横浜の高台にできた、おもちゃ箱のような倉庫。
「ミスタークリーン横浜」のオープン、おめでとうございます。前職「ロストヒルズ」を辞めてからしばらく経つので、オープンの一報を聞いたときは驚きました。
栗原2011年に独立したので、今年で8年目になります。辞めてからはフリーのバイヤーとして活動をはじめましたが、当初から「どうしても店をやりたい」というわけではなかったので、出店に対してそこまで積極的ではなかったんですね。
ではなぜ、このタイミングで出店を決めたのでしょうか。
栗原ちょうど卸向けのショールームを新設するタイミングに、この「イーグルズ ネスト横浜(EAGLES NEST Yokohama)」さんから出店のお声掛けをいただいて。ですが、はじめは同時期に2つも新しいことをはじめるのは難しいと思って断ったんです。それでも「一度物件を見てもらえれば絶対に考えが変わるから、とりあえず見に来てください」と言われて見に来てみたら、確かにここは面白いなあと。即決でしたね。
計画的に出店したというわけではなかった、ということですか。
栗原そうですね、「いつかは出店を」と、ぼんやりとは思っていましたが、正直あまり考えていなかったですね。独立してからは先輩や友人等に新規のお取引先や良い事務所物件を紹介してもらったり、それこそ仕事自体をもらったりと、今までも自分であれこれ考えて動いてきたというよりは、結局は周りにいてくれる皆さんのおかげで出来た環境で仕事をさせてもらっていて。このお店に関してもそんな縁を感じて決めました。
横浜という場所も意外でした。しかも最寄り駅から少し離れていますよね。
栗原確かに交通のアクセスは悪いのでそこに対する不安はありましたが、ここ数年、ぼくの周りの同年代の人たちが家庭を持ち、都内から横浜や鎌倉、川崎など神奈川方面に引っ越した話をよく聞いていて。そういった人たちも車で来てくれるんじゃないかと思うと意外とこの場所も悪くはないのかなと。それに横浜の街が一望できるこのロケーションも最高だったので。
栗原「イーグルズ ネスト」の向かいはもともと米軍の住宅地区だったんです。米軍撤退後のいまも国有地と民有地が入り乱れている問題から再開発の目処が立っていないようですが、もしここが今後、入間のジョンソンタウンのように住宅や商業物件として売りに出たり貸し出されたりしたらアメリカ好きな人が集まってくるだろうし、大きな商業施設ができるにしてもそれはそれで賑やかになって面白そうかなと。前を通る道も、「Mayflower St.」と書かれた標識が立っていたりと今もその名残が残ってますよね。
交通の不便さとは代え難い魅力が、この場所にはありますね。
栗原そうですね。それにこの不便な立地も、それはそれで逆に面白いかと思っています。自分でもネットを使って商品を売っているのであまり偉そうなことは言えませんが、やっぱり足を運んで実物を見て買い物をするというのが本来の古着を買う楽しみ方というか醍醐味だとも思うので。ここは建物自体も格好良いし、飲食店が入っていたり、他のお店もある。いろんな楽しみが詰まっているので、休日に遊びに来る場所としては良いのかなと。交通の不便さを覆す魅力というか惹かれるものが、この場所にはありました。ぼく自身、横浜という街自体に縁も所縁もなければ、土地勘もなかったんですけどね(笑)
栗原さんが買ってきた古着をいままでショールームで見てきましたが、こうしてお店という箱の中で見るのと全然印象が違いますね。やっぱりお店はいいなと感じました。きっと心待ちにしていた古着ファンも多かったと思います。
栗原そう言っていただけるとありがたいです。SNSの発達により、いまは実店舗がなくても古着のビジネスが成り立つ時代。お客さんにとっても気軽に買い物ができるだろうし、それはそれで魅力だとは思います。でも一方で、やはりお店でしか味わえない面白さや体験というものが絶対にあると思うので。ぼくも可能な限りお店に立って接客をして、買い付けのときの話やアイテムのストーリーを伝えていきたいと思ってます。
これからはディーラーとショップオーナー、二足のワラジです。心境の変化は?
