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美術さんだもの。
2011.11.01
先日、『監督だもの』という三谷幸喜監督の本が出たのをツイッターで知り、それを「読みたい」とつぶやいたところマガジンハウス編集担当の能勢さんが本当に送って下さった。ただ、「紹介してね」というやさしい条件(命令)つき。なので何かブログに書かなきゃと読みかけの本差し置いて読んでみた。
副題にある日記というより、映画『ステキな金縛り』の製作プロセスを辿る取材本という印象。でも、ありがちな監督と出演者の関わりのみならず、大勢のスタッフへの掘り下げた取材が何より面白かった。この時この人はこう考えていたというマニアックな話。プロデューサー、AP、AD、撮影カメラマン、音楽、衣装担当はもちろん、編集、VFX、スクリプター、照明、録音、美術、大道具まで。そういう裏方さんをフューチャーしたものってあまりない。まさに映画『ステキな金縛り』版ドキュメント、プロフェッショナル仕事の流儀だ。
そして気づけば僕は美術担当、種田陽平さんの話にばかり感心していた。衣装デザインの宇都宮いく子さんではなく...。それは郷愁にも似た懐かしい想いからかも。
何故なら僕は19才から数年間テレビドラマの美術さんをやっていた。「国営、民放各局のドラマ美術の仕事です」という求人広告のアルバイトを選んだきっかけは簡単だ。当時は深夜の渋谷へ終電で行って朝まで遊んで帰る毎日。ならば朝から晩まで渋谷で働けば一石二鳥という。もちろん希望は渋谷NHK。
そうやってまんまと国営放送局に潜り込んだ僕が最初に放り込まれた現場は朝の連続テレビ小説だった。忘れもしない「ひらり」という相撲部屋が舞台のドラマ。テレビで見てた女優さん、口ばかり達者な東大卒のAD、というか全部そんな感じの国営局スタッフと、僕ら外部のどうしようもない連中とが毎日一緒に撮影をした。コンビニの店員やウェイターのバイトより数十倍楽しかった。
美術さんとはいわゆる小道具さん。簡単に言えば大道具さんは大工でセットそのものを建て、小道具さんはそれ以外の部分だ。1つのドラマでだいたい5人くらいのチームで動く。ベテランと以下若手といった感じ。初めはベテランの仕事ぶりを盗むしかないが、そのうち認められれば責任ある仕事が任される。自分で言うのもなんだが持ち前の度胸と要領とセンスで3年目でエンドロールに名前が載るまでになった。
やることは多い。美術の仕事は身の回りにある物すべてが守備範囲だ。まず台本を読み、登場人物を想像し、住む部屋や趣味嗜好を考える。例えば仕事や収入とか、お洒落かダサいかとか。そこからインテリアや小物などありとあらゆる物を集める。例えば主人公の部屋にバング&オルフセンのオーディオがあったらいいと思えば、もちろんそんなものは美術倉庫に無いからメーカーに掛け合う。ダメなら買い取ってもらう。例えばレストランが舞台なら食器やグラス選びは基より、料理のメニューそのものも考える。
正直、ギャラとプライオリティの違いだけで、いまの仕事とプロセスはまったく変わらない。むしろ言い換えればインテリアスタイリストやフードスタイリストであり、仕事の幅も大きく、一部のファッション人でなく、相手がお茶の間なぶん表現を伝えるマスは広かったかもしれない。
まあそんな仕事だったが、因みにNHKでも大河ドラマはまた特別な大河チームと呼ばれる超ベテランのオッサンチームで構成されている。時代劇ドラマでは鎧や甲冑も小道具のうちだが、そのオッサンらは夜な夜な酒を飲みながら民放の時代劇を見て「あの甲冑はこの時代には使わねえな」などとどうでもいい話で盛り上がる。くらい、その道のプロフェッショナルだ。
因みにもうひとつ。ドラマの現場でスタイリストは嫌われている。衣装は完璧でも、台本を読みその後その服がワインをかけられるシーンだとすれば同じ服を二つ三つ用意しNGを想像するのが仕事。「つながり」も把握して当然だ。それが「専属(主役女優の)よ」、などとデカイ顔でやってきて出来ないでは衣装さんに嫌われても仕方がない。
そういう完全アウェイな空気は百も承知なので、僕の場合ドラマの仕事などの依頼は丁重にお断りしている。現場は現場のプロに委せておけばいい。
とか、本とは関係無い話で終わってしまい、能勢さん、誠に申し訳ありません。
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