FEATURE
若葉竜也と青柳文子、10年越しの「はじめまして」。
SHOOTING EACH OTHER in 下北沢

若葉竜也と青柳文子、10年越しの「はじめまして」。

かつて雑誌や映画を通して、お互いの存在を知っていたという俳優・若葉竜也さんとモデル・青柳文子さん。共通の友人を介した長い “伏線” を経て、現在オランダを拠点に暮らす青柳さんの帰国をきっかけに、初めての対談が実現しました。今回の企画の舞台となった下北沢で過ごした記憶や海外での暮らし、写真やファッションについて語るうち、思いがけない過去のエピソードも飛び出します。対談のあとはカメラを手に街へ。互いの目線で下北沢を切り取りながら、変わりゆく街と、それぞれのいまを撮影。フイナムでは青柳さんが撮影した写真とともにお届けします。

  • Photo_Fumiko Aoyagi
  • Text_Shoko Matsumoto
  • Edit_Shoko Matsumoto, Daiki Yamazaki
  • Cooperation_CAFE TROIS CHAMBRES, hickory

変わりゆく街、下北沢の現在地。

ーお二人にとって、今回の舞台でもある下北沢はどんな街ですか?

青柳:私は昔、古着を着ていて前髪をぱっつんにしていたから、『下北にいそう』ってよく言われていました。でも、実際はそんなに行かなかったんですよ。ひとが多くて狭いのが苦手で。むしろ『私も下北に行ったほうがいいのかな』って思っていたくらい。その後、舞台に出るようになって、下北で稽古したりするようになって。それがいちばん思い出として残っています。

若葉:ぼくは学生時代ずっと高円寺にいたので、下北は演劇とか役者のひとたちが飲み会を開いている街、というイメージでした。高円寺はバンドマンがいっぱいいて、下北は役者がいっぱいいる、みたいな。

ー街自体も大きく変わりましたが、現在の下北沢はどう感じますか?

若葉:ぼくは、下北沢を舞台にした映画『街の上で』を撮った頃にはもう都市開発が始まっていたので、いまとのギャップはそこまで感じないんですよね。みんな『変わった、変わった』って言うけど、ぼくにとっての印象はあまり変わっていません。

青柳:私はすごく使いやすくなったと思うし、開発途中の下北にもいい思い出があるんです。すごく悲しいことがあって友達と電話していたとき、電話の向こうの友達の横にたまたま某ミュージシャンがいて。『ぶんちゃん、大丈夫だよ』って、アカペラで歌ってくれたんです。工事中の駅のホームで電話越しに聴きながら、もう号泣ですよ。映画みたいだった。泣きながら『これ、電話の音声って録音できないのかな』って思ってました(笑)