栗原ヴィンテージディーラーといっても、これまでもポップアップショップやイベントへの参加など、お客さんと対面して商品を販売させてもらう機会はあったので、今回の出店に関しても個人的にはさほど心境の変化はありません。
いまではお馴染みとなった大手セレクトショップでの古着のポップアップも栗原さんが走りだったように思います。
栗原それはぼくが走りというか、それこそ「ロストヒルズ」時代に知り合っていた方々からのお声がけをいただきご協力させてもらっただけで。たまたまぼくが独立したときに、お店ではなくフリーのバイヤーを選択していただけで。もしも早くから自分でお店をやっていたらそんな話もいただけなかったと思います。
これまでの活動をみても、いままで他の古着屋さんがやってこなかったことをしてきましたよね。古着業界のパイオニアというか、先陣切って新しいことにチャレンジされていたように思います。
栗原それこそ縁ですよね。前途の通り、決して自分からアプローチしてきたわけではなく、いつも運良くお声がけいただいて。今回の出店もそうだけど、人と人の繋りのおかげでやらせてもらえているなと実感しているし感謝しています。これからも変わらず、縁や繋がりを大事にしていきたいですね。
自分の好きなものだけを並べた、普通の古着屋です。
こなれた価格のヴィンテージ、通好みのミドルヴィンテージ、ハイグレードなレギュラーとバランスのとれた商品構成ですよね。隙がないといいますか。
栗原一回の買い付けで一か月半アメリカに行って、200から300パッキンくらいの商品を仕入れている中で、自分の好きなものだけをお店に並べているので、まあそれなりのものにはなっているかと。服にしろ雑貨にしろ、年代やカテゴリーに捉われず、幅広く良いものを置いているつもりです。
そこはかとなく、アメリカの匂いがしますよね。漂う雰囲気といいますか。
栗原いまは年の約半分、180日に満たないくらいの日数をアメリカ買い付けに費やしています。もしかしたらそういった空気感がお店にも伝わっているのかもしれませんね。
栗原特にないですね。毎回の買い付けで、そのときに買えた良いアイテム、自分の好きなアイテムを並べるといった感じです。自分の好きなものもある程度は変わっていくので、そこは割と流動的に考えています。良く言えば、常に進化していくお店ってことになりますかね。
お店づくりをする上で気を付けていることやこだわりはありますか。
栗原「普通のものを普通の値段で売る」というのが理想ですかね。いまの時代、アメリカでの仕入れ値も高くなってきたので値付けも難しくなってきましたが、そうでありたいとは思います。「こういう古着屋にしたい」っていうのも正直ないんですよ。強いてあげるなら、良い意味で普通の店にしたいなって。
栗原ヴィンテージばかりを集めて置くというよりは、あくまで普通に着られるもの、ファッションとして楽しめるものをメインで並べたいですね。もちろんスペシャルが揃っているお店は凄いですし、仕入れることも売ることも大変だと思いますが、ぼくの立ち位置としては新旧はあまり問わず、個人的にも面白い、良いと思うアイテムを売っていきたいです。
ショーケースに入っているアンディ・ウォーホルのTシャツはどういったものですか。
栗原90年代にリリースされたオフィシャル物のデッドストックです。これをつくっていた人が在庫を大量に持っていて、それをまとめて買い取りました。全部で90枚くらい出たのかな。いま店頭に残っているものだと、ジェームス・ディーンが1万8000円で、他のものは1万5000円。もしも少量しか見つかっていなかったら、正直もうちょっと高く付けていたと思います(笑)
「グリセード」にタートル柄の「スナップT」と、〈パタゴニア〉のフリースも良い物が揃ってますね。
