ヒモを新品のまま通さず履いていて、「そんなのあり得ない!」って(笑)。
―藤井さんの履かれる〈ティンバーランド〉は、コラボレーションのミニマルな配色のイメージがあったので、オーセンティックな色だと新鮮ですね。
藤井隆行(以下、藤井):そうですよね。でも、このビーフ&ブロッコリーではなかったけど、はじめて履いた「フィールドブーツ」もこげ茶系のカラーでしたよ。当時「フットロッカー」で安く売っていて、それを通販で買ったような気がします。2000年だったかな。
―26年前ですか。そのころの藤井さんは何をされていたんですか?
藤井:〈サイラス&マリア〉で働いてました。モーリーとはじめて会ったのもそのくらいだったよね。
守本勝英(以下、守本):そうだね。藤井くん、「ビームス」はその後だっけ?
藤井:いや、「ビームス」のほうが先。’98年とかに入ってるから。
―「ビームス」から〈サイラス〉へ行こうと思ったときは、どんなことを考えられてたんですか?
藤井:なんて言うか、服がどうこうっていうことばかりなのに少し飽きていたんだと思います。カルチャーのほうの興味が強くなって。当時は「ケミカル・ブラザーズ」とか「アンダーワールド」とか、音楽でもUKが盛り上がっていたし、自分でもたまにイギリスにも行っていて。UK別注とかも含めて、イギリスで買うアメリカものが好きだったんです。
―あんまりメディアでその時代のことって話されていないですよね。
藤井:別に聞かれないですしね(笑)。
―(笑)。でも、「ワングラム」が扱っていた時代の〈サイラス〉、すごく面白かったですよね。
藤井:そうですね。当時は同じ会社だったし、お店も代官山ですぐ近くだった〈シュプリーム〉の人たちとも仲がよかったんだけど、立ち上げのときとかにそれぞれのお店に並ぶお客さんはまた全然違って、それも面白かったです。〈シュプリーム〉の人たちは不良っぽいけど、みんなピュアでしたね。「フィールドブーツ」を履いてみたいと思ったのも、彼らがきっかけでした。
―当時、日本の〈シュプリーム〉の方々もよく履いていましたよね。バギーパンツに合わせて。
藤井:うん、極太のデニムの片足をたくし上げてね。〈サイラス&マリア〉はオンリーショップだったから自由に選べるのが靴と帽子くらいで、ぼくはいつも〈ティンバーランド〉か〈クラークス〉、〈コンバース〉とかでした。〈シュプリーム〉の人たちはウィートの「フィールドブーツ」のヒモを新品のまま通さずカパカパで履いていて、「そんなのあり得ない!」ってぼくは彼らに言ってました(笑)。だから自分では、ヒモをギュンギュンに締めて。
―はじめて買った〈ティンバーランド〉が「フィールドブーツ」だったんですか?
藤井:いや、最初はLAで買った6インチでした。その後、NYのスニーカーショップ「デイビッドZ」で別注していたグレーの6インチも買ったんだけど、後から聞いたらそれはロニー(・ファイグ)が考えたものだったみたいです。やっぱりイエローヌバックはヒップホップのイメージが強かったけど、ぼく自身は、〈ティンバーランド〉はアメカジのブーツという認識でした。イタリアのパニナリみたいな感じというか。
―なるほど。
藤井:「フィールドブーツ」は最初、正直おじさんっぽい靴だなと思いました。色がクラシックだし、形もそうだから。でも、アウトドア系のアイテムは好きだったから、よりスニーカー的に履けるブーツとして、いいなと思うようになって。「ワングラム」で言うと、(〈フラフ〉を立ち上げた立木)輝樹くんがよくイギリス出張に行ってて、UKで「ユーロハイカー」を買ってきて履いてたんだけど、それが格好よかったな。アメリカものだけど、アメリカっぽく見えなくて。
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