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FEATURE
新生カリマーについて語り尽くす。
Talk About Brand New karrimor

新生カリマーについて語り尽くす。

2019年秋からヘッドオフィスを東京へと移し、ブランドとして新たなステージへと歩みを始めた〈カリマー〉。1946年に創業し、イギリスを代表するアウトドアメーカーとして多くのアルピニストはもちろん、ハイキングから街使いまで、幅広い層に親しまれてきた老舗アウトドアメーカーは、体制の変更によって何が引き継がれ、何が変わっていくのか。ブランドの生き字引ともいえる松澤篤雄さんと、マーケティング担当の稲田里樹さんに、〈カリマー〉のこれまでとこれからについてお話を伺いました。

  • Photo_Ayako Koike
  • Text_Issey Enomoto
  • Edit_Hiroshi Yamamoto

PROFILE

松澤篤雄

1958年生まれ。大学卒業後、1987年よりカリマーの輸入発売元にて営業や企画開発を担当。以降、長年にわたってリュックサックの開発、生産を手がけ、アドバイザーとして製品の企画開発に携わる。登山歴は50年以上。

PROFILE

稲田里樹

1978年生まれ。グラフィックデザインの会社を経て〈カリマー〉へ。リュックサックの商品開発、営業、Eコマースなど様々な部門を経て、現在は同ブランドのマーケティングディレクターを務める。登山歴は15年以上。

本国では幅広い層に愛される
国民的ブランド。

ー まずは松澤さんにお聞きします。もともとイギリスで生まれた〈カリマー〉が、これまで日本では主にどういった人たちに受け入れられ、どのようなシーンで活用されてきたのでしょうか?

松澤:かつての〈カリマー〉は日本において、本格的なアルパインリュックのイメージが強いブランドでした。でも、本国イギリスでは昔もいまも、山はもちろん、日常や旅行など様々なシーンで親しまれてきた国民的ブランドです。2000年代以降は日本企画がスタートし、日本人の体型や好みにあった製品を続々と生み出しながら、徐々にユーザーの裾野が広がっていき、イギリス同様幅広いシーンで愛されるようになりました。

ー 松澤さんご自身のカリマーとの出会いは?

松澤:20歳のときに登山の先輩から譲り受けたリュックサックが、私にとって初めての〈カリマー〉です。もう半世紀近く前のことですね。ごっつくて頑丈なリュックだな、というのが当時の印象でした。

ー その後もたくさんの〈カリマー〉のリュックサックを愛用してきたわけですよね。

松澤:はい。私は山歩きにクライミングやスキーなど様々なアウトドアアクティビティを楽しみますが、いずれのシーンでも〈カリマー〉のリュックサックといっしょです。

“合理性の追求”こそが
〈カリマー〉の真髄。

ー 松澤さんは長きにわたって〈カリマー〉のリュックサックの開発、生産を手がけてきたわけですが、〈カリマー〉のリュックサックの良さはどういったところにあるとお考えですか?

松澤:私の〈カリマー〉の仕事としてのキャリアはいまから32年前に始まりました。しばらくして、創業者のチャールズとメアリー・パーソン夫妻の息子であり、本国の二代目社長であるマイク・パーソンが来日し、『〈カリマー〉の製品を販売するのであれば、リュックサックのスペシャリストにならなければいけないよ』というメッセージをもらいました。そして、彼から〈カリマー〉のリュックサックはどういう思想に基づき考えられているのか、たとえば、背中に触れるバックパッドの配置や、ショルダーハーネスの形状、バックレングスの概念に至るまで、みっちりとレクチャーを受けました。

そこで改めてわかったのは、〈カリマー〉のリュックサックは徹底した合理性の追求から生まれているということ。〈カリマー〉の語源は“carry more=もっと運べる”ですが、それは単なるスローガンではありません。人間の身体がどういうふうにできていて、骨がどこにあり、筋肉がどこにあるか、神経に至るまでの働きを理解したうえで、〈カリマー〉のリュックサックはより快適に、より疲労の少ないものにつくられているんです。

あらゆるフィールドにおいて、快適に背負えて、荷物をラクに運べることが、〈カリマー〉の原点です。そしてそのアイデンティティは、時代が変わっても、このブランドのすべての製品に息づいています。

1970年代〜80年代の〈カリマー〉のリュックサック。いま見ても質の高さや丈夫さが伝わってくる。
使い古された姿も美しい!

1970年代から2000年代までの〈カリマー〉の歴代のカタログ。松澤さんもかつては製作に携わっていたという。

INFORMATION

カリマーインターナショナル

電話:03-3221-6883
www.karrimor.jp