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COLUMN

Vintager

文・写真:田中知之

ご存知のように古着などを表すVintageの語源はブドウやワインの用語。Vintager(ヴィンテージャー)とは、本来"ブドウを収穫する人"のことですが、転じて"古着を収集する人"のことをVintagerと呼ぶのはいかがでしょうか? DJ界随一のVintager = FPMの田中知之によるヴィンテージ・ウエア・クロニクル。今回はイスラエル軍のナイロン製ベストを取り上げます。

  • Edit_Yosuke Ishii

第2回 決して命は守ってくれそうにない防護服。
Israel Army Nylon Vest

ミリタリー〜軍モノの服って、あくまで機能性を重視し、本来デザインは二の次としてつくられているところが、男心〜ヴィンテージャー心を刺激するわけですよね。機能性を重視するがあまり、とてつもなく奇特な服が生まれてしまうこともあったりするのですが、それはそれでデザインされた理由やスペックを知って納得して嬉しくなったりするのです。また、何を目的にデザインされ、採用され、使用されたのかが、一見わからないけれど、とにかく心惹かれるデザインのアイテムに遭遇することもあります。

イスラエル軍のナイロンベスト。フロントに設けた太幅の比翼やサイドのレースなど個性的なディテールが光る。

今回紹介するイスラエル軍のナイロン製のベストも、私にとっては正にそんな一着。高円寺にあるミリタリー物が得意な古着店「ミリタリア」の店頭で見つけて、値段も手頃だったことから深く考えずに衝動買いしたのですが、とにかく軽くて快適。猛暑日が続く今年の夏に一番重宝しているアイテムかもしれません。

Tシャツの上から着用した図。薄手のナイロン生地でさらっとしており、暑い夏場でも気軽に羽織れる。

着用していると、いろんな方から「それ何?」と尋ねられたり、褒められたりするのですが、よくわからないので明確には答えられず、毎回お茶を濁していました。ですが先日とあるパーティで着用してDJしていたら、デザイナーの菊池武夫先生がたまたま会場にいらっしゃって、私のベストを見るなり「ぼくもこのベストを持ってるんだけど、何に使うベストかわからないんだよね。わかったら教えて!」とおっしゃるではありませんか。これはちょっと調べてみなきゃなぁと思いたったのでありました。

防寒の為の服にはなり得ないペラペラ具合だし、よくある軍用のタクティカル・ベストのようにポケットや収納スペースがたくさんあるわけでもありません。パッと見たところアメリカ軍がベトナム戦争時に採用していたM69 ボディアーマーに極めて酷似しています。

ベトナム戦争時のアメリカ軍の装備として知られる「M69 ボディアーマー」。アーマーパッドが内蔵されているのでボリュームがある。

特に脇部分の編み上げのパーツになっているところとか。ただこちらはフロントの開閉が巨大なマジックテープを採用していて、着脱時にバリバリバリっと人が振り返るくらいの大きな音がします。

両サイドは「M69 ボディアーマー」と同様にレースがあしらわれており、身幅の調整が可能。

フロントはボタンではなく、開閉がしやすいマジックテープが配される。簡単に開かないよう、太幅のものが採用されている。

ボディアーマー(body armor)とは、銃弾や爆発による破片などから身を守るために使用されるベスト状の身体防護服のことで、フラックジャケット(Flak Jacket)、日本では防弾チョッキなどと呼ばれます。しかし、このイスラエル軍のベストは、とにかくシャカシャカと音のするような薄いナイロン製、「M69ボディアーマー」には仕込まれている身体を守る為のアーマーパッド(アンコみたいなもの)は一切入っていませんし、入れるスペースもありません。

薄手の生地を使用しているので、ご覧のようにコンパクトにたたむことができる。

首周りのデザインも「M69」はアンコが入っているので、スタンドカラーのように襟が起立して首元を守るようにデザインされているのですが、こちらはフニャりと垂れ下がって、Vゾーンが出来上がり、ソフトなショールカラーのジャケットのようになっています。この襟がなんとも不思議なニュアンスでお洒落な感じがします。

襟を立てて後ろから見た図。首元に着いたロッカーループとして使える。

首の後ろ部分にはフック用の紐が付き、ゴムが通してあり、ギャザーが生まれています。これも余り軍物では見かけないディテールですよね。

内側に貼られたミルスペック。イスラエルゆえ馴染みのない言語が。読み取れるのは数字のみで、読解不可能。

イスラエル軍の物なのでヘブライ語と思しきフォントであれこれ用途やスペックが書いてあるようですが、1984年製という以外、全く判読できません(笑)。しかし、最近のテクノロジーはすごいもので、ラベルの画像をスキャンして「グーグル翻訳」でヘブライ語から英語に即座に翻訳してくれました(直接日本語だとちょっと不安だったので)。

Protective Anti-Grit Vest
This vest may protect your life! Wearing it properly will protect your main body from shrapnel damage and grenades.

なるほど、アイテム名は「砂避けベスト」という意味ですね。しかし、そのあとなかなか大袈裟なことが書いてありますね。「このベストはあなたの命を守ってくれるかもしれません!適切に着用すると、散弾の損傷や手榴弾から身体を保護します」。いやいや、到底これで爆発時の破片などから身を守る役目は果たせそうにありませんよねぇ。

70年代から現在に至るまで、日本のフッションシーンをリードする偉大なデザイナー、菊池武夫先生との2ショット。

まぁ結局はデザインやコンセプトの能書きはアメリカ軍の「M69ボディアーマー」を流用しつつも、暑い戦地用に軽い素材でつくられた砂避けくらいにはなるベストってことでしょうか。タケ先生、すみません、結局イマイチよくわからなかったです。

PROFILE

田中知之
FPM

1966年 京都市生まれ。DJ/音楽プロデューサーとして国内外で活躍。大手アパレル企業のMDや雑誌編集者の経験もあり、ウエア、本、レコード、時計、オーディオ、車などヴィンテージ全般に造詣が深い。正に根っからのVintager。
www.fpmnet.com

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