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栗原道彦フリーバイヤー(?)1977年生まれ2010年に有限会社ロストヒルズを退社。2011年よりフリーでの活動を開始(?)。

クリちゃんがイクッ。

栗原道彦
フリーバイヤー(?)

1977年生まれ
2010年に有限会社ロストヒルズを退社。
2011年よりフリーでの活動を開始(?)。

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「リチャード・プライヤー」専用ナイキ。

2010.02.14

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今週末も洗い上がりのスニーカー君たちを色々と店頭出ししました。
本日は、その中から非常に珍しい一足をご紹介。

CIMG5263.JPGCIMG5266.JPG
<'84 NIKE RIO "RICHARD PRYOR" DEAD STOCK, SIZE: 10 1/2, ¥16,590>
まあ一見、何の変哲もない渋めなカラーリングの80'sナイキにしか見えません。ハイ。

CIMG5265.JPGCIMG5264.JPG
ただバックから見ると、ヒールに刻まれた「RICHARD PRYOR」の名が輝いています。。。
って僕はこの人を全く知らず、コイツをアメリカで発見した時は「こんな競技用として使えなそうなシューズを提供されるアスリートって一体。。。」と、ちょっと淋しい気持ちになったんです。
で、日本に帰って来てからググってみたところ、「リチャード・プライヤー」さん、アスリートではなく、アカデミー賞の司会なんかも務めた有名なコメディアン(俳優)だったんですね。
とりあえず氏がアスリートでなくてホッとしました。まさかLA五輪の年にこんなローテクなシューズを履いて走らされていた選手がいた訳ではないことが分かって(笑)。
恐らくコイツはショーか何かの衣装用として、ナイキがリチャードさんに提供したシューズのサンプルだと思われます。
両足のインソールには製造メーカー(韓国製)のステッカーが残っており、モデル名、サイズ、製造年月日等の詳細がしっかりと記載されています。
また状態はデッドストックだったんですが、履き口&土踏まずのクッション材に経年劣化があったため、弊社で一度水洗いをしています。

80年代前半の時点ですでにアスリートだけでなく、こういったショービジネス関係の著名人にまでシューズを提供していたナイキってスゴイですね。
こういったサポートがこの後の「バック・トゥ・ザ・フューチャー2」、「バットマン」など、ハリウッド映画へのシューズ提供に繋がっていったんですかね。

正直ルックスに派手さはないスニーカーですが、ブラックカルチャーがお好きな方にとってはかなりのお宝ではないでしょうか。
もちろんナイキコレクターの方にも十分おススメ出来る、資料的価値の高い希少な1足だと思います。

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