テーチ木のタンニンと泥の鉄分。自然が起こす化学反応の
おもしろさ。
今回〈ワーク ノット ワーク〉は、メンズとウィメンズでセットアップを制作しました。生地は厚手のコットンツイル。適度な張りと硬さが特徴です。
泥染めをするためにはまず、テーチ木染めと呼ばれる染色方法で下ごしらえをする必要があります。
「テーチ木にはタンニンという酸性の成分が含まれていて、それが泥に含まれる鉄分と反応することで、はじめて泥染めになります。だからいきなり泥で染めても、大島紬のような色はでません」
染めの工程に入る前、そう説明してくれた親方。テーチ木というのは、島に多く生える常緑樹のこと。業者から買い取ったこの木を工房でチップ状にしたあと、大きな釜で煮詰めて染料となるエキスを抽出します。
時期によってテーチ木に含まれるタンニン量が変わるため、水で薄めたりしながら適正なクオリティーにするのも職人の仕事。これを使ってアイテムを染めていきます。
きれいに染めるためには染料をしっかり浸透させなくてはならず、何度も揉んだり押したりする必要があります。
「いかにきれいに仕上げるかが、私たちの仕事なんです」
力強い眼差しでそう語る親方。一方、今回〈ワーク ノット ワーク〉は染色の仕上がりを薄くオーダーしたそう。通常漆黒に染められる大島紬に比べると、薄く仕上げるというのはとくに難しい注文なのだとか。
「ムラというのは色をどんどん濃くしていけばなくなるけど、薄ければ薄いほどムラを出さないというのが難しくなる。それに、狙った色を出すというのも経験がないと無理なんです。自然相手の仕事だから、化学染料みたいに計算してできるわけじゃないんですよ」
今回のアイテムをつくる上で、〈ワーク ノット ワーク〉と「肥後染色」のあいだではさまざまなやりとりがありました。薄く仕上げることに疑問があった親方たちと、薄い仕上がりがいいと思った〈ワーク ノット ワーク〉。これについて吉田さんは語ります。
「肥後染色さんは納得のいくムラのない仕上がりでないとやりたくないと仰っていたんですが、ぼくたちはこの薄い仕上がりのサンプルを見て『これがいい』と思ったんです。ムラを含めたやわらかい表情に人の手で染められた味わいを感じるし、それに惚れたんです。だから、この薄い仕上がりでどうにかやってもらうことになりました」
普段染めている大島紬はシルクの糸。それに比べると今回の生地は硬くてコシがあるため、かなりの重労働です。泥染め体験をしていたMDの吉田さん曰く「ぼくはTシャツとかを染めたんですが、腰に力を入れなければならないし、握力も必要で大変でした。だからあの厚さの生地を染めるというのは、見た目以上にキツイ作業ですよ」とのこと。それにも関わらず黙々と作業を続ける親方と純一さんの姿に職人の矜持を見た気がします。
テーチ木のエキスが浸透したら脱水をして、今度はアイテムを石灰水に浸します。一度テーチ木で染めた生地は、酸化したタンニンによって酸性に偏っているため、石灰のアルカリ性で中和させます。これによって再びテーチ木染めしたときに酸化が促進され、より濃い色に染まるわけです。目標の色に染まるまでテーチ木染めと石灰水の行き来を繰り返し、次に泥染めの工程に入ります。
泥染めは工房の近くの泥田で行われます。親方曰く、奄美には鉄分をたくさん含んだ泥が豊富に取れるのだとか。
「田んぼで米をつくって収穫したあと、また稲を育てるために土に肥料を入れますよね。むかしはその辺に生えている草木を堆肥みたいにして田んぼの栄養にしてたんです。それが時を経て鉄分を含む泥になった。だから新しくできた田んぼだと鉄分が少なくて染まりが悪いんですよ」
普段泥染めに使っている泥田は、中に囲いがしてあります。そうすることで鉄分の濃度を安定化させているのだとか。実際の作業では、テーチ木染めをしていたときと同じように、泥田のなかにアイテムを浸し揉んでいきます。これによってテーチ木のタンニンと泥の鉄分が反応を起こし、生地が黒く染まっていくそう。色が均等になるように、ここではアイテムを一つひとつ丁寧に染めていきます。
続いて余分な泥を落とすため川へ。ここでも一つひとつアイテムを洗っていきます。夏場の暖かい季節はここでの作業が体を癒してくれるそうです。「泥染めはすべて自然のもので染めているからここで洗っても川を汚すことはないんだ」と純一さん。たしかに染料として使っているものの材料はテーチ木と石灰、そして泥のみ。川の清冽さを証明するように、夜になると夜行性のエビがたくさん川で泳いでいるのだそうです。
ということで、これで染色の作業は終わり。あとはアイテムを干して乾くのを待つだけです。