栗原お店のスペースも限られるので、ある程度厳選したものを並べています。サラサ柄の「グリセード」はデッドストックで3万5000円、ブルーウォーターは3万5000円。両方とも運良くスリフトで見つけました。最近では日本だけではなくアメリカでも「クラシック・レトロ・カーディガン」が人気ですが、「グリセード」は昔から安定して人気がありますね。アメリカでもここ数年で「スナップT」の古いもの、特に柄ものは人気があり値上がりしてきているので今のうちが買い時かもしれません。
最近は「リバースウィーブ」も畳みでしっかり積んでいるお店も少なくなってきましたが、「ミスタークリーン」は揃ってますね。
栗原「リバースウィーブ」はアメリカでも人気があるし、90年代のアメリカ製ですら本当に見つからなくなってきました。いまとなってはディーラーからでも仕入れるのが難しいアイテムです。うちでいま並んでいるものでいうと、リブがボーダーになっているクルーネックのモデルで無地は珍しいかな。3色揃ってます。特にチャコールグレーの個体はあまり見かけないかと。
ちゃんとしたシャンブレーシャツやネルシャツがしっかりと置いてあるのも嬉しですね。旧きよき古着屋といいますか。
栗原シャンブレーシャツに関しては本当に皆さんが思っている以上に出てこないんですよ。70’s以前、綿100%のものに限ると年間でも二桁は見つかりません。コーデュロイの519だって一ヶ月半の買い付けで集まるのは数本程度。当たり前にあったものが、どんどんなくなっていますね。
ヴィンテージのナヴァホラグも数年前から力入れてますね。
栗原ネイティブアメリカンが多く居住するアリゾナやニューメキシコなど、南西部での買付けに力を入れはじめてからですかね。ナヴァホ、チマヨのラグやアクセサリーだけではなく、ラルフのネイティブ系ウェア等も買えるチャンスが増えましたね。アメリカは各地域ごとに出てくるアイテムが違うから面白いですよね。ちゃんと地域、文化に根付いた服がある。
それは面白い話ですね。アメリカならではといいますか。買い付けで回っている州でいうと、他にどんなところがありますか。
栗原ぼくがいま回っているエリアは全部で6州、アメリカ本土の左下4分の1くらいですね。古着のメッカであるLAはもちろん様々なジャンルのものが全米中から集まってきます。カリフォルニアからアリゾナ、ニューメキシコまではリーバイスが強く、テキサスに入ると圧倒的にラングラーが多くなるのも面白いですね。またどの州でも標高の高いエリア、ウインタースポーツで観光客が多く訪れる町はアウトドアものが出ますし、過去に鉱山があったところではワークウェアが期待できる。カウボーイのイメージが強いテキサスではやはりランチウェアやそれにまつわるワークウェアが多く見つかります。
1ヶ月半で6州とは。相変わらずストイックなバイイングですね。東海岸は行かないんですか?
栗原買い付けている商品の物量で言ったらもちろんスリフトがメインなんですが、回っているほとんどの街に取引させてもらっているディーラーがいるので、彼らのところへ定期的に顔を出さないといけない。ぼくのために商品を取っておいてくれているディーラーは特に。なのでいまから回るエリアを変えたり増やしたりするのはなかなか難しいんです。ただその分、スリフトと違ってある程度の取れ高は確保できるのがぼくの強みではありますね。スリフトはものを安く買えるチャンスはありますが、やはり運がものを言うのでリスクが大きい。ここ最近では同業の日本人バイヤーだけではなく、ローカルの連中との競争もかなり増えてきていますし。
栗原そこは臨機応変に対応していく予定です。買い付け直後はお店の前の共有スペースを借りて、大規模な入荷イベントを毎回開催させてもらおうと思っています。フレッシュなアイテムは、まずここで見てもらおうかと。その後に、お店とショールームに商品を振り分けるといった具合ですね。
栗原そういった事ができるのもこの箱を選んだ理由のひとつですね。都心だとこんなに広々としたスペースが使えるロケーションってなかなかないですから。自分が歳を取ったからということもあるかもしれませんが、ゆっくり吟味しながら古着を買ってもらうには喧騒から離れたこれくらいの立地のほうがちょうどいいのかもと。
