンバーで構成されています。そのなかのひとり、ナルは大阪出身の日本人。スタジオにグラフィックのポートフォリオを持参したナルのスキルにロッコは惚れ、一緒に働くようになったそう。先述のとおり、世界的なブランドの刺繍を請け負うようになりましたが、幅広いクライアントから依頼が殺到している理由を、こう話します。
「現在のコネクションが出来上がった1番の理由として考えているのは、単純にまじめに働いていたから。手がけたアイテムに〈アリーナ エンブロイダリー〉の名前が出なくても、すべてコラボレーションと認識して扱い、細部まで気を配って、自分たちのクリエイティビティを注ぎきるつもりで作業しています。それは、クライアントに価値があるだけじゃなく、ぼくらにとって刺激的でやりがいがあるし、利益以上に得られるものがあるんです」
さまざまなブランドに刺繍を提供してきた〈アリーナ エンブロイダリー〉ですが、そのなかでも思い出深い仕事があったそう。それは、スポーツを愛するロッコにとって、特別なもの。
「一番思い出深いのはNBAのプロジェクト。地元のチーム『フィラデルフィア・セブンティシクサーズ』のためにデザインしたキャップをつくらせてもらったし、『トロント・ラプターズ』が初優勝を飾った際のチャンピオンジャケットをつくれたのも本当に嬉しかった」
今回は販売できないものの、いままでつくってきたモノたち。
刺繍で表現する、次なるステップ。
絵を描くことが大好きだったというロッコ。幼少期はフィラデルフィア美術館に通い、サイ・トゥオンブリー(画家・彫刻家)によるギリシャ神話を題材にした『Fifty Days at ILIAM』というシリーズから多大な影響を受けました。
そんな彼に蓄積したアート性と、刺繍で育んだセンスを落とし込んだ、〈アリーナ エンブロイダリー〉のオリジナルプロダクトを初めてリリース。Tシャツやパーカ、キャップなどがラインナップされています。
「デザインは、製造業の現実、ニューヨークの競争、そしてスポーツから着想を得て描きました。インスピレーションの参考として具体例を挙げるなら、ニューヨーク市の〈ティファニー〉、ニューヨーク州バッファローの〈ニューエラ®〉。名古屋の刺繍機メーカー〈タジマ〉は熟練しつつも革新的で、究極のインスピレーションの源です」
コレクションのなかでアイコニックな蝶と蛾のデザインは、いまの〈アリーナ エンブロイダリー〉と話します。
「蝶と蛾は、幼虫と成虫の2つの人生がありますよね。成虫の蝶や蛾をモチーフに選んで、現在の〈アリーナ エンブロイダリー〉は2段階目、と表現しました」
洒脱なグラフィックを世界レベルの刺繍のクオリティで仕立てた〈アリーナ エンブロイダリー〉のオリジナルプロダクトは、「ビームスT 原宿」で開催中のポップアップショップに並びます。今年9月には、ニューヨークのヴィンテージショップ「プロセル」でポップアップショップを開催していましたが、海外での開催は初めてで、オリジナルプロダクトのお披露目も初。
「〈ビームスT〉から声をかけてもらって、すごく興奮したし、光栄でした。『ビームス』のシーンに対する美学や着眼点が大好きで、いろんなブランドとのコラボの影響力は計り知れません。ぼくらのモノづくりや芸術性を認めてくれて、オリジナルプロダクトを展開するモチベーションを上げてくれたことに、とても感謝しています」
確かなキャリアを有しながら、新たな一歩を踏み出したばかりの〈アリーナ エンブロイダリー〉。今後も目が離せないことは確実ですし、オリジナルプロダクトの第一弾も必見です。「ビームスT 原宿」でニューヨークの空気に触れてみるのはいかがでしょうか。
PROFILE
アメリカ・ペンシルベニア州・フィラデルフィア出身。2018年にニューヨーク・ブルックリンに刺繍スタジオ〈アリーナ エンブロイダリー〉を設立し、さまざまなブランドやアーティストのグッズなどを手がける。刺繍アーティストとして活動していた経験を活かし、今年から同ブランドのオリジナルプロダクトを展開。
Arena Embroidery POP UP SHOP“exhibition match”
会期:〜11月4日(月)
場所:ビームスT 原宿