栗原異素材系のものですかね。例えば今日、ぼくが着ているような赤いカバーオールみたいな。これは60年代後半から70年代頭くらいの「ダブルウエア」のもの。ほかには〈ディーシー〉のカラーベースのカバーオールとかね。個人的には王道よりも、素材にひねりがあったり色に変化があるものが好きだったりするので。アイビーやヒッピーが台頭した時代にあって、あえてワークものでファッション的なアプローチをしているところに面白さを感じますね。
栗原さんは古着をファッション目線で捉えているところが良いですよね。古着屋は全身古着じゃないとダメとか、そういう価値観ではないところに好感が持てます。
栗原もちろん初めはデニムやフライトジャケット等、古い王道ものから古着にハマって、10代の頃は全身で数十万みたいな恰好もしていました。ただ歳と共に視野も広がって。例えばデザイナーさんやセレクトショップの人とかが、新品をベースにしながら古着を取り入れるのと同じですよね。ぼくの場合は古着をベースに新品も着るというだけ。立ち位置が違うだけで、古着も新品も同じように服を楽しんでいるだけです。
栗原ここ数年は特にそうですね。昔はとにかくオリジナル、程度にこだわっていましたが、今ではジッパーが変えられてしまっていても、それが却って良く思える場合もあるし、リペアやダメージなども経年による魅力と捉えられるようになりましたね。着方や合わせるアイテム等、昔ながらのルールにもあまり縛られなくなってきました。もちろんそれだけでは古着屋としては説得力がないので、しっかりとした知識も身につけなければなりませんが。
栗原さんの知識は十分ですよ(笑)。最後になりますが、今後の展望などがあればお聞かせください。
栗原とにかくいまはこのお店のことで精一杯です。先のことは考えられません(笑)まずは頑張って軌道に乗せることですね。でももしもお客さんが増えてきてくれたらいろんな人に声をかけて、共有スペースを使ってイベントやったり、フリマなんかをやっても面白そうですよね。
ミスタークリーンで見つけた注目のヴィンテージウェア5選。
12月8日(土)、9日(日)の2日間に開催されるイベントに先駆けて、「ミスタークリーン横浜」とっておきのアイテムを見せてもらいました。古着サミットで見たあのレア物からお宝ヴィンテージまで、どれも栗原さんの審美眼にかなったお宝ばかり。探している人もきっと多いアイテムなので、気になる方はお早めにどうぞ!
Selected_0100’s ECWCS GENⅢ LEVEL4 WIND SHIRT PROTOTYPE
『古着サミット6』でも以前私物を紹介したアイテムですね。〈パタゴニア〉等が製造していた「ウインドシャツ」のプロトタイプかサンプルだと思います。ラグで出たものをディーラーさんから買い付けました」
Selected_0294’s ECW PARKA OPFOR
「ウッドランドやサンドカモ柄でお馴染みのECWパーカのオプファーモデル。『オプファー』とは仮想敵部隊のことで、ヴェトナム戦頃までは『アグレッサー』と呼ばれていました。淡いグリーンの色味をしています」
Selected_0340’s UNKNOWN BRAND AFTER HOODIE
「古着好きのあいだで根強い人気を誇る後付けパーカ。こちらはタグが欠損しているのでブランドは不明ですが、首元に両Vを有したシングルフェイスのものです。ヴィンテージスウェットの王道アイテムですね」
Selected_0430’s CARHARTT CHORE JACKET
「チェンジボタンが付く〈カーハート〉のカバーオールです。状態もかなり良く、またこのような小さいサイズは滅多に出てこないと思います」
Selected_0569-71’s VIETNAM SOUVENIR JACKET
「近年アメリカでも価格が高騰しているベトジャン。ここ日本でも数年前からまた人気が吹き返してきています。この個体はフロントジップやそで周りに飾り刺繍が施される、非常に凝ったつくりが魅力です」